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物流施設が変える、関西の重要拠点・尼崎市の風景

2024年8月2日 (金)

話題尼崎市は、兵庫県の東南端に位置し、大阪府と隣接する県の中核都市に位置付けられる。50万7000平方キロメートルの面積のほとんどがなだらかな平地で構成され、東は大阪市と豊中市、北に伊丹市、西は兵庫県第3位の人口が集まる西宮市と、周囲はいずれも関西を代表する巨大商圏と接している。

大阪都市圏の最西端として、あるいは、大阪と神戸をつなぐ関西経済圏の中心地として、物流の重要地であることから、近年、物流再編における関西の拠点構築のメインステージとして、大型物流施設の供給が相次ぐ。

経済構造の転換で、物流施設が尼崎市活性化の中心に

古くから、大和・難波・京といった政治・経済の中心地、西国・瀬戸内を結ぶ海陸交通の要地として栄え、近世には、大阪の西の城下町として発展してきた歴史を持つ。大阪と神戸の西日本を代表する2大都市に挟まれており、近代には日本有数の工業都市となるなど、地域経済で重要な役割を担ってきた。

(出所:尼崎市)

明治時代以降は、紡績工業の開業で工業都市としての礎を築き、大正、昭和にかけては阪神工業地帯を代表する重工業都市として高度経済成長を支え、大阪や神戸への交通利便性から内陸部ではベッドタウン化も進行し、1970年には人口55万4000人とピークを迎えるが、産業構造の変化とともに転換期が訪れる。

鉄鋼など重工業で日本経済をけん引した尼崎市の臨海地域だが、オイルショックやバブル経済の崩壊、リーマンショックなどの景気減速やグローバル化する国際競争などの影響で、経済構造が大きく変化し、事業縮小や統廃合、市外・海外転出なども相次いだ。産業の空洞化が顕在化し、市内南部の工業地帯では遊休地も目立つなど財政上の大きな課題ともなったことが、デベロッパーにとっては、工業跡地の土地利用転換による物流施設開発の後押しとなった。

兵庫県は、「工場敷地の再利用に係る都市機能の調和等に関する要綱」(2011年施行)により、大規模な工場の移転などにより生じる敷地の再利用について、移転などを行う事業者に対して地元との協議を経た適切な対応を求めている。「都市機能との調和、地域産業の持続的な振興を図り、もって地域社会の健全な発展に寄与する」ことを目的として、都市づくりにおいて中心的な役割を担う民間投資の適切な誘導を促進した。かつての重工業地帯の遊休地供給と、兵庫県の立地支援、尼崎市投資活動促進制度などによる後押しなどで、その適正な活用が促されたことで、大手デベロッパーの開発、物流不動産投資にも拍車がかかることとなった。

拠点再編ニーズを支える、尼崎での拠点開発

コロナ禍を経てのEC(電子商取引)市場の拡大や、物流危機における拠点見直しと再編の流れ、既存倉庫の老朽化も、尼崎市の拠点開発を促す。

▲物流企業、荷主企業の物流拠点立地希望エリア(複数回答あり、CBRE「物流施設利用に関するテナント調査」から引用)

CBREが23年度6月に発表した物流施設利用に関するテナント調査によると、テナント側の倉庫面積拡大の意向が57%を占め、なかでも引き続き首都圏と近畿圏への施設立地を希望するニーズは高く、大阪府への立地希望が物流企業34%、荷主企業38%と突出するのに続き、兵庫県への立地希望もそれぞれ28%、22%と極めて高い。テナント側の倉庫面積拡大を求める背景には「事業の拡大」「拠点の効率的な配置」「保管量・在庫の積み増し」「建物・設備の老朽化」などが主な理由に挙げられている。コロナ禍を経て本格化した製造業のサプライチェーンの見直しに伴い、荷主では部材などの保管量を増大させ、倉庫立地を生産工場の近くや配送ルート上に配置しようという動きも進行している。一方、物流企業の方でも、荷主企業の施策に応えるために倉庫スペースの増強を計画しており、西の拠点として人気の高い大阪と兵庫の立地特性を兼ね備える尼崎は、まさに拠点増強の格好のターゲットだ。

▲「フェニックス事業用地」(出所:兵庫県)

こうした新規の用地ニーズ、物流不動産の需要拡大と投資ニーズに、尼崎市内工場跡地の転換が重なり、デベロッパーとしては、希少な土地をまとまった面積で確保できるチャンスを、関西物流の一等地に確保できたことが、近年の相次ぐ大型施設開発につながった。さらには、大阪・関西万博を控え、市南端の埋め立て場「フェニックス事業用地」には、資材の運搬拠点となるふ頭整備する方針も固められ、港湾開発を追い風に物流事業への波及も期待される。

大型の物流施設供給が続く関西の重要拠点、尼崎

尼崎市は、物流施設市場においては、兵庫県下で神戸(42.6%)に次いで2番目に大きいマーケット(30.2%)。隣接地域と比較して1棟当たりの面積が突出して大きいのが特長である。

17年に26万1000平方メートルの供給後、20年に43万2300平方メートル、21年に18万9000平方メートル、22年に1万3700平方メートル、23年に7万8000平方メートルと供給が続き、25年にも35万8000平方メートル、26年に11万8000平方メートルの供給が予定されている。既設の施設も含めると、合わせて26棟、194万1800平方メートルの巨大物流地帯となる。リーシング中の開発中物件が大きな面積であることから現在の空室率は20.1%となっているが、すでに完成前物件でのテナント決定も進んでおり、リースアップの速度も早い。

尼崎では、プロロジスによるBTS型施設や、マルチ型「プロロジスパーク尼崎2」(07年)開発などから先進型施設供給が本格化。エリアの物流市場にとってエポックとなったのは、21年に完成したBTS施設「LOGIFRONT尼崎II」(日鉄興和不動産)が、アマゾンの西日本最大のフルフィルメントセンター「アマゾン尼崎フルフィルメントセンター(FC)」として運用されたことだろう。臨海地の鉄鋼関連工場跡地での延床面積10万平方メートル規模の開発は、同地の有用性をEC大型企業が証明する事例ともなった。アマゾン尼崎FCは当時、アマゾン・ロボティクスの導入数も日本最大級と喧伝(けんでん)され、その近代的な仕様がメディアにも紹介されたことで、物流倉庫のイメージを大きく変えることにも貢献した。

▲「アマゾン尼崎フルフィルメントセンター」(出所:アマゾンジャパン)

巨大さという点では、20年6月に完成したESRの「ESR尼崎ディストリビューションセンター(DC)」も、かつてのパナソニックのプラズマディスプレイ(PDP)工場跡地に延床面積38万9000平方メートルの地上6階建てマルチテナント型物流施設として稼働している。2000年台初頭に大きな期待を担って稼働した3つのパナソニックPDP工場は、収益力の低下によって10年ほどで姿を消しており、工場跡地の物流施設への転換は、産業構造の転換を象徴する出来事となっている。パナソニックPDP工場跡地は他にも、センターポイント・ディベロップメント(CPD)が開発し、現在はラサール不動産投資顧問のマルチ型施設の「ロジポート尼崎」として稼働している。

▲ライトアップされた「ESR尼崎ディストリビューションセンター」(出所:ESR)

また、古河電工の跡地16万3000平方メートルには、日本GLPによる「GLP ALFALINK 尼崎」が開発される。南棟と北棟の2棟合わせて延床面積37万平方メートル規模での大型プロジェクトは、それぞれ25年、26年の完成を予定している。

その他の今後の供給予定では、ラサール不動産投資顧問が、延床面積7万8938平方メートルのマルチ型大型施設の25年7月完成を目指している。

▲尼崎とその周辺エリアの平均成約賃料(クリックで拡大)

なお、尼崎エリアの予想平均募集賃料は1坪あたり4067円、平均成約賃料は3942円と見られる。隣接する西宮市では21年以降施設の供給がなく(25年に1棟完成予定)、平均募集賃料は4598円と高く設定されているが、成約賃料の平均は3977円と、尼崎と同水準で推移しているようだ。近隣の大阪淀川エリア(西淀川区、淀川区、東淀川区)では平均募集賃料3756円、平均成約賃料3846円で尼崎よりやや低い賃料相場となっている。

物流地としての尼崎市の特性、優位性

尼崎市は人口45万7000人(2024年3月末時点)で、19年以降自然減が続くが、世帯数では24万2800世帯と増加傾向にあり、社会動態でも22年、23年と、転入が転出を上回る社会増が続く。大阪、神戸市内への利便性から単身世帯の流入が進むが、出産・子育て世帯の転出増などを課題としており、南部工場地帯だけではなく、駅周辺の住宅地と混在していた工場用地でも複合商業施設などへの計画的な再開発を行うなど、近年、不動産賃貸会社が実施した「住みたい街」ランキングで上位にランクインするなどの変化も表れている。

(出所:尼崎市)

阪急、JR、阪神の鉄道3社が東西を基幹に市内7路線で運行、鉄道駅13駅が、市街地の主要地点を広くカバーしている交通利便性の高い地域である。物流の集積地となる臨海部分など最南部の移動は路線バスが担うが、平坦でコンパクトな土地柄故、自転車の利用も多く、南部でもやや内陸に入ったエリアの開発では、アクセスにおける利便性の高い施設も多い。また、尼崎市と大阪市間では5万人以上の通勤者が往来する大阪都市圏に属するため、最終配送地としてカバーできるターゲット数も巨大である。

物流インフラとしては阪神高速5号湾岸線、阪神高速3号神戸線、名神高速道路と3つの高速道路と5つのインターチェンジ、国道2号、国道43号など東西幹線に、南北への県道13号や道意線が交わる交通網が整備されている。物流施設が集まるのは国道43号以南の工業専用地域であり、産業施設としての運用の自由度が高いことも特長だ。

大阪市内まで30分、半径10キロ圏内に大阪港や伊丹空港を、20キロ圏内には神戸港が収まる。巨大消費圏に直接アクセスできる立地は、前述のアマゾンをはじめ、主要な物流事業者、大手3PLやEC通販メーカーのセンターなども拠点構築の場とする。トナミ運送も23年から、尼崎支店を1棟借りした「LOGIFRONT尼崎III」に移転し、倉庫1階を貨物自動車運送業の拠点、2-4階を3PL事業の新拠点として、関西地区における物流機能の充実・強化に取り組んでいることが報告されている。

関通の「ドミナント戦略」を支える尼崎

物流拠点の集積を背景にした、物流事業者の取り組みも拡大する。なかでも関通は、尼崎市に本社機能、拠点を集中させて、市内を代表する物流事業者となっている。ロジポート尼崎に19年に開設された同社の関西主管センターでは、楽天のフルフィルメントセンターのオペレーションを担い、EC物流でのサービス品質の高さを裏付ける事例となっている。

▲「ロジポート尼崎」(出所:関通)

関通は、23年11月にGLP尼崎IVを専用施設として「DXセンター」を開設し、尼崎エリアの保有倉庫が6拠点、総面積14万500平方メートルへと拡大させている。同社は、尼崎に拠点を集中させる理由について、まずその立地の優位性をあげている。「尼崎市向島・末広地区は関西で特に発展していく物流地区」と位置付け、関西主管センター、EC通販物流センター、アグリベース、D2C物流センター、D2CII物流センター、そしてDXセンターを集中させ、「阪神高速5号湾岸線、阪神高速3号神戸線など港や高速道路が近いことによる交通の利便性が高い」ことから、ユーザーの多様なニーズに合った提案も可能な、物流一等地から物流網を構築する。

また、エリアに拠点を集中させ、物流連携を行う同社の「ドミナント戦略」も、尼崎市の拠点開発の動向とリンクした。関通は、尼崎市、東大阪市、埼玉県新座市の3か所を半径5キロ圏内に倉庫を集中させるドミナント戦略拠点とし、なかでも尼崎エリアは最大の拠点数と面積での展開で、出荷個数を集約して輸送力を上げ、クライアントとの交渉力も向上させる戦略を進める。さらに、センターの場所を集中させることにより忙しい拠点への人員配置など、繁忙期の波動対応を強化することも可能となるなど、柔軟な人材配置で今後の人手不足にも対応しようとする計画である。

さらにドミナント戦略で目指すのは、こうした輸送力向上、波動対応に加えて、クライアントの成長対応である。売上成長に対する出荷量とスペースの確保においても、「倉庫間で連携が取れる距離内に配置を行うことで、スムーズな物流連携が取れる体制を構築し、1拠点での対応キャパシティの限界値をエリア戦略により回避する」ことで、事業成長や出荷増大に備え、そのために先回りしての新規拠点確保にも取り組む戦略も、尼崎の開発動向と足並みを揃えることで対応可能となった。尼崎をDX戦略拠点に据え、独自開発のWMSとして業界の認知度も高いクラウドトーマスや、ECモールの課題対応を目指す受注管理完全自動化システムECOMS(エコムス)の新規独自開発など、ITオートメーション事業との両軸で、物流サービス品質の向上を目指すとしている。

▲「アグリベース」(出所:関通)

同社は尼崎の施設・アグリベースを、メーカーから消費者までの納品工程を統合することで、輸送回数や個数を削減するBtoBtoC拠点としての運用提案するなど、尼崎からの先進的な取り組みを積極的に発信し、企業価値の向上につなげている。ドミナント地域での雇用拡大を目指し、短時間労働などの働き方にも対応する登録制スタッフの制度設計やシステム導入にも取り組むことで、地域人材を確保し、尼崎市の雇用拡大にも貢献する。

尼崎の平均時給相場は1313円で、大阪と比較すると、現状最低賃金で6%、平均時給相場でも3%低いとされる。物流施設の集積に伴い、主要物流企業の拠点も大型化、人材の確保も課題となるだけに、今後物流施設を中心とした人材獲得の動向が賃金に与える影響も注目される。

共生をテーマとしたまちづくりに、物流施設が果たす役割

物流施設が集まる市南部から臨海地区にかけては、かつて重工業が集積する公害の街として知られていた。県と市は、失われた森を100年をかけて復活させようという「尼崎21世紀の森」構想を02年から始動して緑や水の再生と一体になった産業活性化を目指しており、物流施設の開発が続く一帯は、その構想エリア内となる。

尼崎21世紀プロジェクト推進室に話を聞くと、「取り組みの成果は確実に現れており、昔の尼崎の風景とはすっかり変わった」と語る。「煙突が何本も立ち並び、煙がもくもくと立ち込めていた臨海地区の景色は、大きく変貌」しており、緑と人との共生をテーマとした地域の活性化に、各施設も積極的に関わっていくことで、街の風景に馴染んでいくことへの期待は大きい。「今年度から、環境学習などへの企業の参加を呼びかけ、情報交換の場、森作り構想への意識を高めて参加できるような場作りにも取り組んでいる」として加速する動きに、各施設、さらにはテナント企業も前向きに参画することが求められている。

(イメージ)

尼崎市の森づくり構想は、工業地帯の運河の水質改善でも成果を表し、今では「尼崎運河クルーズ」で釣り体験を楽しめるまでに変貌した。尼崎運河クルーズは、大阪・関西万博の「ひょうごフィールドパビリオン」のプレミアムプログラムにも選定され、「これを機に尼崎の今とこれからを広く知ってもらう機会としたい」と、推進室も期待を寄せる。工業地帯を縫って走る運河からの景色も、物流施設の存在感が際立ち、施設と地域がともにまちづくりに取り組むこと、環境対策や防災対策への積極的な貢献を展開していくことが、これからの物流事業の地域共生の姿として認められていくことへとつながっていく。