話題産業ロボティクス企業のエウレカロボティックス(東京都中央区)は2018年、シンガポールの国立大学としてアジア・ナンバーワンの工科大学との呼び声高い南洋理工大学のスピンオフ企業として産声を上げた。以来、同国を拠点に、物流業や製造業の倉庫や生産現場を自動化するロボットソフトウエアを開発、提供している。

▲エウレカロボティックス共同創設者兼CEOのファム・クアン・クオン氏
同社を率いるのが共同創設者兼CEOのファム・クアン・クオン氏。ベトナム・ハノイで生まれ育ち、フランス・パリの大学エコール・ノルマル・シュペリウールやパリ第6大学などでコンピューターサイエンスや認知科学、神経科学を学んだ後、南洋理工大学で准教授として教鞭をとった人物だ。研究テーマはロボティクスや制御理論など多岐にわたる。「自動化を通じて、作業者がより創造的な業務に専念できる環境を追い求める」という力強いメッセージを発信し続ける。その信念の源は何なのか。来日したクオン氏に話を聞いた。
日本の卓越したものづくりとタッグを組む
同社はことし1月、都内で事業方針説明会を開いた。登壇したクオン氏は「私たちの強みであるソフトウエア、コンピュータービジョン、AI(人工知能)やロボティクスの制御などの技術と日本の卓越したものづくりを組み合わすことで、私たちはより優れた製品を生み出せると確信している」と日本市場への注力を明言した。目指すのは日本での新規株式公開、IPOだ。
この新興の産業ロボティクス企業は物流、光学、電子機器、自動車など複数の業界で自動化を推進している。そのソリューションの鍵が高精度(High Accuracy)と高柔軟性(High Agility)を兼ね備え、AI性能を盛り込んだHAHA技術だ。この技術により、「エウレカコントローラー」というデバイスを通じて、他社製のロボットや周辺機器を一括統括する。
HAHA技術で欠陥検出、いろんな形を把持、極細空間にピン挿入

▲ピッキングロボの上部に取り付けた3Dカメラで把持するモノを高精度に認識
一般的に、自動化は変遷を重ねてきた。例えば車の実装のように、高精度が必要だが、柔軟性を求めないもの、さらに、倉庫内のピッキング作業のように高精度ではなく、柔軟性が必要なものと、時とともに段階を経てきた。HAHA技術は自動化の波の最終形と言われている。オートメーションの中でも難易度が高く、精度と柔軟性が必要な携帯電話の組み立てなどの作業の自動化に向くとされる。
さらに、HAHA技術はAIの性能をフル活用する。ランダムに配置した光通信用極小レンズの中から表面に傷や欠けがある欠損品を取り出すレンズの欠陥検出、自動車部品の外観検査、対象物の形を問わず、倉庫でのピースピッキングに真価を発揮する多形状ワークの把持などの人工知能を駆使したタスクに秀でる。この自動化ロボットの活用が、今後さらに、業界全体の生産性向上に寄与すると言っても過言ではない。
ロボットへの興味、憧れは「ドラえもん」がきっかけ
これまで多くの時間を産業型ロボットの研究、開発に捧げ、改良と改善に情熱を注いできたクオン氏。ロボットへの興味、憧れは、漫画「ドラえもん」がきっかけだったと振り返る。幼少期の頃の90年代初期のベトナムは発展途上の状態。そんな祖国の現状と違い、作品に描いた日本には電化製品が溢れ、2階建ての一軒家に暮らすドラえもん一家が眩しく見えた。
「私がロボットの分野で働きたいというインスピレーションを得たのは、やはり、ドラえもんがきっかけ。その時生じた好奇心やワクワク感が今も延々と続いている。あの頃と同じ胸の高鳴りを感じながら、AIやロボティクスなどに励んでいる」
同社はことしで設立から7年目を迎えた。今では複数の日本の有名企業とパートナー契約を結び、共同で技術開発を進めている。順風満帆に見える同社の足跡だが、クオン氏の思いは異なる。仮に実験中、ロボットが高精度かつ柔軟にモノを組み立てたとしても、それをもう一度成功させる再現性をどう確立させるかに頭を悩ませているという。
「創業以来、タスクの成功率を上げる努力を続けている。今ではビジネスとして成り立つほどの成功率を確立できたと自負している。特に、電子機器や航空機や自動車の製造の分野で、高い再現性が顕著だ。そうした努力が実を結び、日本の倉庫では私たちのロボットを活用した実証実験が始まっている」
マスターレスピッキングでパラダイムシフトを起こす
当初は物流ではなく、製造業への参入に重きを置いた。その頃、同社が提供していたキーテクノロジーは精度の高さに定評があった。製造業はロボットが持つ正確さや細密さを重宝した。しかし、物流は精度よりも、瞬時の適応能力や次なる策を講じる創造性など、柔軟性が必要だ。そのため、物流業への参入に二の足を踏んだという。
「製造業で信頼を得ていくうちに、現場のパートナーから参入を勧められたりして、物流業への導入を見据えるようになった。以降、AIの発展により柔軟性を兼ね備えることができた」
クオン氏が物流の分野で活路を見出したのが、特定の注文や要求に応じて在庫の中から個々の品目を取り出すピースピッキングだ。多くの倉庫が自動化する中で今もなお、オートメーションの最後のパート、ピースピッキングのみが自動化できない現実があった。仮に自動化できても、倉庫内作業で何か新しい荷物を扱うとなると、その形状などを覚えさせる事前登録、マスターが必要だった。
「私たちのロボットはマスターレスピッキングという、事前登録や学習させることなく、新しい物体を検知、認知して正確にピッキングできるのが特徴。これは大きなパラダイムシフトだ。今まで、倉庫を自動化してもピースピッキングは無理なのかと失望する声を多く聞いてきた。そんな嘆きを払拭(ふっしょく)したい」
■多形状・多材質・多色ワークのマスターレスピッキング
多角化せずに、参入中の生産性アップに注力
こうした自動化の進展に伴い、人間が職にあぶれる懸念がつきまとう。これに対し、クオン氏はシンガポールの例を挙げ、前向きな見解を示した。単純作業に従事していたブルーカラーの人は自動化とともに新たな仕事と能力開発の機会が与えられる。決して、人の仕事を奪わないと明言する。
「ロボットの導入により、人間は単純作業から解放され、もっと生産性が高く、創造性豊かな仕事に就くことにつながる。ロボットが人間にとって変わる、そんな単純な話ではない」
スタートアップ企業を率いる経営者としての野望を聞くと、今後数年間は日本とアメリカの市場に焦点を当てるという。世界各地に拠点を構えるつもりもないと、極めて謙虚だ。自社のソフトウエアの導入を推し進める業界も、現在の物流、自動車製造、航空関係にまずは注力すると言う。
「新たな業界に進出するなら、そのダイナミズム、使うテクノロジー、既存のインフラなどなど、どれも深く理解する必要がある。そうした多角化を見据え手を広げてしまうと、事業への注力度を薄めてしまう懸念が残る。あくまで、今参入している業界の生産性アップに貢献したい」
同社で働く仲間への信頼も絶大だ。創設以来、サイエンスと現場を重視してきた、脈々と培ったDNAは全社員に深く浸透していると胸を張る。これからも機械工学、電子工学、ソフトウエア工学など、それらに長けた人材を積極的に採用していくという。
「それと同時に、ロボティクスへの愛着、パッションを持つ人が必要だ。専門知識があるのはもちろん、ロボットをより良くしたいと心血を注ぐ心意気を持った人物と一緒に働きたい」

▲エウレカロボティックス東京オフィスのメンバー
一問一答
Q.スタートアップとして、貴社はどのステージにあるとお考えですか?
A. 投資ラウンドではシリーズA。我々のプロダクトに関して、関心が高まっています。いわゆるマーケットに片足を突っ込んでいる状態ですね。
Q. 貴社の“出口戦略”、“将来像”についてお聞かせください。
A. 私どもの予定、もしくは仮説として、東京で新規上場することです。