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JPIC森理事長が「入門書」に込めた、現場の困りごとから始める次世代物流への道筋

今こそフィジカルインターネットを理念から実装へ

2026年5月22日 (金)

ロジスティクスフィジカルインターネット(PI)という言葉は、物流業界で一定の認知を得るようになった。2022年に政府が「フィジカルインターネット・ロードマップ」を公表し、40年を見据えた次世代物流の姿が示されて以降、共同物流、標準化、データ連携、モーダルシフト、物流DX(デジタルトランスフォーメーション)といった議論のなかで、PIはたびたび語られるようになった。一方で、その概念はなお抽象的に受け止められている面もある。何を学べばよいのか、自社の実務にどう結び付ければよいのか。現場や企業の側には、なお距離感が残る。

そうした状況を踏まえ、フィジカルインターネットセンター(JPIC)理事長の森隆行氏が『フィジカルインターネット入門 次世代物流が拓く未来』を出版した。森氏は商船三井で海運・倉庫など物流実務に携わった後、流通科学大学教授として物流、サプライチェーン、フィジカルインターネットに関する研究・教育に長く取り組んできた。現在はJPIC理事長として、CLO、PI成熟度モデル(PIMM)、国際連携など、日本におけるPI実装の理論と実務をつなぐ役割を担う。

▲「フィジカルインターネット入門 次世代物流が拓く未来」

今回の書籍について、森氏は「フィジカルインターネットについての教科書を作ろうと思った」と語る。PIに関する書籍や解説資料はこれまでも存在したが、実務者が基礎から体系的に学ぶための入門書は限られていた。言葉は知っているが、何を参考にすればよいのか分からない。そうした声に応えるため、難解な理論書ではなく、ビジネスパーソンが最初に手に取れる本を目指したという。

想定する読者は、物流専門家だけではない。森氏は「基本はビジネスマン」と説明する。現場に近い中間管理職から、経営層に近い管理職まで、PIを自社にどう取り入れるかを考える人に読んでほしいという。学生の利用も歓迎するが、主眼はあくまで実務者にある。陸・海・空それぞれの領域で、どのようにPIを取り入れられるのか、どこに課題があるのかも分けて解説した。PIを遠い未来構想としてではなく、いまの物流実務から考えられるテーマとして位置付けるためである。

「全部を一度に」は無理、現場の困りごとから始める

PIは、しばしば壮大な理想論として片付けられてしまう。標準化された輸送容器やデータ基盤を使い、企業や業界の壁を越えて物流資源を共有し、荷物がインターネット上のデータのように最適な経路で流れる。そう説明すればするほど、現場には「そんなことが本当にできるのか」という距離感が生まれてしまうようだ。

森氏も、「フィジカルインターネットの導入に向けて、それを全部いっぺんにやろうと思ったらもちろん無理」と認める。PIは、完成形を一気に実現するものではない。共同配送や共同物流、モーダルシフト、パレット標準化、データ連携など、すでに現場で進んでいる取り組みもPIの一部として捉えればよい。森氏は「効率化に向けた一歩一歩も、フィジカルインターネットの一部」と語る。

重要なのは、PIという言葉を意識しすぎて初動を重くしないことだ。森氏は「意識しすぎると、一歩を踏み出せなくなる」とも指摘する。大枠を理解し、自社や業界の課題解決に役立つ部分から取り入れる。部分導入を積み上げることで、結果的にPIの理想に近づいていく。これが森氏の考える現実的な進め方である。

標準化も同じである。PIの基本概念として、パレットや容器、データ、業務プロセスの標準化は欠かせない。しかし、最初から「標準化しましょう」と言っても、現場は動きにくい。森氏は「やっぱり困っているからという方が先ではないか」と語る。共同物流を進めようとしたとき、パレットのサイズが違う、データ形式が合わない、荷姿や納品条件がそろわない。そうした困りごとが顕在化して初めて、標準化の必要性が共有される。

つまり、標準化は理念から始まるのではなく、実務上の不便や非効率から始まるということ。現場の課題を解決しようとする過程で、パレットをそろえる、データをつなぐ、業界内でルールを合わせるという動きが生まれる。森氏は「結果としてフィジカルインターネットの理想とする標準化が少しずつできてくる」と見る。物流統括管理者(CLO)体制の本格始動も後押しとなる。一直線には進まない。二歩進んで一歩下がるような過程を経ながら、それでも一つずつ前に進むことが実装の現実である。

▲フィジカルインターネット・ロードマップ(改訂版)(クリックで拡大、出所:経済産業省)

PIMMは、企業が「明日から何をするか」を示す道具

PIの社会実装に向け、JPICが重視する取り組みの一つが、PI成熟度モデル(PIMM)である。政府のロードマップは、40年を見据えたマクロの方向性を示す。一方で、企業にとって必要なのは、自社がいまどの段階にあり、次に何をすべきかという実務上の指標である。PIMMは、そのギャップを埋めるための道具と位置付けられる。

▲ことし2月のPIMM完成報告会の様子

森氏は、PIMMについて、企業が「明日から何をやるか」を考えるためのミクロの指標だと説明する。自己評価を通じて、自社のPI対応度や物流改革の成熟度を確認し、次の段階に進むための改善ポイントを示す。単なる評価表ではなく、導入優先順位と道筋を描くための実務ガイドである。この点で、PIMMはCLOとも密接に関わる。2026年4月から物流統括管理者の選任義務が本格始動し、一定規模以上の荷主企業には、サプライチェーン全体を見渡す統括機能が求められるようになった。森氏は、CLOが企業全体の効率化をけん引する役割になり得ると期待している。PIMMは、そうしたCLOやサプライチェーン統括部門が、自社の現在地を測り、改善の順序を決めるための道具にもなる。

もっとも、森氏はCLOの立ち上がりについて、想定より動きが鈍いとの懸念も示す。日本企業には保守的な面があり、投資判断にも慎重さが残る。人件費の低さが自動化投資を抑制し、生産性改善の遅れにつながっている面もあるという。森氏は「人でやった方が安いから」という考えが、結果として日本の物流や生産性改善を遅らせていると見る。PIやPIMMは、単なる物流改善ツールではなく、こうした企業文化や投資姿勢を問い直すきっかけにもなる。

JPICとしては、PIMMの本格運用を進め、まずは国内で2桁規模の企業での運用事例を目指す。将来的には3桁規模へ拡大し、実績を積み上げたい考えだ。さらに、PIMMを日本発の実務標準として世界に展開し、各国事情に合わせてローカライズする構想もある。森氏は、PIMMが国際標準化のたたき台になり得ると期待を寄せる。

PI進ちょくを左右する日本の強みと弱み

日本のPIの現在地をどう見るべきか。森氏の評価は慎重だ。JPICの活動自体は、会員数の増加や、世界に先駆けてのPIMMの本格運用など、一定の進展を見せている。一方で、日本全体としてPIが順調に拡大しているかといえば、評価は簡単ではない。森氏は「肌感覚で言えば、一歩ずつでも進んでいる」としながらも、企業や業界全体の変化にはなお時間がかかると見る。

欧米はPIの議論で先行してきた。EUでは産官学連携によるALICE(Alliance for Logistics Innovation through Collaboration in Europe)を中心にロードマップが整備され、米国ではジョージア工科大学を起点にPI研究が広がった。一方、米国では業界横断の団体が強いというより、アマゾンやウォルマートのような巨大企業が自社内でPI的な発想を取り入れる「フィジカル・イントラネット」のような実装が進んでいるという。

こうした欧米の動きをキャッチアップしてきた日本は、労働力不足の深刻化に直面するアジアをけん引する立場だ。しかし、中国をはじめ、IT、AI、ロボットなど一部の先端領域では、日本を上回る事例も増えている。全体のバランスを重視する日本と比較して、突出した先進事例を作るスピードでは、他国に学ぶべき点もある。

では、日本の強みはどこにあるのか。森氏は、勤勉さ、教育水準の高さ、格差の小ささに基づく信頼社会を挙げる。さらに、文化や歴史の蓄積、アニメや漫画を含むソフトパワーも、国際的な人材吸引力や対外的信頼につながっていると見る。日本はPRが必ずしも上手ではないが、人を育てる姿勢や長期的な信頼関係には強みがある。

一方で、弱みも明確だ。最大の課題は「保守的で、現状を変えたがらない」ことだという。紙やファクスへの依存、ペーパーレス化の遅れも象徴的である。さらに森氏は、日本には「旗振り役」が不足していると指摘する。個々の企業や技術は優れていても、それを大きな構想として掲げ、社会全体に落とし込む力が弱い。欧米は、時に中身が十分でなくても大きなビジョンを掲げ、後から実装を積み上げていく。日本は下から積み上げるが、最後まで到達しないことがある。

産学連携の弱さも課題である。森氏は、特に社会科学系において、企業が大学に十分期待していない点を問題視する。日本企業の優れた実践が、理論化されず、個社の取り組みとして終わってしまう。PIを日本発の実務標準として広げるには、現場実践を普遍化し、理論に高める力も問われる。

危機に強い物流網へ、PIによる「見える化」への期待

PIの意義は、効率化だけではない。森氏が強調するのは、危機対応力である。ホルムズ海峡やスエズ運河、紅海、中東情勢など、国際物流を揺さぶるリスクは絶えない。日本はエネルギーや原材料の多くを海外に依存しており、特定ルートが遮断されれば、企業活動や生活に大きな影響が及ぶ。

森氏は、PIが実現することで、危機の影響はより軽微に抑えられるはずと語る。もともとのインターネットは、一つの拠点が攻撃されても別ルートで通信できる耐障害性を持つ。PIも同じ思想を持つ。特定の輸送ルートが使えなくなっても、別のルート、別の拠点、別の供給源につなぎ替えられる。完全に影響をゼロにすることはできないが、被害を小さくすることはできる。

大前提となるのは、ものの流れの見える化である。どこに何がどれだけあり、どうすれば届けられるのか。供給量、在庫、輸送力、ルートの状況が見えていれば、パニックや過度な価格高騰は抑えやすい。森氏は、コメの需給混乱やナフサ流通の中流・下流が見えない問題にも触れながら、データによる可視化があれば、より冷静な対応が可能だったのではないかと語る。

PIは、遠い未来の完全自動化物流網だけを指すものではない。現場の困りごとを起点に、標準化し、データをつなぎ、共同化し、リスクに強いネットワークを作る。その積み重ねが、結果として次世代物流につながる。森氏が今回の入門書に込めたメッセージも、そこにある。

「なんとなくぼんやりでもいいから理解して、一歩を踏み出す」。森氏はそう呼びかける。PIを完璧に理解してから始める必要はない。共同配送でも、パレットの見直しでも、データ連携でも、BCPの再設計でもよい。自社の課題解決の延長に、PIへの入口はある。

物流危機、人手不足、環境対応、地政学リスク、CLO制度の本格始動。日本の物流を取り巻く環境は、大きく変わり始めている。『フィジカルインターネット入門』は、そうした変化を前に、PIを「遠い理想」から「自社で考えるべき実装テーマ」へ引き寄せる一冊である。理念を語る段階から、明日何を始めるかを問う段階へ。それこそが、PI実装へはばたくための大事なステップなのである。(大津鉄也)

▲森隆行氏

書籍についての詳細

書名:『フィジカルインターネット入門 次世代物流が拓く未来』
著者:森隆行
出版社:海文堂出版
定価:3300円(税込)

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