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「トラック新法」が突きつける厳格運用と意識改革

2025年6月4日 (水)
LOGISTICS TODAYがニュース記事の深層に迫りながら解説・提言する「Editor’s Eye」(エディターズ・アイ)。今回は、「『トラック新法』が参議院で可決・成立」(6月4日掲載)を取り上げました。気になるニュースや話題などについて、編集部独自の「視点」をお届けします。

話題トラック運送業界の健全化に向けた歴史的な一歩となるのだろうか。「貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律」および関連法が6月4日、参議院で可決・成立した。このいわゆる「トラック新法」は、1990年の規制緩和以来、自由競争下にあったトラック運送業界に、新たな規律を打ち立てることになる。国内物流の基盤を支えてきたトラック運送会社にとって、その意義は極めて大きい。だが、改正法を真に実効性ある制度とするには、法の運用に本気で向き合う覚悟が必要だ。

今回の法改正で導入される主な新ルールは、事業許可の更新制、再委託の制限、適正原価を下回る運賃・料金の是正、「白トラ」排除の強化、ドライバーの処遇改善など多岐にわたる。これまで市場で蔓延してきた過剰な価格競争や多重下請け構造、劣悪な労働条件に歯止めをかけようとする意図が読み取れる。

とりわけ注目されるのが、5年ごとの事業許可更新制度の導入である。これは、行政が継続的に事業者の健全性をチェックし、不適切な事業者を市場から排除する仕組みと言える。だが、現行の「Gマーク制度」(安全性優良事業所認定制度)のように形式化すれば、単なる通過儀礼に成り下がる懸念がある。それだけに、事故歴や法令違反の有無だけでなく、労働管理や取引の適正性にまで踏み込んだ審査が不可欠だ。審査を担うことになる独立行政法人の体制も、厳正かつ透明でなければならない。

「適正原価」の告示も核心にある。トラック運送業界では長年、原価を割る水準の運賃で仕事を請け負うことが常態化し、ドライバーの待遇悪化や安全投資の先送りが繰り返されてきた。制度の実効性を担保するには、全国一律ではなく、例えば、地域のコスト実態を反映した「ブロック別原価」の設定などが必要になるだろう。国交省は地域差や産業構造を見据えた適正な数値を示し、業界全体の収益構造の健全化を後押しすべきだ。

白トラ、すなわち無許可営業車両の排除も強化される。今回は荷主側にも是正指導や勧告、公表といった措置が可能となったが、実効性を高めるには故意・過失の有無にかかわらず、荷主責任をより厳格に問う必要がある。悪質な荷主に対してはさらなる罰則強化も視野に入れるべきだろう。

再委託回数の制限は、委託構造の透明化と責任の明確化につながる。だが、年末や年度末といった繁忙期には、物流現場の実情と乖離する場面も予想される。制度の趣旨を損なわぬ範囲で、例外措置を設けることが求められる。また、今後は、荷主と実質的に一体の物流子会社の位置付けなど、真荷主かどうかの線引きが難しいグレーゾーンの整理も必要だ。

ドライバーの処遇改善も待ったなしの課題である。適正な賃金の確保をうたうのであれば、地域ブロック別の「基準賃金」や「モデル労働条件」といった目安の提示が欠かせない。他産業との比較可能な基準があれば、荷主との運賃交渉の材料にもなりうる。同時に人手不足が深刻化する業界の人材確保にも寄与する。

▲事業許可更新制の実現に向け働きかけた全日本トラック協会・坂本克己会長

そして忘れてはならないのは、この改正が議員立法として成立した背景に、全日本トラック協会の強い働きかけがあったことである。言い換えれば、業界が「自ら襟を正す」と宣言したに等しい。ならば今後は、トラック協会自身が制度の厳格な運用を主導し、業界内の是正に積極的に関与していく責務がある。

新ルールのうち、事業許可更新制度、適正原価の告示、労働者処遇の確保などには、公布から施行まで3年間の猶予期間が設けられた。これは詳細な制度設計や体制づくりに相応の時間を要することが想定されるからであろう。しかし、2024年問題など喫緊課題の早期解決を求める産業界の要請に応えるためには、3年後と言わず、施行の前倒しを目指して行動すべきだ。新体制を迅速に構築できるかどうかは、それこそ監督官庁や業界団体の腕の見せ所である。

今回の法改正が“トラック運送改革”のゴールではない。制度が適正に機能し、現場の労働環境や収益構造が実際に改善されてこそ、法改正の価値が証明される。4日に成立したトラック新法を、物流を取り巻く構造的課題にメスを入れる第一歩とするために、いま業界、行政、荷主に問われているのは「変える」覚悟である。(編集委員・刈屋大輔)

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LOGISTICS TODAY編集部
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