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有馬運送、改善基準告示「守れば荷物が届かない」

2025年9月4日 (木)

ロジスティクス長崎県島原半島を拠点に農産物や水産物の輸送を担う有馬運送(長崎県南島原市)。九州から関東市場へ野菜や魚を届ける同社は、いま大きな岐路に立たされている。改善基準告示の施行により、ドライバーの労働時間が制限され、従来の長距離輸送が成り立たなくなりつつあるからだ。

同社を率いる永野一智社長は「守れば届かない」という言葉で現状を表す。現場が直面する課題は、単なる法規制への適応にとどまらず、日本の農産物流通そのものに直結している。

▲有馬運送の永野一智社長

九州から関東の市場までの運行は最低でも往復で4日かかる。積み込みや荷下ろしが順調に進めば時間規制内で収まるが、実際はそう簡単ではない。永野氏は「積み込みが30分、荷下ろしも30分で済めば改善基準告示は守れる。しかし、市場での待機時間や道路事情を考えると、ほとんど不可能。東京には休める場所もなく、結局神奈川や静岡まで流れざるを得ない」と窮状を訴えた。

運行計画を「型にはめれば守れる」ものの、実際には市場到着時間の混雑や駐車場不足で破綻する。結果、改善基準告示を厳格に守ろうとすれば、渋滞や荷待ちも織り込んだ6日運行かフェリー利用しか選択肢がない」と永野は指摘する。

運行日数を延ばせば、月間の往復回数は減少し売上も落ち込む。事業を継続し、ドライバーの生活を守るためには「運賃を6割増しにする必要がある」と試算するが、荷主側の反応は厳しい。「標準的運賃をもとに説明したが、『いくらなんでも、そんな金額では無理なのはわかるだろう』との返事だった」と永野社長は苦笑する。

農産物は単価が安く、価格転嫁が難しい。野菜の値段が倍になるわけではなく、生産者も荷主も理解はしていても「結局はコストの壁に突き当たる」という。確かにいきなり運賃を6割上げるのが非現実的なのはわかるが、従来通りの4日運行では改善基準告示を順守することは難しい。トラック新法には運送業の事業許可更新制が盛り込まれたが、法令違反の運行が続けば、更新の際の監査で確実に違反点がついてしまう。永野氏は、「そうなれば事業の継続は難しいが、そこまでして法令違反の運行を続けることにどれほどの意味があるのか」と、現状の運行スケジュールに疑問を投げかける。

▲南島原市は島原半島南端の町

東京-大阪間、九州-関西圏間であればそれぞれ、浜松や岡山に中継拠点が整備され、中継拠点までの日帰り運行が増えている。九州-東京間であれば、大阪あたりで中継することで改善基準告示の範囲内での運行も可能に思えるが、そうした施策は進んでいない。拠点を開発し、二人のドライバーを乗務させればそれだけコストがかかる。小さくても高価な電子部品や半導体であればそうしたコストをかけても見合うかもしれないが、店頭で数十円で売られる農産物に、そこまでのコストはかけられないというのが実情なのだ。

有馬運送は大型ウイング冷凍冷蔵車9台と2トン車3台を保有するが、長距離運行に使うウイング車のうち稼働できているのは6台にとどまる。理由はドライバー不足だ。
「車はあっても運転する人がいない。島原半島は人口減少が進み、40代以下でドライバーをやる人はほとんどいない」と永野社長は語る。

▲有馬運送では9台の低温ウイング車を保有しているが、ドライバー不足のため運行しているのは6台のみ(出所:有馬運送)

求人活動をしても応募は乏しく、法令違反となる可能性もある条件を求人票に記載できないため募集自体が難しい。運送業者がSNSを活用して順調に採用活動を行う事例も耳にするが、それ以前に「人がいない」という現実が立ちはだかる。

有馬運送はかつて安全性優良事業所(Gマーク)を取得していたが、現在は更新していない。永野氏はその理由を、「Gマークを持つと巡回指導が3年に1度になる。しかし、毎年見てもらった方が監査対策になる。帳簿や日報などをしっかり点検してもらいたい」と理由を語る。法令順守が難しい長距離運行を抱える現状で、むしろ頻繁なチェックを受けた方が安心できるという逆説的な判断だ。

有馬運送の現場は、改善基準告示による規制と現実の運行との間で苦闘を続けている。守れば届かない。守らなければ違法となる。その狭間で、永野社長は「半ば無理だと諦めてもいる」と率直に語る。

「農業や漁業は高齢化と担い手不足で厳しい。物流が止まれば地域の産業も共倒れになる。地方の一次産業を維持するためには物流を維持しなければならないが、そのためにも、現場の実情について声を上げて伝え続けるしかない」。

九州から関東へ、食卓を支える農産物流送。その最前線で、小規模事業者の現実はあまりに切実だ。

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