
記事のなかから多くの読者が「もっと知りたい」とした話題を掘り下げる「インサイト」。今回は「セイノーHD、下関で地域交通と買い物支援を一体化」(10月7日掲載)をピックアップしました。LOGISTICS TODAY編集部では今後も読者参加型の編集体制を強化・拡充してまいります。引き続き、読者の皆さまのご協力をお願いします。(編集部)
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ロジスティクスセイノーホールディングス(HD)、住友商事、大新東(東京都江東区)、REA(中央区)の4社は1日、山口県下関市豊田町で、AI(人工知能)オンデマンドシステムと貨客混載を組み合わせた地域モビリティーサービス「Mile One」(マイルワン)の実証実験を開始した。産官学連携による同様の取り組みは国内初。国土交通省の「共創モデル実証運行事業」に採択され、2026年3月31日までの6か月間実施する。

▲出発式では貨客混載を実演で披露(出所:セイノーHD)
1日3便で不便極まりない
「地域にはさまざまな課題がある。今回はコミュニティーバスを高度化させていく話がベースにある」。セイノーHDオープンイノベーション推進室課長の村木範行氏はこう切り出した。
豊田町では従来、4路線の「生活バス」が電話予約型で時刻表に沿って運行していたが、何と1日3便のみ。利便性は悪かった。「例えば、朝8時半にバスに乗った人がスーパーに行って、次に家に帰るバスは12時、1時という感じだった」と村木氏は嘆く。こうして不便でありながら、稼働率は極めて低い。「住民の大半は存在すら知らない。使わないから当然だ」と村木氏は認知度の低さを嘆く。
少ない車両で人と物を効率移動
そこで同社は、下関市冨士第一交通、下関市立大学、下関市社会福祉協議会と手を組み、AIオンデマンド交通システムを導入。村木氏は「少ないドライバーと車両で、人と物を効率的に運ぶ。持続可能な交通の仕組みを作ろうと思った」と当時を語る。
住民は電話かLINEで予約するだけで、自宅前から目的地まで移動できる。運賃はたったの100円。最大8人乗りのハイエース型車両を使う。村木氏は「AIオンデマンドで、好きなタイミングで使えるようになった。タクシーとは違うから、希望の時刻ピッタリとはいかない。10時10分とか15分とか、多少ずれる。だがほかの客と相乗りする形だ」と説明した。

(出所:セイノーHD)
免許返納者だけでない潜在ユーザー
利用者層は「5年前に免許を返納した高齢者」だけではない。村木氏は免許返納組に加え、「免許は持っているが、家族から『もう運転やめて』と懇願されている予備軍が相当数いる」と見込む。さらに、高校生や中学生など若年層の利用も視野に入れている。潜在ユーザーは想像以上に多いのだ。
空きスペースに物流を加える発想
人の移動だけじゃない。車両の空きスペースと空き時間を使った“貨客混載“という切り札も繰り出した。村木氏が本音を明かす。「人の移動を効率化したって、コミュニティーバスが満車で走り続けるなんてあり得ない。どうしたって空いている時間帯が出てくるし、稼働率100%なんて夢のまた夢。だったら、ここに物流を加えようじゃないか」。貨客混載に賭ける覚悟が伝わってくる。
地元のスーパーマーケット3社──コープやまぐち(ここと新下関店)、ゆめマート豊田、サンマート豊田店と提携した。電話1本で注文した商品を、なんと住民の自宅まで届けてくれるのだ。荷物1個コンテナにつき100円。車両1台あたり、最大6個まで積める。
実証15日で利用倍増、「むっちゃ良い」と高評価
実証開始からたった15日間で、前年10月の月間乗車人数とほぼ同数に到達したというから驚きだ。村木氏は興奮気味に語る。「今日は15日だが、去年のほぼ倍の人数になった。おそらく倍、200%になるんじゃないか」。従来は稼働していなかった車両が余っていたが、現在はすべてが稼働しているというのだから、その反響のすさまじさが分かる。
利用者の評判は上々だ。村木氏が声を弾ませる。「『むっちゃ良い』って言われる。これまでは3時間もかけて買い物に出かけて、30分40分買い物したら、また次のバスの到着まで長いと3時間待たされる。無駄に4時間も費やしていた。それが今や電話1本。予約した時間付近に迎えに来てくれるのだから、便利なはずだ」と利用者の喜びの声をこう紹介した。

(出所:セイノーHD)
山間地域の配送は各社赤字の実態
物流事業者として、中山間地域での配送が赤字なのは業界の常識だ。村木氏はこう語る。「中山間地域の配達だけを見れば、各社とも赤字だ。でもインフラとして止めるわけにはいかないから、ある種の使命感で続けている。それを効率化するという話なら、基本的に反対する理由はない」
セイノーHDが買い物支援や貨客混載のノウハウを武器に運行サポートを担う。大新東はデマンド交通で培った経験を基に配車システムの助言役だ。住友商事が全体を仕切ってシステムを構築し、REAがAIオンデマンド配車システムの開発から保守、運用まで一手に引き受ける。下関市立大学は効果測定の旗振り役として、数字のデータだけじゃなく、利用者へのアンケートや聞き取り調査までをやるという。
認知度向上と14キロの水に苦闘
最大の課題は認知度の低さだ。村木氏は「認知が課題。人の移動が楽になって、利用者が少しずつ増えてきたが、まだまだだ。2倍、3倍は伸ばせる」と鼻息を荒くする。
ドライバーの負担軽減も喫緊の課題だ。村木氏が現場のリアルを赤裸々に語る。「この2リットルの水6本で14キロもある。ドライバーがひいひい言ってますよ。ただ、利用者の方からは待ち望んでいたサービスとも仰っている」
衝撃の告白だ。現金決済を100円単位に統一してお釣りを不要にするなど、涙ぐましい工夫を重ねているという。村木氏は「普段人を運んでいるドライバーに物も届けてもらうわけだから、できるだけシンプルな仕組みにしないと現場が回らない」と切実な胸の内を明かした。
究極の狙いは住民のウェルビーイング向上
村木氏が物流革命の野望を語る。「地域のモノの移動は意外と多い。一般的な宅配商品のみならず、例えば病院が酸素ボンベを患者宅に運ぶ。スーパーの配送に処方箋の薬まで。こうしたニーズを全部まとめれば、地域はもっとスマートになる」
物流の一本化で地域を変える。その意気込みが伝わってくる。
村木氏は最終目標について次のように語る。「移動がしやすくなり、モノが手に入りやすくなれば、住民の生活水準も満足度も、ウェルビーイングも大きく向上する。そうなれば地域自体がより元気になり、地域活性化につながる。それこそが究極の目標だ」
セイノーHDは、この挑戦を通じて持続可能な地域交通インフラモデルを確立し、全国へと羽ばたく構想を明らかにした。豊田町で始まった小さな革命は、やがて日本中の過疎地域に希望の光を灯し、人々の暮らしを豊かに変えていく──。その第1章が、今、静かに幕を開けた。(星裕一朗)
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