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石油備蓄254日分、「使える量」はどれだけか

2026年3月9日 (月)

行政・団体政府が国家石油備蓄の放出に向けた準備態勢に入った。ホルムズ海峡の実質封鎖でブレント原油が100ドルを突破するなか、「254日分の備蓄がある」という数字が繰り返し報じられている。だが254日分の内実を分解すると、その数字が示す安心感と、物流の現場に軽油が届くまでの現実との間には、大きな距離がある。(編集長・赤澤裕介)

(イメージ)

日本の石油備蓄は2025年12月末時点で254日分、製品換算で7157万キロリットル(kl)ある。内訳は国家備蓄146日分、民間備蓄101日分、産油国共同備蓄7日分。赤澤亮正経済産業相は3月3日の会見で「現時点で放出の具体的な予定はない」と述べたが、その3日後の6日、資源エネルギー庁は志布志国家石油備蓄基地(鹿児島県)に対し「いつでも適切な対応を行うことができる体制をとるよう」連絡した。木原稔官房長官は9日の会見で放出の決定はしていないとしつつ、検討状況への回答を控えた。政府は公式には「未決定」だが、実務レベルでは準備が動き始めている。

▲日本の石油備蓄の内訳(出所:資源エネルギー庁「石油備蓄の現況」26年2月公表、25年12月末時点、クリックで拡大)

254日分という数字は国家・民間・産油国共同の合算だが、それぞれの性質はまったく異なる。最も即応性が高いのは民間備蓄だ。石油備蓄法に基づき、精製業者や輸入業者が消費量の70日分を保有する義務を負う。25年12月末時点の実保有は101日分で、義務を31日分上回っている。

ただし、この101日分がすべて危機対応に回せるわけではない。民間備蓄2848万klの内訳は原油1372万klと製品1545万kl。製品在庫の大部分は製油所や油槽所、配送拠点に分散した運転在庫であり、日常の精製・流通を回すために常時消費されている在庫だ。仮に義務日数を引き下げて放出しても、物流を止めずに取り崩せる量には限界がある。

過去の実績がそれを裏付けている。11年の東日本大震災では3日分(70日→67日)を引き下げた。22年のロシアによるウクライナ侵攻時も同じく3日分の引下げだった。いずれも「70日の義務」を数日削る程度にとどまっている。101日分から70日分を引いた31日分の余剰がそのまま使えるという単純な計算にはならない。

過去の放出はすべて「民間頼み」だった

国家備蓄は制度創設から40年以上、22年まで一度も使われなかった。

▲日本の石油備蓄放出の主な事例(出所:経済産業省審議会資料、石油連盟。IEA=国際エネルギー機関、クリックで拡大)

22年のウクライナ対応で初めて国家備蓄900万バレルが放出された。しかし、ここに今回の危機との決定的な違いがある。22年は原油の国際流通自体は維持されていた。ロシア産原油の行き先が変わっただけで、ホルムズ海峡は通常通り機能していた。今回はホルムズ海峡そのものが実質的に閉じている。日本の原油輸入の9割超が中東産であり、そのうち7割がホルムズ海峡を経由する。供給の根幹が止まっている状況は、過去の放出事例とは質が異なる。

もう一つ、22年の実績が示す重要な事実がある。国家備蓄900万バレルの全量引き渡しが完了したのは22年9月29日で、4月の決定から6か月を要した。国家備蓄の放出は入札による売却プロセスを経るため、経産大臣が指示を出してから実際に原油が元売り各社の手元に届くまでに時間がかかる。しかも国家備蓄は原油の状態で保管されており、放出されてもそこから製油所で精製し、軽油やガソリンとして末端の給油所に届くまでにはさらにリードタイムが発生する。

国家備蓄を保管する10基地の所在地と貯蔵方式は以下の通りだ。

▲国家石油備蓄10基地の分布と貯蔵方式(出所:JOGMEC。容量はJOGMEC公表データ。秋田は設備構成からの推計値、クリックで拡大)

10基地の合計は5000万kl規模だが、すべてが同じ速度で出荷できるわけではない。地上タンク方式はポンプでタンカーに直接積み出せるが、洋上タンク(白島、上五島)は貯蔵船から内航タンカーへの移送工程が入る。地下岩盤方式(久慈、菊間、串木野)は地中からの汲み上げが必要になる。放出が決まっても、各基地の出荷は方式と港湾設備に左右される。

備蓄254日分は「蛇口を開ければ明日届く軽油」ではない。量の大きさと、現場への供給速度は別の問題だ。

ブレント原油は6日の終値92.69ドルから急騰し、9日の取引で一時119ドル台をつけた。イラク、クウェートが生産削減に追い込まれ、タイは原油・石油製品の輸出を停止、中国も主要製油会社に軽油・ガソリンの新規輸出契約停止を指示したと報じられている。韓国は9日、30年ぶりとなる燃料価格の上限制度を導入する方針を表明した。各国が自国の燃料確保に動くなか、国際的な融通余地は急速に縮小している。

2日時点の軽油全国平均小売価格は1リットルあたり146.6円(資源エネルギー庁調べ)。この水準でも、国交省の標準的な運賃に基づく燃料サーチャージ表では基準価格120円からの上昇額が26.6円に達し、「145円超-150円」の区分に入る。原油100ドル超の影響が小売価格に反映されるのはこれからだ。

物流事業者にとって、備蓄の日数は直接の安心材料にはならない。自社の燃料調達先がどの製油所・油槽所につながっているか、その製油所の原油調達ルートにホルムズ依存がどれだけあるか、手元の燃料在庫は何日分か。確認すべきは254日分という国全体の数字ではなく、自社のサプライチェーン上の在庫の厚みだ。

国家備蓄放出を検討、物流コストへ波及

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