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老舗鉄工所から総合不動産会社に事業転換

アライプロバンスの賃貸物流施設にかかる3つの期待

2020年9月18日 (金)

話題千葉県浦安市の海に面した埋立地に、浦安鉄鋼団地と呼ばれる地区がある。東京ディズニーリゾートの東側に位置するこの工業団地の広さは、32万6千坪。東京ドームに換算すると23個分、隣接する東京ディズニーリゾートとほぼ同じ広さだ。一般にはあまり知られていないが、国内屈指の鋼材流通拠点である。(書き手=坂田良平)

この浦安鉄鋼団地に、新たな物流センターが生まれようとしている。建築主は、同地で38年、城東エリアで100年以上鉄工所を営んできた老舗、アライプロバンス(旧社名:新井鉄工所)である。

製造業から物流施設事業へと転身を図る同社が、どのような化学反応を物流不動産マーケットにもたらすのか?東京湾岸の物流不動産事情などもふまえ、紐解いていきたい。

<この記事の目次>
・浦安鉄鋼団地の成り立ち
・流通基地として発展を遂げた立地への期待
・湾岸エリアの数少ない物流施設という希少性への期待
・住宅地と近接、人手が確保しやすいという期待
・アライプロバンス×CBREという化学反応
・物流業界に新風もたらすアライプロバンス

■浦安鉄鋼団地の成り立ち

浦安市に位置する鉄鋼団地は、国内でも数少ない、鉄鋼を専門とした工業団地であり、流通基地である。旧新井鉄工所も、石油掘削用機器の製造メーカーとして高い技術を誇っていた。

▲開業当時の新井鉄工所浦安工場

この流通基地から出荷する鉄鋼関連製品は、年間448万トンに上る。1か月分で、東京スカイツリー10.5本分に相当すると言うから、その取扱量の多さが分かる。

鉄鋼団地の成り立ちは、前回の東京オリンピック(1964年開催)以前に遡る。時は、高度成長期。国内は高景気に湧いていたが、さまざまな問題を同時に抱えていた。そのひとつが、交通戦争だ。

モータリゼーションの発展に都市計画が追いつかず、また運転者の交通モラルも低かった。1959年以降、交通事故による死者数(24時間以内死者数)は1万人を超え、1961年には死者数が年間1万2865人に及んだ。

▲東京湾に臨む鉄鋼団地(出所:浦安市)

1961年11月、業を煮やした警視庁は、都内における大型トラックの交通規制案を発表する。午前8時から午後8時の日中に、大型トラックの都内走行を規制するという、大胆な交通対策であった。

この規制案をきっかけに、墨田区を始め、都内にあった鉄工所などが移転先を探しはじめた。結果、浦安の埋立地に白羽の矢が立ち、鉄鋼団地が完成したのが1969年のことである。

こうした背景を持つ浦安鉄鋼団地に、新たな物流施設が建築されようとしている。しかも、それを行うのが、城東エリアで100年以上にわたり、鉄工所を営んできた老舗企業というのだ。

実に興味深い、このプロジェクトを「3つの期待」から考えていこう。

<「浦安市港物流センター」(仮称)の竣工イメージ>

■流通基地として発展を遂げた立地への期待

「鉄は国家なり」と言ったのは、鉄血宰相として知られるドイツ帝国の宰相ビスマルクである。ビスマルクが活躍した19世紀、鉄は、鉄道、艦船といったインフラはもちろん、列強が覇を争うための戦争の道具、つまり大砲や銃器などの材料として、きわめて重要であった。時代はだいぶ下るが、第二次世界大戦後の日本でも、鉄は「産業の米」と呼ばれ、日本の高度経済成長を支える中枢を支える産業として、重要視されていた。

その鉄の流通基地として指名されたのが、浦安市である。流通基地としての価値が低いわけがないのだ。

鉄鋼団地の立地に対する、流通基地としての価値は、今も昔も変わらず…、というより、高速道路網の発展など、交通インフラの充実に伴い、むしろ高まっていると言って良い。

鉄鋼団地は、横浜はもちろん、大井ふ頭、青海コンテナ埠頭などの東京湾岸部から、首都高速道路湾岸線などを用いて容易にアクセスが可能だ。国内最大の消費地である東京に隣接していることもポイントが高い。

▲計画を説明するアライプロバンスの新井太郎専務

今回アライプロバンスが開設する新物流センターは、EC事業者の入居もターゲットに据えているという。当然だろう。編集部が作成した30分・60分到達エリアによれば、この物流センターは、首都圏主要部のほとんどをカバーする。

鉄鋼団地が備える、流通基地としてのスペックの高さは、EC事業者をはじめ、多くの事業者にとって、魅力的であろう。

■湾岸エリアの数少ない物流施設という希少性への期待

ここ数年、物流倉庫の新規供給は、高い水準を維持している。首都圏における1万坪以上の新規物流倉庫供給状況(CBRE調べ)は、2016年:36.1万坪、17年:22.7万坪、18年:46.3万坪、19年:59.9万坪と増加傾向にある。ちなみに、20年には45万坪が、21年には64.9万坪が、新たに供給される見通しである。

だが、これを首都圏内のエリア別に診ると、少々事情は変わってくる。供給が活発なのは、圏央道エリア、国道16号エリアであり、鉄鋼団地の近接地である東京ベイエリアの供給は、とても少ない。2016年から19年までの供給実績に、20年、21年の供給見込みも含めても、東京ベイエリアはわずか4.6%である(「首都圏の新規供給面積」参照)。この希少なエリアに近接する浦安市に、アライプロバンスの新物流センターは立地するのだ。

東京ベイエリアに位置する倉庫の人気を示す証拠のひとつとして、東京湾岸部全体の新規供給物件における内定率のデータも紹介しよう(「東京湾岸のテナント内定状況」参照)。19年以前の物件は100%内定、20年第1四半期においても92%が内定している。浦安鉄鋼団地が立地する東京湾岸部は、高い人気を集めているのだ。

※ここで言う「東京湾岸」とは、千葉県習志野市から神奈川県横浜市までの海に接した市区を指す。

■住宅地と近接、人手が確保しやすいという期待

人手不足は、もはや日本経済のボトルネックだ。とりわけ、労働集約型産業の典型である物流にとって、労働力の確保は、常にビジネス遂行上の課題となる。その点で、浦安市にある鉄鋼団地は、恵まれている。

写真は、アライプロバンスの新物流センター予定地前から撮影したものである。500メートルも歩けば、そこには巨大なマンション群が建っている。住宅地域が隣接していること。これは、新たな物流施設を竣工する上で、大きなアドバンテージとなる。

浦安市は、都内に勤務する会社員たちのベットタウンである。浦安市内に在住する男女の年齢別人口構成比を、全国のものと比べよう。

20代から60歳手前までの人口構成比、つまり働き盛りの年齢層が、浦安では多いことが分かる。特に、20代と50歳前後の人口構成比は、全国平均と比べ、明らかに高い。正社員のみならず、パート、アルバイトといった倉庫作業員を確保する上では、この人口構成比はとても有利だ。

▲新浦安駅から鉄鋼団地方面に向かうバス

もちろん、働き手は浦安市内だけにいるわけではない。江戸川区や市川市など、隣接する街から働きに来る人たちにとって、JR京葉線新浦安駅と舞浜駅から比較的近く、またバスなどの交通インフラも充実した鉄鋼団地は通いやすいであろう。

浦安鉄鋼団地は、その成り立ちから、工業地帯と住宅地域が完全に分離している。住宅地に隣接しているという、労働力の確保にアドバンテージを持ちながら、近隣住民に迷惑をかけることなく、24時間365日、トラックの出入りが可能なのだ。首都圏において、このような立地は、そう多くはない。

なお、アライプロバンスの新物流センター予定地前には、もともとバス停がある。建設中の物流センターにおいては、施設エントランス前にバス待合所を設けることが決定しているそうだ。

■アライプロバンス×CBREという化学反応

「アライプロバンスからは、『自社で物流センターの企画運営まで行えるようになりたい』と言われています」

▲CBREの小林麿氏

本プロジェクトのリーシングを担当するシービーアールイー(CBRE)の物流施設仲介部門長である小林麿氏と、担当の中村正規氏はこう語る。

CBREは、ことしで創立50年を迎える、法人向けの総合不動産サービス会社。物流不動産の専門家として、全国10拠点で地域に根ざしたサービスを展開してきた。物流不動産ビジネスに新規参入したいという、アライプロバンスのような企業に対し、豊富なマーケットデータと長年培った知見や経験を生かし、物流ビジネス戦略の遂行と成功をサポートするのがCBREなのだ。

率直に言えば、今回の案件について、筆者は逃げの選択ではないかと想像していた。大変失礼ながら、土地という資産を持った旧新井鉄工所が、資産活用の手法として、物流不動産への投資を消極的な選択として決断したと、勝手に想像していたのだ。

CBREの小林氏と中村氏は、筆者の下衆な想像を一笑に付し、教えてくれた。

▲CBREの中村正規氏

「鉄工所から物流施設へのビジネス転換は、今後も成長するための”攻めの経営選択”として行われたものです」

「とてもチャレンジングなプロジェクトだけに、当社も良い意味でプレッシャーを感じています」

例えば、CBREはアライプロバンスから「冷蔵冷凍倉庫にも転用できるように」と注文を受けたという。高性能・高機能の物流センターとするため、CBREとアライプロバンスは何度もディスカッションを重ね、プロジェクトを推進しているのだ。

旧新井鉄工所は、高い技術力で世界に名を知られていた企業である。例えば、海洋研究開発機構(JAMSTEC)が、地球深部探査船「ちきゅう」のドリルパイプに採択したのは、同社の製品であった。これも、技術力という裏付けがあったからこその事例である。アライプロバンスという企業は、高みを目指すという遺伝子を受け継いできた企業なのであろう。

「鉄」において、チカラを尽くしてきた企業が、物流不動産において、CBREというパートナーを得て、どのような化学反応を起こしていくのか?今後の動向が、とても気になるところである。

■業界に新風もたらすアライプロバンス

9年前、筆者は配車システムの営業として、全国を駆け回っていた。当時、訪問先の7割~8割はメーカーや商社といった荷主側の企業だった。なぜ、物流が本業でない企業が、これほど配車システムに興味を持つのか。そう問うた筆者に、あるメーカーの物流部長は苦笑しながら、このように教えてくれた。

「製造、品質、営業、マーケティングなど、社内の他部門は、すでに事業改革が進んでいて、やれることは少なくなっています。でもね、物流は、まだまだ手をつける余地が残っています。だから注目されているわけですよ。そういうわけで、物流担当の私たちには『あと残っているのは、物流だけだぞ!』なんてハッパが飛んできます。プレッシャーもありますが、やりがいも感じていますよ」

当時の私には、「物流って注目されているんだな」という程度の感慨しかなかったが、今、物流は間違いなく世間からの注目を集めている。さらに言えば、生粋の物流事業者ではない企業が、物流に新たな風をもたらしている。アマゾン、アスクル、ニトリなどは、その代表格であろう。

生粋の物流事業者ではない企業がもたらした新風は、歴史の長い物流事業者に対しても刺激を与えている。新たな風を受け、新旧の物流プレイヤーたちが切磋琢磨することで、業界全体が着実に活性化しつつあるのが、今の物流業界ではないだろうか。

アライプロバンスもしかり。同社は、創業から100年以上「鉄」のマーケットで世界と戦ってきた。このビジネスセンスは、物流不動産ビジネスでも、強い武器となるはずだ。

同社が浦安鉄鋼団地に築く、新たな賃貸物流施設の竣工は、2021年10月の予定だ。物流業界に新風をもたらす存在として、アライプロバンスが活躍してくれることを期待したい。(文/坂田良平)

浦安市港物流センター(仮称)の概要
所在地:千葉県浦安市港69番
交通:首都高湾岸線浦安上り出入口から3キロ、下り出入口から3.7キロ、JR京葉線新浦安駅から3キロ、舞浜駅から3.5キロ、東京ベイシティバスみなと第一バス停前
敷地面積:1万4878.49平方メートル(4500.74坪)
延床面積:3万4567.21平方メートル(1万456.58坪)
用途地域:準工業地域
着工:2020年6月
竣工:2021年10月末
物件情報の詳細
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