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論説/「EC物流」って何だ?

2021年3月16日 (火)

話題いわゆる「EC物流」といわれる技術や仕組みは存在しない。と書くと、四方八方から総ツッコミが降ってきそうだが、まずは拙文をご一読願いたい。

■ EC物流という業務

(イメージ画像)

「EC経理」や「EC総務」や「EC人事」が存在しないように、「EC物流」という業務は存在しない。単なる物流業務があるだけで、しかもその中身は非常に単純で簡易だ。

だから、「やったことない」「一体どうやればいいのか」「ノウハウがない」などという思い込みは、少し説明を受ければすぐに解消してしまう。未経験や新規に学ぶものはわずかで、安いコストと短い時間で実用化できる。

■ 戸惑いの理由(1)

一定年数以上の社歴ある企業が「EC物流」なるものにとっつきにくい理由は共通している。その最たるものは、単品もしくは数品を消費者に個配直送するということだ。

現場実務では、出荷指示での1件の中身が1行1個で、数行がせいぜいのピッキングリスト。保管においては、1SKU(ストック・キーピング・ユニット、在庫管理の際の最小単位)に1ロケーションでは効率が悪くなるので、1マスに複数SKUを混在させることへのピッキングミスの危惧や在庫管理の不安。発注者数と同数の伝票管理や個別梱包、ラッピングなどのオプション対応。毎日のように不慣れな大量個口の出荷をこなさなければならないことへの拒否反応。さらにはECモールへの出店者に求められる受注管理の約束事や配送や返品に関する規約、購入者との接触ルールなども戸惑いの種になる。

■ 戸惑いの理由(2)

カスタマーサービスを内製するなら、いきなり何の前触れもなく、まったくフィルターがかかっていない状態の喜怒哀楽を含んだ「肉声」に近い言葉が直接返ってくる。場合によっては「レビュー」として、本来は個人情報として密室に封じられているはずの相対取引の内容と、それにまつわるやり取りまでもが不特定の衆人にさらされる。

商流の中に根付いた一定の約束事に則って商いを続けてきた企業には、何もかもがあからさますぎて二の足を踏んでしまう。とりわけ自社物流なら、現場の困惑やストレスは相当だろう。

■ 始まりの場所

購入者との関係性の調整や適正距離の維持は、EC専業事業者であっても難所であることに変わりはない。消費者への直販に付いてまとう要素の一つなので、何人も避けては通れない。

戸惑いや敬遠したくなる心情は理解できるが、自らが手を付けなければならない要所――それが小売業というものであるし、商売の基本でもあるはずの「始まりの場所」でもある。同時に、市場ニーズの大鉱脈やサービス改変の糸口が散在する宝の山であり、カスタマーサービス部門に人材投入すれば、営業と開発部門の貴重なデータ収集手段が内製化できる。

「面倒で厄介」が「ひょっとして」や「もしかしたら」という言葉に置き換わる時、その企業は踊り場から上へと続く階段に足をかけるのかもしれない。だからこそ強い売り手たちは「始まりの場所」であるカスタマーフロントから得られる情報に敏感であり続けるのだろう。

■ 舞台裏では

(イメージ画像)

EC対応の物流業務は本来なら導入のハードルが低いにもかかわらず、数多い企業が誤解したり警戒する原因は何なのか。それは、ひとえにEC業者の物流委託で食っている営業倉庫各社が言葉にもったいを付け、ややこしく難しいように表現しているからだ。

もちろん全部が全部そうではないにしても、広告などの謳い文句にマッチポンプ的な事例紹介が居並んでいるのは、WEB検索してみれば瞭然だ。中身を知れば、EC事業者が備えるべき営業活動の重要なツールとして、いかにも「新しい技術とノウハウ」であるかのように宣伝されているに過ぎない。賑々しい看板の裏側では、昔ながらの物流屋が年季の入った現場と道具と人員でせっせと仕事をしている、なんてことは珍しくない。

倉庫訪問時に「えっ! ここが最新技術と神業のような業務精度を誇るEC物流センターなのか?」とガッカリ、唖然とする訪問者の心情はよく理解しているつもりだし、自身ががっかりされる側にいたことも事実だ。内実を知る者としては、これ以上書くに堪えない旨、ご賢察願う次第である。

■ 便宜上の表現

そのほかにも、メーカー物流、商社物流、不定期物流、SPA物流――といずれも奇妙この上ない言葉が、WEBや紙媒体の出版物、ニュース記事では当たり前に使用されている。メディアの意図するところは、最大公約数的な理解を得るための表現に違いないので、それについてイチャモンをつける気はない。「表現や説明の便宜上」というのが素直な受け止め方だと思う。

さらに理解を促すためには、下記のように例えてみても分かりやすいだろう。メーカー人事、商社経理、通販総務、SPA営業、EC仕入――業種業態にかかわらず経理総務などの管理業務はあるし、仕入れや販売はモノを扱う企業に共通するので、取り立てて冠に業態名を付ける理由が見当たらないはずだ。

固有の約束事や業態特有の、などと言い始めたら、各社ごとにあれやこれやと始まってしまいかねず、うるさくて始末におえない。A社人事、B社経理、C社営業、D社仕入、E社物流――のようになってしまわないと収まりがつかなくなる。そんな「混沌とした個々の対応」や「各社固有の仕組み」を喜ぶのは、業務委託先や設備・システム系の取引業者だけだ。

「ザ・カスタマイズ」は輝く黄金の言葉。歓びの響きであり、売上アップの予感に満ちて素晴らしい。企業独自の「喫緊の課題」と「不要不急」が紙一重であるのは今も昔も変わらない。

■ 冷静に検証すべき点

(イメージ画像)

まとめると「問1:ECという業態の物流に特殊さや固有の約束事があるのか」「問2:それはEC以外の業界で錬成された技術や方法論では用が足らず、新たに組織や設備や仕組みを用意しなければならないほどの明確な違いなのか」「問3:既存の自社インフラや人員では習得不能な技術や知識が多く、何らかの外力を必要とするのか」のように書き出せるわけだが、その答えはすべて「否」である。

言葉に惑わされることなく、実務の中身を検分してみればよい。「今までのやり方にちょっと加減をすれば何とかなる」が、冷静で好ましい反応であり、その予測はほぼ間違いなく正しい。

物流業務には少ない要素しかない。入庫入荷、検収計上、在庫管理、出荷梱包、配送管理。これに付帯する仕組みや手順の調整と規定が、台本の行間を埋めるト書きの役割を果たす。

業態や企業ごとの物流業務の違いは、セリフの言い回しや行数や場面変転の回数だけだ。出し物が変わっても、ハコは同じところを使うし、制作者・演者はそれなりの舞台道具や演出技術で物語を作り上げる。

■ 顧客の求めるもの

例えばエンターテイメントなら、観客は何よりも、面白いか否かを第一に据える。興行主や劇場・監督・スタッフ・演者・演目が変わろうとも、「舞台という約束事」は基本的に同じはずだ。そして、裏方の諸事も毎度変わらずに、いくつかの足し引きを按配しながら進められる。

まさに物流業務と同じである。荷の受領者は、滞りなく正確か否かにしか目を向けない。製造業なのか商社なのか店舗販売なのかECなのか。それは舞台上での演目の違いに過ぎない。五体五感を働かせて、裏方は舞台を支える。

物流は単純だ。入ってきたものを保管し、必要な分だけを揃えて出荷配送する。これだけである。奇妙な分岐や複製による並列化は一利にもならない。余計なものを削ぎ落せば全て同じになる。それがプロの現場観であり、唯一で全てなのだと思っている。(企画編集委員・永田利紀)