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Professional TALKS/木下雅幸氏(イノベーティブ・ソリューションズ)

プロセスの標準化なくしてWMSの真価(進化)なし

2021年11月25日 (木)

話題ECビジネスの拡大に伴い、物流センターの戦略的価値が高まっている。働き手が減少する日本の環境において、多くの企業は「自動化の推進」や「DX(デジタルトランスフォーメーション)」をテーマに据えた形で物流センターを建設し、WMS(倉庫管理システム)を含むITシステムの構築を進めているが、そのシステムの設計・構築において見過ごされがちなのが「業務プロセス」である。本稿では、パッケージとしてWMSが開発された歴史的背景や、主に欧米と日本におけるWMSに対する意識の違いなどを筆者自身のエピソードを交えて紹介し、国内のWMSが「作業支援ツール」に留まる理由や、転換期を迎える「拡張WMS」が真価を発揮するために必要な要素について解説する。(イノベーティブソリューションズ・木下雅幸)

作業支援ツールから始まったWMS

WMSは、もともとビジネス上で発生する売買やその結果として生じるお金を管理するためのシステムの派生で出来上がったシステムとされる。何らかの商品や製品が購入されると、動くのはお金と同時に実際の「もの」であり、結果として「物流」が生じる。これら「もの」の管理を、売買やお金の処理を行うことを目的に作られたシステムで行うには限界があることが明らかになってきたのが1990年前後。欧米ではこの頃には業務の標準化を図った上でシステム機能を役割別に整理することでパッケージ化し、「ベストプラクティス」という名のビジネスプロセスと共に販売・導入することが浸透し始めていた。

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筆者が長らく社員として、そしてパートナーとして関与し続けているマンハッタン・アソシエイツ社が創業したのが1990年。当時はPkMS(Picking Management System)の名でパッケージが開発・提供されていた。その名が示す通り、最初は受注後の倉庫における出荷作業を支援する機能から開発され、のちに発注から入荷に繋げる機能が拡充されていき、今では一般的となった総合的な倉庫管理システム、いわゆる「WMS」が構築された。1998年には、当時「物流業界の黒船」とも評されたEXEテクノロジーズ(現インフォア)が日本法人を設立したことを皮切りに、ERP(基幹業務システム)の領域でSAPやオラクルが採用されるのを追随し、WMSも主に大手企業での導入が進んだ。

しかしながら欧米における導入と大きく違ったのは、パッケージシステムの導入とペアとなっているはずの「ベストプラクティス」が形骸化してしまったことだ。欧米に比べて現場の発言力が強い日本では、慣れ親しんだ業務のやり方を踏襲しようとする力が「ベストプラクティス」の導入を阻み、カスタマイズが多く発生するという現象が相次いだ。この現象はその後も大きく変わることはなく、現代のDXを阻む要因にもなっている。

日米で異なるWMS導入の目的

少し話はずれるが、2000年代に営業会議で米国に出張した際、現地の営業メンバーから受けた質問で今でも鮮明に覚えていることがある。

「なぜ日本ではWMSライセンスだけが売れて、パフォーマンス・マネージャー(作業進捗管理などの可視化システム)やスロッティング・オプティマイゼーション(ロケーション最適化システム)のライセンスがセットとして売れないのか」

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この質問が問いかけているものは、「WMSを導入した目的は何?」ということだ。彼らは、「WMSの導入を機に、データを元に現場に対する可視性を高め、蓄積された実績データを活用してより業務を改善させることを目的としているのであれば、WMSだけではなく、可視化のためのシステムや最適化を支援するシステムが、WMSの拡張機能としてセットで導入されるべきではないか」と考える。当時から欧米では、現場の業務を支援するだけを目的とせず、導入後の改善など管理面を意識してWMSの導入が進んでいた。

その頃筆者は日本でWMSのプリセールス担当をしていたが、顧客との打合せの主題は、「いかに現場にWMSの導入を了承してもらうか」だった。つまり、作業員の視点でWMSの導入効果を啓もうすることにあったといえる。このようなアプローチになってしまうと、どうしても現場で活用するシステム機能に対するフィット感ばかりに議論が集中し、その後の継続的な改善に向けた議論は遠く後回しにされてしまいがちだ。

生産性向上のカギを握る「リソース情報」

残念ながら日本では、WMSが単なる作業支援ツール以上のシステムとして扱われていない状況が長らく続いている。しかし、一部の企業はWMSから取得できるデジタルデータの価値に気付き、さまざまな取り組みを始めている。例えば、物量や入荷・出荷件数、作業処理数など、WMSから取得できるデータをもとに月次や週次、日次での比較検証、荷主別や拠点間の比較、ロケーション使用率の検証などが挙げられる。ようやくWMSの価値が見直され始め、WMSの周辺に必要となる拡張システムの存在に目が向けられるようになってきた。

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WMSのデータを元にDWH(データの倉庫)を構築し、BI(データ解析ツール)による様々な分析を始めてみると、WMSでは取得できない重要なデジタルデータがあることに気付く。作業員を含む「リソースの活動情報」だ。WMSの機能特性にも左右されるが、完成度の高いWMSでは処理された作業実績が細かく取得されている一方、そこに至るまでの作業員の動き(ロケーション間の移動など)や、工程間の動き、関連するマテハンの動きなどがWMSの管理範疇にない。こうした「リソースの活動情報」がなければ、業務工程ごとの作業時間やコスト、生産性などを割り出すことはできない。

米国では、倉庫作業を担う要員の非正規化が2000年代から進んでいたため、LMS(倉庫労務管理システム)の導入がいち早く進んでおり、これらの情報を元に生産性を把握し、最適な作業員配置や出来高払いの給与システムなどの取り組みが進められている。

自動化を前提とした「リソース統合型WMS」へ

昨今では、労働人口の減少という社会的な情勢が後押しする形で、日本国内でも物流領域における無人化や省人化の動きが活発だ。これまでも物流センターで活用されてきた各種マテハンに革新的なものが開発され、人を代替可能なロボットタイプのものも導入が進められている。

これまでの物流センターにおけるシステム構成では、主にWCS(倉庫制御システム)がマテハン類を統括管理し、WMSとの間で各種作業指示や実績を受け渡しする。WMSでは、出荷指示やASN(事前出荷情報)に対する作業指示を適時生成し、それらの作業を管轄するシステムがWMS外にある場合には、それらシステムに指示データを送信。WCS経由で指示を受けた制御系システムで効率的に作業を実行し、実績データをWMSに送信することでWMS側が倉庫内の全業務を管理してきた。

しかし、これからの物流センターに求められるシステムは異なる。多種多様なマテハンやIoT機器が物流センターで活用されるようになるにつれて、「今この作業はどのマテハンで実施すべきか」を瞬間的に判断し、それぞれのリソースの空き状況を加味して作業を割り当てるなど、リアルタイム性を持って判断する「リソース統合型WMS」の仕組みが求められているのだ。従来のWMSのフォーカスは「人」にあり、いかに「人」を効率的に動かすかという視点でWAVE機能(バッチ引当処理)やタスク機能が開発されてきたが、今や倉庫が自動化されることを前提としたシステムの設計が必要になってきている。

DX時代に求められるWMS

作業支援ツールとしてのWMSから始まり、管理面の機能をもWMSの拡張機能として必要とされる時代を経て、マテハンやロボット、作業員の統合管理を司る機能を求められているのが今の「拡張WMS」だ。パッケージWMSベンダーは、これまで外部連携でWCSとの連携を図ってきたが、昨今は業務の処理状況をよりリアルタイムに把握し、作業の割り当てができるようにWCSの機能領域を包含する方向にシフトしつつある。

拡張WMSの進化過程にあるのは、情報基盤と実行基盤が融合した近未来のWMSだ。管理型WMSで実現したBIなどのツールによる分析では、傾向を示すことはできても、今起こっているプロセスに対する変更や指示にはつながらない。「今の出荷進捗の状況ではどの便に遅れが生じそうなのか」「それはどれくらいの遅れなのか」「どの工程で遅れが生じているのか」「遅れを是正するためのオプションはどんなものがあるのか」「定期補充業務などの緊急性の低い作業を中断してピッキングにリソースを充てれば解消するのか」「その場合にはその後の出荷スケジュールに影響が出ないのか」など、近未来を予測しつつ現状に対する適切な判断を下して瞬時に実行に移すことがDX時代に求められる拡張WMSの姿といえる。

このようなDX対応型の「拡張WMS」の実装には、高度なデジタル情報基盤にAIや機械学習、認知エンジン、ハイブリッドモデリングなどの先端技術の要素を取り込む必要がある。しかしながら、このような取り組みには非常に大きな投資が伴い、効果を発揮するまでの道のりは非常に険しく時間のかかることが予想される。

共通する指針、「プロセスの標準化」

ここまで広義のWMSとして「拡張WMS」の歴史的な進化と背景、そして近未来の姿に言及してきたが、どの時点でも中心となるべきものは活動そのものを示す「プロセス」だ。そしてどのレベルのWMSを構築する上でも欠かせない活動が、「プロセスの標準化」であり「プロセスモデリング」だろう。

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自社における物流センターの活動を示す業務プロセスの流れが標準化されていなければ、システムの標準化はできない。システムの標準化ができなければ、システムから抽出するデータが多様化してしまい、分析に即さないデータとなる。そのような環境に高度なマテハンを導入しても、大きな効果は見込めない。結果として作業支援ツールとしてのWMS以上の価値を得られない結果となるだろう。業務プロセスの標準化を軽んじて標準化されたパッケージシステムの導入に踏み切ると、改善につながるどころか大きな痛手を被ることになるのだ。

しかしながら、プロセスの価値に気付き、プロセスとシステムを標準化した上でWMSを導入することができれば、WMSから得られるデータを有効に活用することが可能となり、さまざまなマテハンを全体スループットが高まる形で導入することが可能となる。また、さらにその先では、最先端の技術を取り入れてPDCA/OODAのループを回すことができる。ビジネス環境を整えることで、DX時代に相応しい物流センターを構築できるようになるのだ。

■木下雅幸氏 略歴
イノベーティブ・ソリューションズ取締役。豪・ニューサウスウェールズ(NSW)大学卒業後、全日本空輸(豪州現地法人)に入社し貨物部門を担当。その後、近鉄エクスプレス(豪州現地法人)でフォワーディング業務を経験した後、2000年に帰国しIT業界に転身、EXEテクノロジーズ(現インフォア・ジャパン)に入社。その後、日系ECベンチャーにてマンハッタン・アソシエイツ社の総販売代理店としてのビジネスを推進、04年に日本法人の設立を機に同社に転籍し、プリセールスからプロフェッショナルサービス部門のディレクターとして提案から導入まで海外を含む多くのプロジェクトに参画。09年にリーマンショックの影響による大幅縮小のタイミングで中国オフショアビジネスを主体としていた日系ベンチャーに転職し、マンハッタン・アソシエイツ社のパートナービジネスをゼロベースでスタート。11年に同社がNTTデータに売却される前後には主要なビジネスとして成長させ、12年に退職。その後、個人事業主の期間を経て、14年にイノベーティブ・ソリューションズを共同で創業。
著書:『詳解!戦略物流の全て』(秀和システム、2011年)

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