ピックアップテーマ
 
テーマ一覧
 
スペシャルコンテンツ一覧

記念すべき初回/ドライバー日誌第8回

2023年5月29日 (月)

(イメージ)

話題市街地から小高い丘を登ったところにある住宅街。雨は粒の大きさを増しているよういさえ見える。最初に配達先である住宅まで、軽バンなら2分とかからない距離だ。時刻は午前8時25分。午前中の配達開始まであと5分に迫った。

トライバーとして初めての配達業務。緊張が高まってくるのが自分でも分かる。頭の中で計算する。配送先の玄関に車を寄せて、リアゲートの扉を開けて飲料水のセットを取り出して呼び鈴を押す。いや、今日は雨だから呼び鈴を押して在宅を確認してから運び出すべきだ――。

物流センターからこの待機場所までの移動時間に思案していたはずの動作を、直前になっても繰り返す。すでに平常心を失っているのかもしれない。時計を見ると、もう8時28分を回っている。「出発だ!」

最後の角を左に曲がって、右側の並びの3軒目。そこが最初の顧客だ。8時29分30秒。玄関先に軽バンをゆっくりと止める。軽く深呼吸。「お水の配達です」ときれいな声を出せるようにしておくことも必要だ。秒針が時計の文字盤の「12」を指した瞬間、呼び鈴を押した。

▲訪問宅の呼び鈴を押す。初めての顧客との応対だ

数秒の間をおいて「はい」と女性の声がする。飲料水の注文主の氏名は女性だから、おそらく本人だ。「お、お水のは、配達でございます」。「え、どちら様でしょうか?」「お水の配達です」

配達という仕事の「記念すべき」初回は、どうにも締まらないやり取りとなってしまった。「不審がられたかな」と不安な気持ちに支配されながらも、肝心の荷物を渡す段取りを進めなければならない。

急いで軽バンに戻ると、リアゲートから飲料水の箱を取り出す。雨が降っているので、ビニール袋をかぶせる。すぐに袋を開けられるように、事前に少し膨らませておいたのだが、本番になると意外と手間取る。風も強くなってきたためか、なかなかうまく箱を収めることができない。その間にも、着実に時は刻まれていく。(つづく)

プロローグに戻る