話題2024年4月、トラックドライバーの時間外労働規制適用開始、いわゆる「2024年問題」を前に、日本のトラック運送業界は戦後最大級の構造的転換期を迎えようとしている。過当競争と長時間労働に頼るビジネスモデルが疲弊し、6万3000社超の事業者のうち75%以上が20台以下の零細企業という、脆弱な産業構造が限界を露呈している。
そんななか、全日本トラック協会(全ト協)の坂本克己会長が打ち出した「事業許可更新制度」は、こうした非生産的な業界状態にメスを入れ、産業全体を「筋肉質」に作り変えるための「最後のピース」とされる。「坂本新法」とも呼ばれるこの改革は、淘汰と再編を伴い、一時的な痛みは避けられないが、その先には適正運賃の定着、労働環境改善、DX(デジタルトランスフォーメーション)活用による高度化、さらには日本モデルの「輸出」による「物流立国」への展望が開けるかもしれない。
2025年の通常国会での議員立法成立を目指す坂本会長に、全ト協での独占インタビューを通じて、構想の背景と狙い、そして広大な将来像について伺った。
2024年問題と「最後のピース」としての事業許可更新制
24年4月から適用されるドライバー時間外労働上限規制、いわゆる「2024年問題」は、これまで長時間労働に依存してきたトラック運送業の旧来モデルに終止符を打つ。坂本会長はこう語る。
「24年問題は長時間労働に依存したビジネスモデルの限界を突きつけている。これまで運送業界は過当競争による低運賃・低収益を、ドライバーの長時間労働で無理やり支えてきた。しかし残業規制が本格化すれば、この経営手法は通用しない」
こうした環境下、「事業許可更新制」という新たな仕組みが必要になる。
「過去には一度許可を得れば、よほどの重大違反がない限り事業継続が半永久的に可能だった。そのため、赤字や法令違反スレスレの事業者も『ゾンビ企業』として市場に居続け、過当競争を助長した。24年問題を機に、こうした構造から抜け出す『最後のピース』として許可更新制が求められる。これを実現する法改正を、我々は『坂本新法』と呼んでいる」
業界には長年続く「過当競争の病巣」が存在する。坂本会長は、時間外労働規制施行という「最後通告」を前に、抜本的な構造改革を受け入れる覚悟を促しているように見える。もしここで改革を逃せば、次に大規模な変革を起こす機会は当面訪れないかもしれない。
赤字零細事業者の淘汰とM&Aによる再編
トラック業界は過半以上が20台以下の零細事業者で構成され、多くが赤字経営にあえいでいる。このままでは健全な労働環境や適正運賃など望むべくもない。坂本会長は、一定の淘汰は避けられないと明言する。
「赤字経営が常態化した企業が無数に存在する現状は、業界を歪ませている。採算が合わないまま、ドライバーへ負担を押しつけるビジネスモデルはもはや維持不可能だ。淘汰を痛みとして捉える向きもあるが、これは『新陳代謝』と捉えるべきである」
この淘汰プロセスでは、M&Aが「ソフトランディング」の手段となり得る。健全な中堅・大手が小規模事業者を買収・統合すれば、ノウハウや経営基盤が強化され、最終的には健全な事業者グループが形成される。適正運賃確保によりドライバーへの還元が進み、劣悪な労働環境からの脱却が可能となる。
こうした再編は、結果的にドライバー確保や労働条件改善につながり、「悪貨が良貨を駆逐」してきた状態から脱出する契機となるだろう。これはあくまで本誌による分析であり、坂本会長の発言は「淘汰は避けられないが、必要な新陳代謝」だという点にある。
荷主責任と対等なパートナーシップへの転換
過去には、荷主が低運賃と長時間労働頼みの構造を半ば黙認してきた背景がある。坂本会長は荷主側にも責任を求める流れを強調する。
「荷主はこれまで価格支配力を背景に物流コストを抑え込んできた。しかし24年問題以降、こうした慣行は業界存続そのものを危うくする。国土交通省は荷待ち荷役時間を2時間以内に制限する『2時間ルール』や、物流統括管理者設置義務など荷主側への規制も強めている。下請法の適用範囲を広げれば、不公正な取引慣行は法的に抑止できる」
本誌の解説として、こうした制度改正は荷主にも適正コスト負担を迫り、安易なコスト削減に依存しない関係を構築する狙いがある。運送事業者と荷主が対等なパートナーとしてサプライチェーン全体の最適化を目指せば、物流はコスト削減対象ではなく価値創出の源泉へと変わる。
ドライバー労働環境改善と適正運賃の相関
ドライバー不足は構造的な課題だが、適正運賃確立がその改善に不可欠な鍵となる。坂本会長はこう述べる。
「ドライバー不足は、長時間労働・低賃金という旧来モデルを放置してきたツケである。事業許可更新制によって過剰な安売り競争が是正され、適正な収益確保ができれば、ドライバーの賃金引き上げや労働条件改善に回す余地が生まれる。それによって、定着率向上、若手参入、技能継承などが進む正の循環が動き出す」
本誌として解説すれば、適正運賃による収益確保は「労働環境改善の源泉」となる。ドライバーはエッセンシャルワーカーであり、彼らが誇りを持てる職業環境が整えば、若年層の就労意欲を掻き立て、「トラックドライバー=重労働・低収入」といった負のイメージからの転換が期待される。
DX・M&Aによる「筋肉質」な産業への進化
本誌による分析では、淘汰と再編が進むことで、健全な収益基盤を持つ事業者がDX投資や先進技術導入に踏み出しやすくなる。これまで過当競争下では難しかったIT投資やAI(人工知能)活用が進めば、運行管理最適化や需給予測精度向上など、業務効率化が飛躍的に進む。
坂本会長も、「過当競争でIT投資余力がない状態から脱却すれば、先進システム導入が容易になる」との趣旨を述べている。中堅・大手企業への集約が進めば規模の経済や技術蓄積が生まれ、業界全体の生産性底上げが可能だ。
このDXによる効率化は、ドライバーや運行管理者の負担軽減にも直結し、労働条件改善やコスト削減、サービス品質向上という好循環を生み出す。
「坂本新法」成立への政治的ハードルと国交省後押し
25年通常国会で議員立法による「坂本新法」成立を目指す道のりは、政治的合意形成や利害調整という難題が待つ。国土交通省が「敬意を表する」と支援姿勢を示している点は、業界改革に追い風となっている。
坂本会長は、「行政、立法、事業者、ドライバー代表が同じ方向を向くことが成功の条件だ」と強調する。今や関係者が同じ駅に向かおうとしており、与野党や荷主団体、労働組合との調整を乗り越えれば法改正成立への可能性が高まる。
本誌の分析では、24年問題が社会的関心を集めるなか、物流インフラへの崩壊リスクは政治家にとっても看過し難い。特別措置法により段階的基準や経過措置を設ければ、「ソフトランディング」を図り、急激なショックを避けられる。
痛みと希望が交錯する改革プロセス
坂本会長は「痛みは避けられない」と率直に認める。しかし、その痛みは「改善」「再生」の過程であり、情報公開や対話、支援策を組み合わせることで和らげることができる。M&A支援策やコンサルティング支援、ガイダンス提供などを全ト協が積極的に行えば、関係者間の摩擦を最小限に抑えることが可能だ。
この点は本誌による補足解説である。改革は既得権益や慣習を揺さぶり、短期的には一部が不利益を被るが、長期的メリットを共有し納得形成を図れば、業界エコシステム全体が強靱化する。
海外展開と「物流立国」のビジョン
適正運賃や労働条件改善、DX活用などが定着すれば、日本は少子高齢化や都市構造変化に先行対処できる「先進モデル」を世界に示せる。坂本会長は、かつて「日本独自のノウハウを海外に展開し、『物流立国』を目指せる」との趣旨を語っていたことがある。
本誌としては、これら国内改革による高度化は、他国が同様の課題に直面した際の「日本モデル」として輸出可能な強みになり得るとみている。インフラとしての物流を高度化し、国際標準をリードすれば、日本は国際競争力の新たな源泉を獲得できるかもしれない。
メディアや読者へのメッセージ
メディアは情報発信だけでなく、政策議論の触媒として、業界・荷主・労組・学識者・ITベンダーなど多様な関係者を結ぶハブになり得る。坂本会長も、メディアに対して「政策対話の場を提供し、改革の理解を広げる役割」を期待している旨の発言をしている。
読者には、この改革が業界内部の問題にとどまらず、荷主や消費者、地域経済、さらには国際的競争力強化まで影響する大転換であることを理解してほしい。自社や自身がどのような行動を取るべきか、DXや人材戦略、グローバル展開など、行動指針を練る参考にしていただきたい。
「最後のピース」が拓く新時代
「事業許可更新制度」は、坂本会長が「最後のピース」と呼ぶ、25年ぶりの大転換を完遂するための施策だ。既に標準的運賃制度の導入や24年問題対応、荷主規制強化といった土台づくりを経て、業界は大手術に耐え得る状態となった。
「成立した暁には、ぜひまた取材に来てください。その時はもっと具体的な話ができるでしょう」という坂本会長の言葉には、自信と期待がにじむ。改革が成功すれば、ドライバーが夢と誇りを取り戻し、荷主は適正コストで持続的な物流を確保し、地域経済も安定的なサプライチェーン恩恵に浴する。結果的に、国際的競争力の強化や海外市場でのノウハウ活用まで視野に入る。
24年問題は、業界が先送りしてきた課題を表面化させた。「最後のピース」による構造改革を受け入れることで、業界は過当競争・長時間労働頼みの旧来モデルから脱却し、筋肉質な産業へ進化できる。これは痛みを伴うが、その先には、真に持続可能なトラック運送業界が広がっている。
本誌は、坂本会長との独占インタビューを通じて、転換期を迎える物流産業の核心に触れた。今後も改革の行方を追い続け、読者に最新情報と分析を届ける。25年通常国会での「坂本新法」成立が現実となり、新時代のトラック運送業が動き出す春、また会長の元を訪ねて具体的な展開を聞く日を楽しみにしたい。