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フィジカルAI、日本の勝ち筋は業務データ

2026年4月23日 (木)

ロジスティクスフィジカルAI(人工知能)への投資が米中を中心に桁違いの規模で動き出すなか、日本の物流現場は何で勝負するのか。4月15-16日に幕張メッセ(千葉市美浜区)で開かれた「Startup JAPAN EXPO 2026」併設の「物流SCM変革テックエキスポ2026」での基調講演で、大阪大学教授でAVITA(東京都目黒区)社長の石黒浩氏、セルフィット(新宿区)社長の宇佐美典也氏、Nexgen Japan(横浜市西区)CEOで物流AIアーキテクトの大野有生氏の3人は、開発競争で米中に後れを取る日本が、実装と業務データの蓄積を急ぐ局面に入ったことを示した。モデレーターは本誌編集長・赤澤裕介が務めた。(東京編集部)

開発競争でなく実装競争へ

大野氏はフィジカルAIを「ハードウエアに対して、ロボットに対して、AIの知能、意思決定を組み込んだもの」と定義したうえで、ソフトウエアAIとの決定的な違いに注意を促した。「今までのAIってロールバックができました。フィジカルAIってロールバックできません。もし物を落とした時に物が復元することはないですよね」。壊した物も怪我をさせた人も元に戻らない以上、ロボットの停止判断は経営ではなく現場が持たざるを得ない。倉庫や輸送の現場で働く人間にロボットを止める権限を与える設計が、実装の前提になる。

▲(左から)本誌編集長の赤澤裕介、AVITA社長の石黒浩氏、セルフィット社長の宇佐美典也氏、Nexgen Japan CEOの大野有生氏

世界市場の数字は大きい。大野氏によれば、フィジカルAIの市場規模は2026年の60兆円から2040年には500兆円を超える見通しだ。BCG調査を引いて主要企業のAI投資比率が売上高比0.8%から1.7%に倍増し、その大半がフィジカルAIに向かうとも紹介した。IT投資の1.0-1.5%とは別枠で積み上がる構造で、「非常に衝撃的なパラダイムシフト」と位置づけた。

▲Nexgen Japan CEOの大野有生氏

主導権は米中にある。大野氏は「今後5年間で110兆円の投資」に対して日本は「5年で1兆円」と指摘し、「開発競争においては劣後している」と認めた。そのうえで「使うというところに関してはまだ知恵のひねりどころがある」と付け加えた。

石黒氏もこの構図を追認する。「大規模言語モデルは、ものすごいお金がかかるので日本の企業には作れない」「それはWindowsを作りますかとか、MacのOS作りますかって言ってるようなものと同じ」。ファンデーションモデルで米国と張り合う必要はない。ただし「それをちゃんと工場で使うとか日常生活で使うにはいろんなセンサーとか、周辺の色んな仕組みが必要」であり、そこに日本の強みが残ると石黒氏は指摘した。iPhoneの部品の6割が日本製という例を挙げ、実装層での優位性を強調した。石黒氏はアバターと呼ぶ遠隔操作ロボットの社会実装を進めており、内閣府ムーンショット型研究開発事業の目標1のプロジェクトマネージャーも務める。アバターとフィジカルAIの関係については「アバターも広い意味ではロボットだったりAIだったりします」と整理した。

▲AVITA社長の石黒浩氏

実装で戦うなら、勝負を分けるのは何か。大野氏はセッションの締めくくりで会場の物流事業者に明確な行動指針を示した。ボストン・ダイナミクス(米国)と韓国・ヒョンデのヒューマノイド「Atlas」(アトラス)が28年から生産現場に投入される計画を引いたうえで、「ヒューマノイドの価格が下がった、ロボットが本当に入ってくる業務になった、その時にフィジカルAIの概念を思い出してください、知能です。知能がヒョンデの業務の知能だったら、あなたの業務で全く動きません」。ハードウエアやファンデーションモデルで戦うのではなく、自社の業務フロー、制約、判断基準をデータとして蓄積し、外から入ってくる知能を自社業務に適合させる土台を作る。大野氏はそれを「データを溜めていく2年間」と表現した。

発着連携と標準化が成否握る

では、物流現場は何を変える必要があるのか。現場の制約を最も具体的に語ったのは宇佐美氏だった。セルフィットは軽貨物版Uberに相当する配送マッチングプラットフォーム「DIAq」(ダイヤク)を運営。セブン-イレブンの即配、処方薬配送、ENEOS・三菱商事と連携したEC(電子商取引)軽貨物配送を扱い、ENEOSのサービスステーション(SS)を物流ハブとして活用する点に特徴がある。稼働するギグワーカーは500人ほど、SSは100か所超で、今後600か所・数千人規模への拡大フェーズに入っている。

宇佐美氏が強調したのは、倉庫の内側と外側で自動化の進み方がまるで違うという事実だ。「倉庫の中っていうのは会社の中で標準化簡単にできるわけですから、データで連携してどんどん最先端テクノロジーが使われていって、人の仕事ってのはどんどん減っていく」。宇佐美氏は、倉庫内の自動化は今後さらに進むとの見方を示した。問題は倉庫の外に出た瞬間から起きる。ウクライナの配送現場では倉庫と拠点の間をドローンや無人運転が運び、そこから先は人が受け持つモデルが動いているが、その分断の背景にあるのは技術そのものより、発着間の標準化不足だというのが宇佐美氏の認識だ。

▲セルフィット社長の宇佐美典也氏

断絶の根は「発荷主と着荷主」の非対称性にある。「物を発送する方っていうのはトラックも抱えてるしものすごいこう意識は高いわけですけど、着荷主っていうのは物が来るだけなんで、なんか意識は低い」。セルフィットがSSをバッファーとして使うのは、この発着の分断を埋めるためだ。「ここにどういう規格で物が来てどういうために来るかっていうところをちゃんと標準化していけば、どんどん技術っていうのが実用化されていく」。倉庫内の自動化が先行して進んでも、ラストワンマイルは発荷主と着荷主の規格が揃わない限り動かない。

ヒューマノイドが家庭にまで届けに来る日が近いかを問うと、石黒氏は「もうちょっと時間はかかる」と答えた。「ヒューマノイドのブームがあと1、2回来ないと家の中で安心安全に働いてくれるようなものにはならない」。大野氏も天候や渋滞、人とのやり取りといった不確実性の高い領域でヒューマノイドが完全代替するのは難しいと認めつつ、荷下ろしのように標準化と業務設計が進められる場面では、トラックの助手席に補助ロボットが乗る形での人間との協働には現実性があると述べた。

宇佐美氏はセッション終盤、26年4月に全面施行された物流統括管理者(CLO)選任義務化を引き合いに出した。「着荷主も含めてたくさん荷物集まってくる人は、トラックドライバーの業務効率化させてくださいってことになるわけですけど、それって自社だけで完結しない。発着連携ってところで発荷主とどういう風に共通ビジョン持つかっていうのが今年来年皆さん考えるテーマになっていく」。CLO制度は前年度の取扱貨物重量が9万トン以上の特定荷主にCLO選任と中長期計画の提出を義務づける制度で、初回計画の提出期限は26年10月末。発荷主側にとどまっていた責任範囲を、着荷主を含めたサプライチェーン全体に広げる枠組みだ。宇佐美氏が現場で指摘した発着の非対称性を、制度側から埋める試みが同じタイミングで動き始めたことになる。

大野氏が最後に置いた「2年間」という時間軸は、日本企業が米中と開発競争で張り合う時間ではない。自社の倉庫と輸送の業務を解像度高く記述し、外から入ってくる知能を自社業務に適合させる土台を作る時間だ。軽トラの助手席にロボットが乗る日の到来は、その蓄積の量と質に左右される。

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