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LOGISTICS TODAY「危険物倉庫特集」特別寄稿

「危険物倉庫はそういうもの」という無関心(下)

2022年5月12日 (木)

話題企画編集委員・永田利紀による「『危険物倉庫はそういうもの』という無関心」シリーズ。前回は「基材と製品」「需給バランスの実態」を題材に、行政の危険物倉庫に対する取り組みについて、法令の取り扱いを含めた「あり方」を提言した。最終となる第3回は、これまでの現場における現状認識や独自の提言を踏まえて、危険物倉庫の運営にかかる「実態に即した規制緩和」を訴える。

「危険物倉庫はそういうもの」という無関心(上)

「危険物倉庫はそういうもの」という無関心(中)

第5章「実態に即した規制緩和を」

危険物取扱業者の現状を聴き取った際に印象的だったのは、「あくまで個人的な実感だが、危険物に関しては供給できる保管容量は需要の半分程度しかないと感じる。なぜなら慢性的に新規の引き合いがあるし、営業的には断るのが仕事と言って支障ない状態だ」というハナシだ。

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既存荷主の荷役と保管の単価は悪くないし、与信上の問題も案ずるに足らぬ先ばかりなのだから、更なる高収益を欲して無理に新規を受け容れる必要はない、とも読み取れる。「圧倒的に危険物倉庫が足らない」ならば、政策的に増やせばよいのだが、ここで手かせ足かせになるのが安全性担保のための法規制なのだ。設置可能な用途地域の制限もあって、既存倉庫のほとんどが不適格であることも改築や敷地内別棟新築の可能性を狭めている(一部自治体では弾力的な規制緩和もあるようだが、全国的には極めてまれだ)。

かといって厳格な法規制が悪いというわけではなく、むしろ安全安心の根拠として信頼できるという評価は妥当だ。問題は「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」となっている部分がないかという点に尽きる。

分類別に詳細な基準規則が設けられて、厳格な仕様と運用の規定に基づく起承転結は何度読み返しても不足や欠落の要素が見当たらぬように感じる。しかし現状から今後に向けての危険物取扱動向を想像してみれば、部分的な緩和や改変はあってもよいという気がしてならない。

あくまで一例だが、考察の具として好適と思うので取り上げてみたい。

脱化石燃料・脱炭素への動向に国境はないは今さら書くまでないことだ。とりわけ自動車を中心とする各種ビークルのEV化は急速に進みつつあり、中国と米国がけん引役となって世界的な技術革新が日々更新されている。「EV化の推進=リチウムイオンバッテリーの進化と増産」であり、使い捨てでは需給ひっ迫必至ゆえのリユースやリサイクル技術の研鑽が同時進行で付随している。とはいえ当然ながら廃棄物も少なからず生まれる。

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リチウムイオンバッテリー内の電解液は危険物だ。わが国消防法上の分類では第四類第二石油類(灯油や軽油と同類)に該当する。つまり引火性液体であり、さらにはいくつかの重金属のほかマンガンが含まれるため、漏れ出すと重大な土壌汚染を引き起こす。さらには電池劣化によってフッ化水素などの有毒物質が生じうる。つまり引火性危険だけにとどまらないリスクがEV化を支えるバッテリー生産には付いてまとうし、リサイクルやリユースの補完機能が、生産から寿命までの循環に組み込まれなければ、廃棄物増量は当然の因果となる。

製造前・製造中・製造後・使用後・再生時・廃棄処理前。これらすべての区分で単体としてのリチウムイオンバッテリーは危険物であり、製造現場以外での保管は危険物倉庫でなければならない。既存のPCやスマートフォンから出るリチウムイオンバッテリーの流通量とは比較にすらならぬ容量の危険物該当品を新たに受け入れる余力は国内にないことは、先述した内容からも察していただけると思う。

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つまりEVシフトひとつ取り上げても、現状の順法運用のままでは産業サイクル自体が成り立たなくなることあきらかなのだ。核のゴミ同様に、リチウムイオンバッテリーの保管と廃棄の問題は、その対処に人類の知恵と工夫が追いつくまでは、場所と時間の絶対量が必要不可欠となる。危険物であるEVバッテリーの処理問題には世界中の生産国が等しく見舞われる。言い換えれば他国への委託や代替には相当の困難や高コストが見込まれる。そうなると国内消費分は可能な限り国内処理しなければならず、同時に国内保管場所の増設が不可避の課題となる。

技術革新によって引火性や毒性の除去や弱化が叶う日が来て、一般的な産業廃棄物として扱えるようになるにしても、それまでの間は危険物としてどこかに取り置かねばならない。限られた国土と限られた保管スペースの有効活用しか選択肢を持てぬわが国では、危険物保管が許された既存建屋と新築物件の保管効率を向上させる、もしくは取扱いに係る規制内容を緩和することが合理的で即効性が期待できる方策だ。

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ここから先はあくまで仮想だが、倉庫屋としての直感は危険物倉庫内での段積みと間隔確保の規制緩和は検討すらできないのか、ということだ。絶対に平屋・複数階層での積み付け禁止、空地率や延焼防御設備の規定、などの要件を緩和できれば相当に効率が上がるという言葉が脳裏に浮かぶ。そうなるとEVバッテリーなどの特定品目に限られた緩和効果を生むのではなく、既存建屋における保管効率の向上も期待できる。もちろんだが、これらの期待はすべて下の句にあたり、上の句は常に「安全性が担保されたうえで」となるのは言うまでもない。

保管効率の向上は寄託量の増加をもたらし、それは荷役の増加につながる。庫内の荷量が増えても、保管勝ちの傾向が強まるのは倉庫業にとって改悪でしかない。倉庫事業者ばかりに偏向した振興策を謳うつもりはないが、産業サイクルの活発な品目を優先的に規制緩和することで既存の危険物取扱事業者は積極的に協力するに違いない。「保管物が増えて保管料収入が増加し、付帯荷役も増えるならば、今よりも収益が見込める」は誰でも期待することである。そんな事業者が増えれば、自然と競争原理が働き出す。せっかく歩留まりの良い仕事があるのに、旧態依然とした営業方法や保管荷役単価のままでは受寄できないではないか、という意識が多くなれば、あとは市場原理に委ねておけばよい。

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綺麗ごとや絵に描いた餅のハナシをしているつもりはない。できない説明は排除しつつすぐにやらねばならないと急いている。時間がたてばたつほど、後付け甚だしいお粗末な善後策や有事立法的な奇形規則が生まれないとも限らぬと案じているので、自分が勝手に考えていることを書いてみた。

法令改変などの事務手続きのみで規制緩和できること以上に安くあがる方策を知らぬので、ここは行政の出番ですよと声を大にして言いたい。こんな拙文が、業界を問わず危険物に多少の係わりや関心のある諸氏の意見や発案の呼び水になればうれしい限りだ。

■危険物倉庫特集