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LOGISTICS TODAY「危険物倉庫特集」

「危険物倉庫はそういうもの」という無関心(上)

2022年4月27日 (水)

話題物流業界で注目が集まっている「危険物倉庫」ビジネス。輸送ニーズの高度化・多様化に対応した事業の差別化を推進する観点からも、中堅・大手物流事業者を中心に整備が加速しそうだ。背景には、サプライチェーンのコンプライアンス体制を強化する動きに加え、アルコール消毒液や化粧品、接着剤などの完成品保管需要の拡大がある。

近年になって業界内で耳にすることの多い危険物倉庫だが、その具体的な運営手法や法的な根拠、ビジネスの方向性のあり方について議論が深まっているのだろうか。コンプライアンス順守の観点からも危険品物流の重要性は理解しているが、小難しいし馴染みがない――。それがサプライチェーン関係者の本音ではないだろうか。危険物保管の必要性を訴える機運が高まっているにもかかわらずだ。

LOGISTICS TODAYでは、こうした背景を踏まえ、企画編集委員・永田利紀による「『危険物倉庫はそういうもの』という無関心」を3回シリーズで連載し、危険物の取り扱いに対する業界の現状認識や課題について考えていく。

第1章「特殊で無縁が生む無関心」

長く物流業界に身を置いていても危険物を取り扱うことなど無縁――。それが大多数の物流人の声だと思う。世間一般では「引火物」「揮発性液体」「化学製品の原料」「石油やガスなどの燃料類」そしてこの数年で万人の身近な生活備品となった「消毒液」もその原液は危険物扱いになるのではないか――。これぐらいが思い浮ぶせいぜいではないだろうか。

このあたりの実状は物流業界でもさほど変わらない。

(イメージ)

人によっては「港湾部で大企業が保管している何かしらの基材」という追加情報が続け出るかもしれないが、取扱物の明細や事業者名や法令上の区分などは不明というのがごく普通の反応だと思うし、私を含め周囲のプロたちも五十歩百歩である。

「取扱の許認可が複雑そう」

「そもそもどこで誰が取り扱っているのかを知らない」

「荷主企業のイメージは湧くものの、企業名と取扱品の連想ができない」

「製品自体の単位単価から未知だし、その保管や荷役の単価もイメージできない」

「物流業務として、はたして港湾限定なのか、内陸部でも受寄可能なのかすら知らない」

「国土交通省と総務省のどちらを向いてすればいい仕事なのか」

「消防法の守備範囲だと思い込んでいたが、倉庫業法は補完的に関与するのか」

「どうやったら新規参入できるのか」

「どれぐらいの事故発生率なのか」

「需給バランスはどうなのか」

「儲かるのか」

などの言葉がこれまで耳にしてきた疑問や感想の一部だ。

自分自身も上記のいくつかと同じような言葉を発してきたし、今も腑に落ちぬ点はいくつもある。にもかかわらず、法令や事業者の現状に具体的な注文をつけるに至らぬのは、その前に知るべきことや理解納得するべきことがあまりにも多いからだ。

次章からは、危険物の取扱実務を傍から眺めてきた私自身の疑問から始めて、最後は仮想を交えた問題提起で結べるように努めながら書き進めてみたい。

第2章「我々は危険物に無縁、は本当なのか」

とある危険物取扱事業者の現状説明の中で印象深かったのは、「たとえば港湾部の危険物取扱事業者が基材を保管する段階では、厳密な規制のもとまさに順法運用を粛々と行っているし、その毎日に大きなトラブルやミスは稀有といって障りない。しかしそれらに引き当てがかかり、出荷されて製品となった後の流通過程については仔細不明で、正確な情報が還元されることは無いに等しい」という文言だ。

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つまり危険物倉庫を出た物品が加工されて製品として流通する段階では、その経路は多岐にわたるだけでなく、流れる数量も取扱態様も多種多様となる。危険物取扱の許認可事業者は数も所在も限られているため、流通過程で専門性の問われるチェック機能が不十分になる可能性は否めず、「知らない」という善意のままに数量や場所属性などの取扱制限を見過ごしてしまうかもしれない。

たとえば各種各用途のスプレー缶やアルコール液のような日用品や事務品などは大元をたどれば危険物であり、製品化して流通する段になっても数量が一定以上にまとまれば、保管にまつわる法令に係るのだが、関与者に知識や意識が無ければ一般雑貨品として取り扱われるはずだ。つまり無縁なのではなくて無意識と無関心ゆえの「馴染みない」が常態化していると考えたほうがわかりいいのではないだろうか。

あるEC(電子商取引)事業者がコロナ禍にあって飛躍的に消費量が増えた消毒液製品をコンテナで大量に輸入したとする。この段階で厚生労働省管轄で薬事法、財務省国税庁管轄で酒税法、そして総務省消防庁管轄で消防法などの法令に係る可能性が発生する。そこが第一関門。その次に各種書類は全部外国語表記であることが珍しくないが、港を出た後内陸部の一般倉庫でデバンニングする際に、実は入庫総量が消防法上の指定数量超過であっても、内容物等の表記が正確に理解できずにそのまま入庫してしまう。

仕入担当者も経営層も危険物取扱についての知識や意識が希薄で、仕入先は専門商社でも製造メーカーでもなく、単なる雑貨ブローカーだった場合、法令違反のまま荷役保管が完結してしまう――というのはけっして無理な想定ではないのだ。玄人の守備範囲で諸事執り行われている限りは、つつがなく業務は流れ、約束事どおりに万事が終始するが、ひとたびその領域から出てしまえば、どのような状態で危険物が取り扱われているかの俯瞰(ふかん)は誰にもできない。

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上述した問題の根は、商流が始まる場所での約束事にあるという気がしてならない。危険物取扱に係る規制と規約ついては、消防法上の安全や安心を万全の体制で維持するべく運用されている。これが約束事の基本原理なのだと理解しているが、その中身を知るためにも消防法そのもの以前に総務省消防庁から毎年公表される消防白書をご一読頂きたい。ちなみに令和3年版の白書内で危険物に係る記述で読者諸氏にお目通しいただきたいのは、以下の部分だ。

令和3年版消防白書 第1章:災害の現況と課題/第2節:危険物施設等における災害対策

これを確認の後、消防法の危険物取扱に関する詳細を読み込まなければ、実務場面で順法運用の正誤すら判断できない。さらに危険物倉庫設置にあたっては、事前届け出が必須だ。取扱予定品を消防に申告の上、建屋と設備の適合を確認しつつ仕様決定をする必要がある。その過程を飛ばしたり手順を曲解して独善的に建設を進めれば、完成後の現地調査でダメが出る可能性をはらむ。修正や不備補完にかかる費用と時間は事業者にとって重く辛いものとなるし、開業予定の遅延はコスト以外の失うものが大きい。

(イメージ)

したがって危険物取扱を生業とする製造業や流通事業者は、安心して荷役保管を委ねられる専門物流事業者との関係を密に保ち、その関係は長く続くのが常だ。荷主も物流業者も似たような顔ぶれが並ぶのは、事業者各位が排他的意識のもとに相応の行動をとっているわけでも、荷主側が特定商流や利権の維持に縛られていたり、しがみついているわけでもない。

単に新規参入が少なく、仮に新たに危険物取扱を開始する事業者が現れたにしても、自社で四苦八苦してまかなおうとせずに先行社の名で代行してもらうことが最も簡易な方法だ。物流事業者にしても、自社の荷主が危険物の取扱を望むのであれば、まずは港湾部などで許認可を得ている専門業者に業務委託するのが無難で平易で何よりも最短時間で処理できる。つまり現状では誰も困っていない、というのが外野側から見た景色なのだ。

こうなると、物流事業者や荷主企業にとって危険物は無縁なのではなく、意識せぬままに専門事業者としかるべきエリアで過不足なく取扱が行われているのだとわかる。
ならばそれでいいのではないか――。というのは安直に過ぎるというものらしい。

次回は、「基材と製品」「需給バランスの実態」のテーマで、行政の危険物倉庫に対する取り組みについて、法令の取り扱いを含めた「あり方」を提言していく。

■「危険物倉庫はそういうもの」という無関心(中)へ続く

■危険物倉庫特集