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Professional TALKS/山城和人氏、蔵田真也氏(サイモン・クチャーアンドパートナーズジャパン)

貨物輸送ビジネスの利益を最大化するプライシング

2023年5月26日 (金)

話題物流業界を取り巻く環境は大きく変化し、新型コロナウイルス感染症の影響が一段落した後、景気減速による輸送需要の低下リスク、世界的なインフレによる資源価格・人件費の高騰、米中対立やロシアのウクライナ侵攻による地政学リスクなど、さまざまな問題を抱えている。

日本国内においては、2022年には公正取引委員会などにより中小企業の価格転嫁円滑化スキームが創設され、2023年には改正労働基準法の適用が開始される。さらに、2024年問題により、物流事業者の売上・利益減少は待ったなしの状況である。加えて、欧州の炭素税水準に合わせた炭素税導入、環境税引き上げも議論されており、コスト増への懸念が高まっている。

こういった収益を圧迫するさまざまな要因に対処するために、物流事業者はデジタル・トランスフォーメーション(DX)への投資を進めているものの、それだけでは不十分と言える。企業の収益性を根本的に改善するには、自社の提供価値をマネタイズし、その収益を最大化するために価格を最適化することが極めて有効であるが、日本の物流業界はこの重要性を十分に認識しておらず、大きな利益獲得機会を逸している実態が存在する。

輸送事業者が収益拡大に向けて価格を最適化する際には、次の3点を考慮する必要がある。

・仕向地・重量・サービス内容に応じた標準価格の差別化(価格構造の最適化)
・ディスカウント率の最適化及びディスカウントガイドラインの策定
・実績コストを把握した上での適正な最低料金の設定

本稿では、これらの3点について具体例を挙げながら、プライシング最適化のアプローチを解説する。

価格構造の最適化

貨物輸送業界では主に、仕向地・重量・サービス内容(夜間配達、配達保証など)によって輸送料金が決められるが、価格構造を最適化するには、これらの3つの要素により料金が適切に差別化されているかを見直す必要がある。

まず大前提として、輸送距離と料金は相関すべきであるが、相関性が(一部)崩れているケースが多々見られる。例えば、貨物の発地又は着地が東京都特別区・大阪市または政令指定都市の場合、地区割増料が適応されることで輸送距離と料金の関係性が逆転することがある。また、輸送事業者は自社のマージン獲得を追及するのではなく、各地域の配送業者との交渉の末に獲得したコスト・アドバンテージ(大量発注によるボリュームディスカウントなど)をそのまま顧客に還元する、という重大な過ちを頻繁に犯している。

さらに、各地域の配送業者の事情を反映させようとするあまり、料金を算出するための仕向地ゾーンの規定が顧客にとって理解しづらいものになっているケースも存在する。例えば、イギリスの場合は仕向地の県ごとに料金が規定され、フランスの場合は郵便番号単位で料金が規定される一方で、ラトビアの場合は仕向地の地理的な条件で料金が規定される、といった具合である。その結果、コストに一定のマージンをのせて料金を設定すると、顧客が理解しがたい料金体系になるどころか、コスト・アドバンテージがある場合は利鞘が小さくなる、という事態を招いてしまう。

この課題を解決するための1つのアプローチは、クラスター分析を行い、料金の階層構造・レベルを地域によらず統一することである。サイモン・クチャーがコンサルティングを実施した欧州のある物流企業では、市場価格レベル、競争環境、コスト、輸送距離に基づいてクラスター分析を行い、仕向地ゾーンの規定を最適化した結果、ROS(経常利益/売上高)が4%ポイント向上した。また、料金の階層構造・レベルを統一し、料金算出システムを大幅に単純化したことにより、顧客価値も同時に高めることに成功した。

次に、現在の重量体系の見直しにより収益拡大を図れないかを検討すべきである。例えば、航空運送事業者は、貨物の重量帯(100キロごとに分かれている)が高くなると単位重量当たりの料率が低くなる重量逓減制を採用し、輸送する貨物の総重量に対し、その重量帯における料率を掛け合わせることで料金を算出している。この方法だと、総重量が100キロの閾値よりわずかに軽い場合、一段階上の重量帯の料率を適用する方が料金が安くなるため、顧客が故意に総重量を増やそうとし、その結果、100キロの閾値手前の貨物重量付近では運送事業者の収益がフラットになるという現象が頻発してしまう(図左)。

▲航空貨物料金の計算ロジック(クリックで拡大)

この収益の漏れを防ぐ1つのアプローチとして、インクリメンタルな価格体系(増加部分を積み上げていく方式)への切り替えが挙げられる。すなわち、100キロごとに規定されている料率を総重量に対して掛けるのではなく、各重量帯における重量に対して掛け、それを積算することで料金を設定する。例えば、総重量が145キロの貨物の場合、最初の100キロについては料率Aを、残りの45キロについては料率Aより低い料率Bを適用し、料金を算出する。これにより、重量閾値付近で見られた収益の漏れは無くなり、追加的な収益を獲得することが可能になる(図右)。

このインクリメンタルな価格体系を用いる際は、顧客に対してはキロ単価を提示せず、各輸送の料金のみを提示すべきである。顧客の多くは、インテグレーター(FedEx、UPS、DHLなど)に代表される物流サービスプロバイダーの料金体系に精通しており、輸送事業者の多くは既に、このインクリメンタルな価格体系を国内の物流に採用している。しかしながら、国際物流においては、配送業者や航空運送事業者が規定した100キロごとの料率を用いる慣習が残ったままである。

最後に、サービスの提供価値に応じて価格を差別化することで収益を拡大できるチャンスがあるが、これは多くの物流企業で未だ実施されていない。物流事業者は既存の標準的なサービス内容に加えて、速達サービス(エクスプレス、夜間配送)や特定品目取扱(化学製品、生鮮食品)などの高付加価値サービスを市場に投入するために大きな努力を払っている。このような高付加価値サービスは、顧客のスイッチアウトをある程度回避する方向に働くだろうし、将来的には重要な収益源になり得るだろう。

しかしながら、問題は、物流事業者の努力が専らサービスの質の向上に終始しており、プライシングという極めて重要な収益ドライバーが無視されている点にある。実際、現在の高付加価値サービスの価格のほとんどが直感的に決められており、提供価値に対する顧客の支払い意思という重要な要素が考慮されていない。言い換えれば、高付加価値サービスと標準サービスの価格差が最適化されていないということである。

この課題を解決するためには、顧客がどのようなサービス属性(スピード、信頼性、価格など)をどの程度重視し、各サービス属性に対してどの程度の支払い意思を有するのかを詳細に把握する必要がある。コンジョイント分析は、上述したサービス属性ごとの顧客の支払い意思額を特定できる非常にパワフルなマーケティング手法であるが、このような科学的アプローチを活用することで、顧客ニーズの強さと支払い意思額に基づいてサービス内容と価格を差別化することが可能である。

ディスカウント率の最適化およびディスカウントガイドラインの策定

物流業界における大きな課題の一つは、ディスカウント率の決定に関する社内規定が欠如している点である。物流事業者の多くは、どのような輸送内容の場合にディスカウントを何パーセントまで提供可能かを決めるためのガイドラインを有しておらず、また、オフィシャルな価格リストは存在するものの形骸化しており、特に小口の取引でディスカウントが乱発された結果、低価格の取引が膨れ上がっているケースが多々見られる。

また、貨物輸送業界においても、オフィシャルなリスト価格がほとんど使用されず、営業担当者が取引ごとに顧客と交渉して価格を決定するケースもしばしば存在する。ディスカウントのガイドラインが存在しないということはすなわち、最終的な販売価格のレベルをマネジメント層がコントロールする術が無いことを意味する。

さらに、ディスカウントの付与条件についても不明瞭なケースが往往にして存在する。ディスカウント額を1回ごとの輸送量に応じて決めるべきか。それとも、顧客の年間輸送重量の合計で決めるべきか。あるいは、特定の仕向地に応じて決めるべきか。いずれにせよ、これらの基準が明確に定義されない限り、営業部隊が最適な価格で販売することは不可能であろう。

このような“利益の垂れ流し”は、ディスカウントガイドラインを明確に規定し、適切に管理・実行することで克服することが可能である。例えば、営業担当者が料金の下限値を交渉の場で算出できるようにするだけで、不要なディスカウント提供や採算性が悪い取引(利益率が特に悪い長期契約など)を回避することができるのである

実績コストを把握した上での適正な最低料金の設定

輸送事業者のコスト構造は複雑であり、最低価格レベルをコスト・ベースで正確に定義するのは容易ではない。

例えば、LTL輸送(混載トラック輸送)では、輸送における集荷・長距離輸送・配送という各ステップが、それぞれの契約パートナー企業により、それぞれの取引条件に従って行われている。この時、道路輸送のコストは重量または容積で算出されるが、ハンドリングのコストは輸送品の数や種類(パレット、吊り下げ衣服、コンテナなど)によって算出されるといったように、コスト算出の構成要素(コストドライバー)は各ステップ、各契約パートナー企業によってさまざまである。

このような複雑なコスト構造のために、輸送事業者がコストドライバーの特定に失敗しているケースがしばしば見られる。実際、多くの輸送事業者が下記の問いに答えられていない。

・どのコストドライバーがどの程度重要か?また、各ステップにおいて実際に発生しているコストは何か?
・発生した輸送コストのどれをどの顧客に割り当てれば良いか?
・コストの各要素がどのように変化すると、顧客にチャージする金額がどのような変化するのか?

我々は、価格戦争を引き起こしている主な要因の一つは、実績コストを無視したプライシングであると考えている。正常なプライシングを行うためには、過去の膨大な輸送データを使ってコストを分析し、営業担当者が現場でコストを算定できるような営業ツールに落とし込む必要がある。そうすることで、営業担当者は顧客への提案時に各輸送オーダーの価格を正確に、かつ利益を生み出すように算出することが可能となる。

また、このような営業ツールを実装することで、マネジメント層は全輸送オーダーの概要を把握できるだけでなく、利益率が低い輸送オーダーの決裁を求められた場合、そのオーダー情報を直接入手し否認(場合によっては戦略的に承認)することで、間接的に損益を管理することが可能となる。

さらに、この営業ツールはディスカウント額の範囲や最低料金を輸送オーダーごとに表示するので、緻密なプライシングが可能になるだけでなく、価格管理のガバナンスシステムとしても機能する。なお、顧客と事前に握っている予定輸送量と実際にオーダーされた輸送量のギャップ分析も可能となるが、この分析結果は次回の商談の際に非常に有用な情報になる。

プライシング改善による利益拡大に向けて

本稿で示した価格構造の最適化により多くの場面で売上・利益が向上するが、中でも、サービスの提供価値に応じて価格を体系的に差別化することで(バリュープライシング)、売上・利益を大幅に改善することが可能である。

また、ディスカウント率の最適化やディスカウントガイドラインの策定も併せて実行すべきである。実績コストを把握し、輸送オーダーごとに適切な最低料金やディスカウント率を算出できる営業ツールを導入することにより、利益率の低いオーダーを回避することが可能となり、結果として、利益を各段に高めることができる。

弊社がコンサルティングを実施した企業では、上記のプライシングの導入により、通常2~4%ポイント程度の利益率の改善が達成できている。利益を拡大していくためには、既に多くの策が講じられてきたコスト削減より、むしろ価格に対し目を向け、経営層を含む全社を挙げての取り組みが不可欠である。これにより、物流企業の利益拡大が飛躍的に進むことを期待してやまない。

山城和人氏(パートナー)

・略歴
外資系コンサルティング会社、投資銀行、事業会社を経て現職。ハイテク・産業機器メーカー、輸送機器、小売・消費財等の事業戦略や価格戦略のコンサルティングに従事。
ロチェスター大学MBA(経営学修士)、日本証券アナリスト協会検定会員

蔵田真也氏(シニアディレクター)

・略歴
外資系コンサルティング会社、外資系メーカーのマーケティング部門を経て現職。テクノロジー・産業機器メーカー、重工メーカー、SaaS企業等に対する価格戦略、マーケティング・販売戦略のコンサルティングに従事。
工学博士(東京大学 化学生命工学専攻)