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システム導入だけでデータ”活用”進まぬ物流会社

2023年6月19日 (月)

話題物流業界は、総じてデジタル化が遅れていることが指摘される。しかし、システムを全く利用していない運送会社、倉庫会社、荷主企業は、ほぼいないだろう。一方で、システムを十分に使いこなしたり、システムから、経営や営業に役立つヒントを得たりしている会社は多くない。

(イメージ)

例えば、運送会社。現在は、ほとんどの会社で、デジタル式の運行記録計「デジタコグラフ」(デジタコ)が導入されている。このデジタコには、自動車の運転時の速度や走行時間、走行距離、GPS(全地球測位システム)で取得したトラックの運行実績など、様々なデータが記録と保存がされている。

だが、多くの運送会社では、デジタコは義務として導入しているだけにとどまっている。あるいは、運転日報などをアウトプットするための道具としてしか使っていないのが現状だろう。

もう1つ例を挙げると、倉庫会社のWMS(倉庫管理システム)も同様のことがいえる。WMSは、貨物の入出庫、在庫の状況を把握するための有用なツールだが、このシステムを使って、過去のデータから、季節波動に応じた効率のよい貨物配置換え、倉庫作業員の稼働効率化など、さらにもう一歩踏み込んで活用している企業は、まだ少ない。

これは荷主企業にもあてはまる。荷主企業でも「生産」「品質」「販売」といった部門に対して、物流部門の取り組みは総じて遅れているという話はよく耳にする。

(イメージ)

その1つに、過去の生産実績や販売実績から導き出した「需要予測」がある。需要予測を基に、生産計画や仕入れ計画を立案することは、一般的にメーカーなどでよく行われている。しかし、荷主企業が、運送会社や倉庫会社に対し、需要予測をベースにトラック、倉庫作業員、保管スペースや流通加工スペースなどの物流リソースを綿密にすり合わせているということは、一部の大企業を除けばほとんどない。

システムは日々業務を行う上で、様々なログ(データ履歴)を生成する。だが多くの場合、システムが生み出したログは放置されている。時には邪魔者扱いされるケースすらある。これらのログは、「見える化」という加工を施すことで、物流DXへの旅路に必要な「地図」に変貌する。物流会社を始めとする多くの企業は、その重要性にほとんど気づいていない。ここに、データ活用が進んでいない理由がある。

動き出した利便性や業界活性化に結びつける取り組み

こうした中、物流会社がデータを活用しようとする動きも出ている。実は最近、業務システムが生成した各種のログから得たビッグデータを公開し、賞金を出して世の研究者らに有用性の高いデータ活用方法を考えてもらうデータ活用コンテストが、業界、官民を問わず開催されるようになってきた。

その代表に、「大和ハウス工業 スマートロジスティクス オープンデータチャレンジ」がある。第1回目の最優秀賞を受賞した「先輩!秘密の休憩場所を教えてください」(神奈川県中小企業診断協会オープンデータPJチーム)は、物流会社にとって身近な話題ながら、データ活用をする上での示唆に富んでいる。

「先輩!秘密の休憩場所を教えてください」は、トラック運行実績のビッグデータから、過去にドライバーが休憩で利用した場所を検出し、トラックの車種別(4トン、増トン、大型など)に表示するアプリケーションだ。

▲「先輩!秘密の休憩場所を教えてください」の画面

トラックドライバーであれば、誰もが休憩、待機、休息、食事場所を探し、右往左往した経験はあるだろう。このアプリは、ベテランのドライバーの脳内にしか存在しない暗黙知を、ビッグデータから形式知として、デジタルで誰もが使いやすい形に見える化した。

もちろん、このアプリ自体が、本格的な物流危機の対策になるとはいいきれない。しかし、デジタルやITに苦手意識を持つ人が多い物流業界で、データ活用の妙味を理解してもらうという観点では、非常に興味深い内容といえる。

物流会社が自社のデータをオープンにして第三者の活用を促す取り組みも始まっている。

ロジスティードは、このコンテストで同社の安全運行管理ソリューション「SSCV-Safety」で取得したビッグデータを公開した。これは同社が運行する1000台以上のトラックから得た「トラックの位置情報」「トラックドライバーのバイタルデータ」「ヒヤリハットのイベントデータ」「ヒヤリハット発生時の映像」をオープンデータ化し、その有効利用方法を競ってもらう狙いがある。

▲ロジスティードは「SSCV-Safety」のデータを公開し提供

この取り組みからは、自社にとどまらず、荷主・物流・テック企業を始めとする様々な企業と組むことで業界を横断して、データの利用を活性化していこうとする意図が読み取れる。

データ活用で顧客満足度を向上させたジンズ

もちろん、データ活用は、物流事業者だけではなく、物流事業者の顧客である荷主にもメリットをもたらす。

▲JINS富士入山瀬店のイメージ(出所:ジンズHDの2022年のリリース)

眼鏡専門店「JINS」を運営するジンズは、「顧客の欲しい商品が、いつ店舗に届くのかを伝えられない」というジレンマを抱えていた。

物流センターが提供する出荷情報と、運送会社が提供する配送状況が結びついていなかったため、顧客が店に来ても注文した眼鏡を渡すのに、店舗のバックヤードに積まれた段ボール箱から探したり、本部に問い合わせを行い発送状況を確認したりする事態が多く発生していたからだという。

そこでジンズは、物流会社の協力を得て、「発注情報」「出荷情報」「配送情報」を連動。一回の問い合わせで、「出荷前」「配送中」「配達完了」など、顧客の注文商品の状況をトラッキング(追跡)できるシステムを構築した。

▲ジンズの物流拠点であるロジスティード(旧日立物流)大阪倉庫(出所:ジンズHDの2021年のリリース)

この取り組みは「データ活用」に対し、複数のビッグデータを組み合わせて、目新しいアウトプットを期待する人の目には、「WMSと配送管理システムを連携しだだけ」と映るかもしれない。

だが実際は、WMS、TMS(輸配送管理システム)、配送管理システム、生産管理や受注管理といった、生産・販売系システムが生成したデータを標準化し、結合することで、生産性や売り上げの向上につながる効果を得られることは多い。

ジンズの事例では、異なるシステム同士を連携させた効果は大きく、顧客満足度向上につながった。さらに店舗販売員のオペレーションに、大きな生産性向上の効果ももたらしたという。これは、ビジネスを俯瞰(ふかん)することや、現場の声を聞くことで、多くのデータ活用のヒントが得られることを示している。ここからわかるのは、データ活用には「気づき」が必要ということだ。

データ活用の一歩を踏み出すことが物流危機克服につながる

「2024年問題」や人手不足を始めとする物流危機を前に、その担い手である物流会社がデータ活用の必要性に迫られている。日本のあらゆる産業が物流危機への対策としてデジタル・IT技術の活用を進める中、物流の実業務を担う者として、どんな価値が提供できるのか、改めて、その存在そのものが問われているからだ。

しかし、日々発生する膨大な物流データの価値に気づき、これを生かして”物流革新”に向かう旅路は、見知らぬ土地に向かう旅に似た、多くの困難に満ちている。なぜなら、物流の実態を見ようとしない荷主、実態を荷主に伝えられない物流会社の構図によって、長らく「暗黒大陸」といわれてきた土地が前方に広がっているからだ。この土地を旅するために「データ」という共通の地図を用意し、荷主と物流会社が同じ地図を見ながら効率化・最適化に向けたルートを切り拓くのは容易ではない。

(イメージ)

一方で、この旅は物流会社にとって必ず果たさなければならないミッションでもある。わかっていても「自らの足で克服できるのか」と不安に思い、踏み出すことを迷っている物流企業は少なくないだろう。

物流会社にとっては、まず散り散りになっているデータを地図という形にまとめて見える化することが、長い旅路の第一歩となるだろう。その先に、自社の業務改善に向けたルートや、荷主と共同で取り組む物流改革に向けたルート、高度にデジタル化された物流業界における価値提供のルートが見えてくるはずだ。

多くの場合、データはすでに物流会社の手元にある。見える化した「地図」を手に入れ、その活用事例を知ることで、一歩を踏み出す勇気を得ることができる。そして、勇気を持って旅に出た者だけが、高度にデジタル化された未来の物流においても、その存在価値を発揮できるだろう。