話題国際輸送の現場は、古い慣習やしがらみが残り、閉鎖的で、非効率なことも多い。こうした旧態依然の現状に風穴を開けようと、荷主と物流事業者を直接結ぶ国際物流デジタルプラットフォーム「Giho Sea」(ギホーシー)を開発したスタートアップがWillbox(ウィルボックス、横浜市西区)だ。起業に込めた思いや、会社の未来像などについて、同社の神一誠CEO(最高経営責任者)に聞いた。
荷主と物流事業者のマッチング

▲Willboxの神一誠CEO
Giho Seaは、いわば荷主と物流事業者のマッチングアプリ。海を越えて自社製品を輸出したい荷主と、海上輸送を担う物流事業者をつなぐ。荷主が貨物の大きさや重さ、荷姿、輸出先などを入力すると、システムが条件に合う輸送ルートと物流事業者を最短10秒で提案する。システムは全国160社を超える物流事業者のデータベースと連携しており、全世界1900を超えるルートから条件に合致したものを検索することが可能だ。
同サービスは、各事業者が所有するフォークリフトの「爪」の長さや、天井クレーンの有無なども把握し、どのような荷物を運搬できるのかまでを確認した上でデータベースを構築するといった徹底ぶり。もともと、神氏の実家は総合物流会社で、神氏自身、国際貨物の梱包現場での知識や経験が、サービスの開発にも生かされている。
荷主が依頼できる業務も輸送、梱包から倉庫保管、通関など幅が広い。特に大型機械などの輸送に強く、最適な梱包形態の提案や、輸送だけでなく現地での据え付けにまで対応するなど、ユーザー側としては心強い体制を整える。また、委託はすべてネットで完結するため、事業者に確認の電話を入れる機会も減り、荷主は本来業務に集中できる。
物流業界の多重下請け構造にメスを入れた点もGiho Seaの特長だ。同じルートを同じ方法で運んだとしても、下流にいくほどマージンの中抜きが発生し、事業者が得る報酬は少なくなる。また、取引に介在する事業者が多い分、直契約を交わした場合よりも荷主側にかかる負担も大きい。しかし、同サービスは両者を直契約でつなぐことができるため、荷主にとってはコストダウンに、物流事業者にとっては報酬アップにつながる。
台湾で出会った物流の達人
神氏は、祖父の代から続く総合物流会社の3代目。もともとは求人広告会社に勤めていたが、その後、祖父の会社に移った。入社後、いきなり台湾の現地法人への駐在を命じられたのだが、そこで出会ったのが、サービス名の由来にもなった陳技芳(チン・ギホー)氏だった。
台湾での仕事は大型機械を輸出するための梱包箱をつくることで、神氏も毎日、作業服姿に金づちを持って作業にあたった。陳氏は資材管理のベテランで勤続25年。貨物を見ただけで見積もりを弾き出すという特技の持ち主、まさに達人だった。

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頭の中で木箱の設計図を描き、大まかな金額を算出するというだけではない。組み立て前の機械のパーツを見て「3メートル52センチ」などと寸法を言い当てると、梱包する木箱をつくるのに、資材がどれだけ必要で、会社に在庫がどれだけ残っていて、新たにどのくらいの仕入れが必要なのかを頭の中で計算する。さらに、トレーラー輸送(ドレージ)をどこに発注すればいいのかを考え、現在、スケジュールが空いている貨物船とその輸送料を計算して、見積もりを出す。こうした情報はすべて、彼の頭の中に入っていた。そんな陳氏を見て、彼の頭脳と同じことができるシステムをつくれれば、多くの人の役に立つはずだと神氏は直感した。
そこで父に相談したのだが、見せられたのは父の古いノート。そこには、神氏が考えたスキームと同じ図が描かれていた。そして、父に「業界を変えるようなビジネスに乗り出したいのであれば、うちの会社にいるべきではない。独立して会社を起こしなさい」と言われ、悩んだ末に起業の道を選んだという。
物流の「時間」「金」の課題を解決
神氏が満を持してWillboxを設立したのは2019年。翌年にGiho Seaをリリースした。ところが、新型コロナウイルスの世界的な流行で、物流や経済が停滞してしまう。最悪の状況のなか、ベンチャーキャピタルを回って資金を集め、必死に営業を続けた結果、ようやく顧客が集まり、「時間」や「金」など物流の根本的な課題解決への道筋も、より具体的に示すことができるようになった。

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例えば、荷主企業側から見れば、物流事業者に見積もりを依頼すると、最短で1日から2日、長いと1週間ほどかかるという「時間」の課題がある。また、輸送費の内訳などの情報があまりオープンになっていない上に、輸送費は物流事業者の言い値になりがちというのが実情だ。
一方の物流事業者側にとっては、時間をかけて見積もりを出しても8割が契約できないという成約率の低さが課題として挙げられる。さらに、業界自体が多重下請け構造になっているため、末端の事業者になるほど利益率が低い。
しかし、Giho Seaを使えば、どんなに遅くても24時間で見積もりが出て、すぐに発注が可能だ。そして、荷主側は最も適切な手段による輸送を、透明性の高い価格で発注でき、物流事業者も自分たちの得意な案件を高単価で受注できるようになる。
実際、Giho Seaに登録した物流事業者からは、新規受注が増えたという声も上がっている。こうして業界の透明性を高め、効率化を図りながら、業界全体の活性化につなげたいというのが、神氏の願いだ。
礼儀と大義名分が肝心
Giho Seaが軌道に乗ってきたといっても、企業としてはようやく歩みを始めたばかり。さらなる成長には事業拡大が欠かせない。「多くの人の支援や支えがあってここまできた以上、いずれは上場しなければならない。1日でも早い海外展開も目標の一つ」と神氏は話す。
スタートアップとしての歩みを振り返った神氏は「大切なのは『礼儀』と『大義名分』」だと語る。若いスタートアップだとしても、ビジネスにマナーは欠かせない。特に物流業界は古い慣習が残る世界であり、「筋を通す」「礼を尽くす」といったことには気を遣ってきたという。
また、業界の慣習を打ち破ってビジネスを展開する以上、大義名分も欠かせない。中途半端な気持ちで参入して新しいことを始めても、ほかの企業から反発されるだけで共感は得られない。「業界の課題を解決したいという確固たる信念をもって起業することが大切」と神氏は力説する。
その上で「やはり、スタートアップに大切なのはDay Oneの気持ち」という。「なぜ、起業したのか、誰のために何をやろうとしたのか、といった初心は決して忘れてはいけない。それが大義名分につながっていき、事業に意味が生まれてくる」と起業を目指す人たちにエールを送る。
一問一答
Q. スタートアップとして、貴社はどのステージにあるとお考えですか?A. 事業拡大のフェーズにあると考えています。
Q. 貴社の“出口戦略”、“将来像”についてお聞かせください。
A. IPO(新規公開株式)を目指しています。場合によっては事業に共感してくださる企業のグループに入り、成長した後にIPOをするということも考えています。