荷主ENEOSグループの新規事業プログラム「ChallengeX」から誕生した冷却服事業が、炎天下や高温環境での作業現場に急速に浸透している。2020年に実証実験を開始し、23年から本格的に事業化された同プロジェクトは、すでに累計2万人の作業者が着用するまでに拡大した。開発を主導したENEOSアメニティ(東京都千代田区)の宮城克行社長は、「強力な冷却力で作業者の体を確実に冷やせることから、炎天下での作業が必要な道路工事現場のほか、大空間を冷やしきれない自動車工場や物流倉庫など、さまざまなシーンでの活用が進んでいる」と語る。

▲ドライアイスジャケットには、側部に2か所、背部に4か所、オプションでプラス2か所の、合計で最大8か所のポケットがあり、それらにドライアイスを入れて使用する
宮城氏はもともとENEOSの工場で安全衛生責任者を務めていた人物。従来の空調服や保冷剤では、真夏の工場や建設現場で熱中症を防ぎきれない現実を前に、「より強力で持続的な冷却手段が必要」と判断。ドライアイスの特性に着目し、その利点を最大限に活用する方法を検討した。もともとドライアイスを使用した冷却服は従来よりほかのメーカーでも出されていたが、ENEOSの工場作業により適した仕様にするため、現場作業者の意見をもとにゼロからデザインを製作し、3時間にわたり一定温度で冷却を続けられるジャケットを開発した。同ジャケットは3年の実証実験を経て事業化。宮城氏は現在、ジャケットの生産やドライアイスの供給を行うENEOSアメニティの社長として活躍している。

▲ドライアイスジャケット前面

▲ドライアイスジャケット背面
ENEOSでは可燃性の石油製品を扱うエリアがあり、特に引火の危険性が高い「防爆エリア」では発火源となる電気を用いた冷却服を使用することができなかった。モーターを使って内部に風を吹き込む空調服だけでなく、電気を通すことで低温を発生するペルチェ素子使用タイプや、水冷式などはいずれも使用できない。当時、そうした工場で安全衛生責任者を務めていた宮城氏は、夏の暑熱対策に頭を悩ましており、「冷却時間が短い保冷剤くらいしか選択肢がなく、課題を感じていた」という。そうした環境での模索を通じて開発されたのが、このドライアイスジャケットなのだ。

▲ENEOSアメニティの宮城克行代表
ジャケットは背中や脇下など涼しさを感じやすい部位に冷却ポケットを配置。ドライアイスを使用することで、使用者の深部体温を下げ、疲労感を大幅に軽減する。まず一番最初にENEOS製油所で700人を対象に技術実証テストが行われ、「これまでのどの対策品よりも涼しい」と高い評価を得た。その後の販売実証テストで、自動車メーカーの工場や首都高の道路工事現場でもそれぞれ400人規模で導入され、熱中症発症ゼロを実現した成果から、冒頭の「ChallengeX」から初となる事業会社「ENEOSアメニティ」が設立され、正式に事業化されるに至った。
作業員一人が使用するのは、1日当たり平均2キロのドライアイスで、宮城氏は「使用者1人当たりにかかるランニングコストは正直、ほかのどの冷却服よりも高い」と語る。一方で、ほかの冷却服では効果が不十分なため、作業者に過度な暑熱ストレスがかかったり、安全管理上、作業中にこまめな休憩をはさむことを余儀なくされるため、作業効率が著しく低下するが、ドライアイスジャケットではそれらを最小限にとどめることができる。使用している顧客からも「作業が効率的に進むことで労働時間も削減できたため、人件費が削減できた。ジャケットにかかるランニングコストを差し引いても、十分な経済的メリットが得られた」「作業者のストレスや疲労感が軽減し、従業員の定着率向上につながった」などの声が数多く寄せられているという。

▲閉所などで作業の際はドライアイスの代わりに保冷剤を使う。家庭用保冷剤よりも強力で、長時間冷却可能
ただし、ドライアイスは、気化すると固体の時のおよそ750倍の体積の二酸化炭素になるため、狭小空間や密閉現場など、酸欠や二酸化炭素中毒のリスクがある場所では使用できないという課題を抱えている。ENEOSの製油所では夏期に定修という設備メンテナンスを行うことが多く、狭小場所でも使用できる対策品が求められていた。そこでENEOSアメニティでは1年以上の期間をかけ、「ENEOSアイスパックジャケット」という酸欠リスクのない対策パッケージも新たに開発した。
これは、「アイスパック」と呼ばれる特殊な保冷剤を、最大マイナス80度まで冷却可能な専用フリーザーで凍結させ、それを専用の「アイスパックジャケット」に入れて使用するパッケージサービスである。こちらはドライアイスとは違い繰り返し利用が可能で、電気代以外のランニングコストが不要という利点がある。また、従来の一般的な保冷剤の冷却持続時間が30分程度であったのに対し、アイスパックは2時間30分程度と、大幅な延長を可能にした。ENEOSアメニティではすでにENEOSの製油所をはじめとした複数箇所で実証テストを実施しており、来年度より正式に販売を開始する予定だ。これまでのドライアイスジャケットと併せ、用途や環境に応じてどちらでも選択できるよう提供する。
すでにドライアイスジャケットの利用は大手自動車メーカーをはじめとする製造業、電力会社、物流倉庫、建設現場など、さまざまな業界へと拡大。2025年6月からは企業に熱中症対策が義務化されたことも追い風となり、今後の更なる普及拡大が期待されている。

▲同社営業部の吉川次男氏
ENEOSアメニティが火付け役となり、ドライアイスジャケットの強力な冷却力が知られ始めたことから、すでにドライアイスを活用した類似の製品が複数出回りはじめているが、同社営業部の吉川次男氏によれば「ENEOSは日本最大のドライアイス原料供給者であり、製油所から副産物として発生する高純度CO2を原料として供給できることが大きな強み」だという。国内では毎年夏期に、原料不足によるドライアイスの供給不安が頻発するが、ENEOSは全ての大手ドライアイスメーカーに原料を供給している立場から、安定供給力がどこよりも高く、これが他社にはない大きな優位性となっているという。
夏向けの商品だけに秋から春までは閑散期なのかと思いきや、「秋から春は次のシーズンへの仕込みの時期」なのだという。ジャケットの利用者は年々増えており、より多くのドライアイス供給が必要になっている。全国にあるドライアイス工場からの供給を確保するだけでなく、ジャケットに設けられたポケットに入るサイズにドライアイスをカットしてくれる加工工場を確保しなければならない。加工工場は年々数が減っており、需要を満たすために東奔西走しなければならない。もちろん、工場から加工工場、さらには利用者の手元にまでドライアイスを届けるためのコールドチェーンも再構築が必要だ。暑さが落ち着くこれから、来年に向けた宮城氏と吉川氏の奮闘がはじまる。
■「より詳しい情報を知りたい」あるいは「続報を知りたい」場合、下の「もっと知りたい」ボタンを押してください。編集部にてボタンが押された数のみをカウントし、件数の多いものについてはさらに深掘り取材を実施したうえで、詳細記事の掲載を積極的に検討します。
※本記事の関連情報などをお持ちの場合、編集部直通の下記メールアドレスまでご一報いただければ幸いです。弊社では取材源の秘匿を徹底しています。
LOGISTICS TODAY編集部
メール:support@logi-today.com
LOGISTICS TODAYでは、メール会員向けに、朝刊(平日7時)・夕刊(16時)のニュースメールを配信しています。業界の最新動向に加え、物流に関わる方に役立つイベントや注目のサービス情報もお届けします。
ご登録は無料です。確かな情報を、日々の業務にぜひお役立てください。