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物流業界の新型コロナ感染事例と対策/考察

2021年1月18日 (月)

話題1月15日、国内で最初の新型コロナウイルス感染者が確認されてから1年が経過した。2020年は、物流業界が新型コロナウイルスに翻弄された1年であったと同時に、一般消費者が普段の生活の中で最も物流を意識した1年となったことだろう。

(イメージ画像)

物流業界は、かねてから問題視されていた人手不足が表面化し、目の前にある物流をどうしたら少人数で効率的に捌けるかを試行錯誤していた矢先に、新型コロナウイルスで消費行動が一変。消費者が新たな生活様式を余儀なくされるのと同時に、消費の子である物流もその姿を変えた。さらにパンデミックで国際貿易が停滞し、サプライチェーンが混乱。川下だけでなく川上でも、新たな物流ルートの再構築に追われた。物流はコロナ禍で最も負荷のかかった業種といっても過言でない。

かねてからの課題だった人手不足は様相が一変。消費行動が一変したことで、取扱品目によって物流会社の好不調がはっきりと分かれ、経済の停滞で他業種の余剰人員が流入した。好調な物流会社は雇用の受け皿となり、不調な物流会社は人手不足感が一時的な解消に向かった。

本題の感染対策を考える前に、昨年の”第1波”感染拡大期に物流業界で起こった出来事と、感染事例を振り返る。(LogisticsToday編集部)

■物流業界のコロナ禍は対中貿易から始まった

国内最初の感染者が確認された後、最も早く影響が出たのは国際物流だった。中国で生産活動が停滞し、物流も混乱した。海運で日本に入ってくるはずだった物が予定通りに届かず、しびれを切らした国内メーカーが航空便で取り寄せようにも旅客便が減少し、航空輸送スペースがひっ迫した。航空各社の臨時貨物便も満載の状態が続いた。2月15日、日本郵便は中国向け郵便物の遅延を解消するため、2007年の民営化以来初めてチャーター機による航空輸送を行った。

■マスク不足とトイレ紙不足

▲トイレ紙配送の現場(出所:経産省)

2月下旬、国内でも徐々に感染が広がり、マスクが不足した。次いでトイレットペーパーが店頭から消えた。そのほとんどを輸入に頼っていて国内在庫が不足したマスクに対し、国内生産のトイレ紙は在庫十分であったにもかかわらず、デマによって既存の配送能力を上回る買いだめが起こった。

政府はボトルネックとなっていた輸送力を確保するため、自衛隊の要請も視野に入れていたようだがこれを断念し、在庫十分のPRに奔走。トイレ紙はそもそも特殊な物流形態であったため、通常の2倍の配送体制を求められた運送会社は大混乱に陥った。間もなく、小売大手のイオンが生産拠点在庫を引き取りに行く形で店舗直送トラックを大量に手配したことが話題となった。その他の生活用品についても、買い占め・買いだめによる急激な出荷増の対応に追われた。

■物流業界でも感染者確認

3月上旬、公になった中では初めてとみられる物流業界関係者の感染を確認。その後も国内感染者の増加とともに物流業界内の感染事例が続き、各社の対応に注目が集まった。LogisticsTodayの取材に応じたある物流会社は、デマや中傷が飛び交う中、慎重を期して対応し、感染拡大防止と業界の後学のために情報公開を決意。公表後、取引関係のない複数の物流会社から「初期対応について学ばせてほしい」と問い合わせを受け、これに応じた。

■社会の変化に対応迫られる、差別や偏見も

▲政府調達マスクの配送現場(出所:経産省)

3月中旬、いわゆる「緊急事態宣言」法案が成立。政府調達マスク1500万枚の配送に民間の運送会社と倉庫拠点が協力した。3月24日、東京2020大会の開催延期決定。大会に向けて準備していた資材保管や東京港渋滞解消の取り組みが繰り延べとなった。このほか、政府の休校要請による給食・食材配送の停止や、北海道の一部地域で日本郵便による政府調達マスクの全戸配送開始、国際線・国内便の大幅減便による世界的な航空輸送スペースのひっ迫――などのイレギュラーが発生し、各社が対応に追われた。また、海と空の輸送業者では各国の入国制限によって乗員をやりくりできない事態が発生。乗員同士の感染も確認された。

4月7日、国内感染者の急増を受けて7都府県に「緊急事態宣言」が発出された。主要物流会社の本社機能のほとんどがテレワークを採り入れていたが、さらなる出社抑制に動いた。現場では、郵便・宅配の複数事業所で5人を超える感染者が確認され、それぞれ2週間の営業停止に入った。ある公立小学校では、長距離トラックドライバーの子どもに登校自粛を要請していたことが判明し、教育委員会がこれを撤回、謝罪した。

■警戒すべきは事業所内の集団感染

コロナ感染者推移
Infogram

編集部のまとめでは、物流業界の感染者数の推移はおおむね国内の感染者数と同様に推移しており、「物流は感染者が多い」とか「物流は感染リスクが高い」とかいう状況ではない。また業種別の推移ついても同様だ。郵便・宅配業は、感染者の発生を順次公表中の大手物流会社従業員が業種全体の多くを占めるため、ほかに比べて多く見えるが、他業種に比べて感染リスクが高いわけではない。感染者の公表は事業者の判断であり、トラック輸送や倉庫業の大半を占める中小企業では公表されるケースが少ないため、水面下では多数の感染者が確認されているだろう。

つまり、新型コロナウイルスは私生活でも感染する以上、国内感染者が増えるに連れて業界内の感染者が増えるのは仕方のないことで、注視すべきは業界の波形が国内感染者の波形から外れた場合だ。言い換えれば、事業所内で感染が広がり、集団感染した事例といえる。

■集団感染発生時の対応を考える

2020年の物流業界では、分かっているだけで中規模以上の集団感染が10件程度発生した。最も大きな事例となったのは、食品を扱う物流倉庫で、延べ106人の感染者が見つかったもの。10月15日に1人目の感染者が確認され、その後も複数の感染者が確認されたため、自治体がクラスター認定し全従業員のPCR検査を実施した。当初保健所が700人程度と聞いていた対象者は、のちに915人にまで拡大し、最終的に延べ106人の感染が確認されたが、54人は連絡がとれないなどの理由で検査を実施できなかった。市が「終息」したとの見方を示したのは12月3日だった。

(イメージ画像)

この間、同事業所は少なくとも10月23日から2週間にわたり全作業者の出勤を停止。物流倉庫の稼働が制限されたことで、コンビニエンスストアチェーンの食品配送に影響が及んだ。しかし、出勤停止(=稼働停止)の判断を下したことは最善の方策だったと評せる。感染者や感染拡大の原因が特定できない中で、いたずらに従業員をリスクの高い環境に置くことは倫理上の問題がある。多くの事業者が「荷主に迷惑がかかるから」と稼働停止に二の足を踏むが、荷主に聞けば「小売に迷惑がかかるから」、小売に聞けば「消費者に迷惑がかかるから」と答える。

しかし、果たして消費者は本当に迷惑だと思っているのか。「一時的な迷惑」を避けて稼働を続けるには、「長期的な迷惑」に発展するリスクと「従業員・家族の身の危険」が伴う。先述のトイレットペーパー騒動の際には、SNS上で運送会社を心配する声が多く聞かれた。自衛と我慢を知り、消費の子である物流を認識した消費者は、サプライチェーンに高い感染リスクと負荷をかけてまで、それをほしいとは思わないはずだ。

■事前準備と迅速な判断を

この事例で考えたいのは、「もう少し早く全作業者出勤停止の判断ができなかったか」ということ。必ずしも事業所内で感染したとは限らないが、この事業所では10月26日から11月2日までに発症した人が5人以上確認されている。感染から発症まで平均5・6日といわれているため、出勤停止の決断をしたその時まで感染が拡大していたことが考えられる。保健所は最後の感染者が確認されてから2週間以上経過してから「終息」を判断するため、稼働停止の判断が遅れれば、それだけ検査対象者が拡大し、検査期間や稼働停止推奨期間も延びる。また、複数の事業所が入居する施設であれば、他社に飛び火することも十分考えられるし、そうしてクラスター化した事例もあった(下表「物流センターB」)。

■集団感染が発生した物流施設の感染判明数推移
 物流センターA(1社利用)物流センターB(複数社利用)
合計1062187
10月15日1
10月16日1
10月17日1
10月19日9
10月20日6
10月21日16
10月22日25
10月23日10
10月24日10
10月25日7
10月26日1
10月27日3物流センターB(複数社利用)
10月28日2事業所A事業所Bその他事業所
10月29日31
10月30日1
10月31日222
11月1日13
11月2日61
11月3日1431
11月4日11
11月5日13
11月6日1
11月9日1
11月10日2

感染者が確認された場合の初動対応は各種ガイドラインに記載されているため割愛するが、ガイドラインは事業所の営業を止めることには触れていない。消毒作業と濃厚接触者の隔離をしてもなお、感染者の確認が2・3日続く場合、爆発的に感染拡大しているおそれがある。この場合、まだ感染していない人を守るためにも、自発的に出勤を止める(稼働を止める)べきだろう。様子を見てしばらく感染者が確認されなければ、再開する。日本郵便はその従業員の多さゆえ、多くの感染者が発生しているが、公表内容を見る限り全国でこれを徹底していた。

しかし、一般的な運送会社や倉庫事業者がこれを行う場合、荷主の理解と事前準備が必要となる。経営者には、危機管理や事業継続性の観点から荷主と協議の場を設け、事前に申し合わせておくことが求められる。

■共用部の対策を念入りに

(イメージ画像)

残念ながら、多くの集団感染事例ではその原因を明確に特定できていない。保健所の対応は限界に達しており、現地調査を行えず、聞き取り調査もままならない状況だ。前出のクラスター事例に対応した保健所が示したのは、「マスク着用時に爆発的に感染が広がるのは考えづらい」「昼食や休憩時間、喫煙室などで感染が広がったのではないか」ということ。読売新聞によると、都営大江戸線の運転士38人が集団感染した事例では、現地調査で共用洗面所の蛇口が感染拡大の原因になったと推定された。

国内の感染者が増え、無症状患者が増えた段階では、従業員の健康管理と検温システムでウイルスを完全にシャットアウトすることは難しくなった。こうした対策に加えて、蛇口やドアノブ、物流機器の操作盤、交代制勤務のトラックなど、多くの人が触れる場所と、多くの人がマスクを外す場所を集中的に対策し、人と人との接触を減らす対策をさらに強化しなければ、集団感染はどこでも起こりうるだろう。従業員と事業を守るための感染対策が少しでも進められることを願う。

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(編集部) 

編集部/シーイーシー

編集部 

古本尚樹氏(防災・危機管理アドバイザー) 

編集部/エフバランス

編集部/鴻池運輸