話題LOGISTICS TODAY編集部では、物流2024年問題特集キックオフ企画「改善基準告示の適用まであと半年 意識改革こそが物流改革となる」記事内において、現在直面する物流危機の要因として、この国の「高度物流人材」、さらには「高度物流人材教育」の不足を指摘した。
単に荷主の要望に従って品物を移動させるだけのコストセンターとしての「物流」認識から、運ぶ品物に戦略的な高付加価値化を目指す「ロジスティクス」へと変革すること、そして、それを推進できる人材の育成こそが、抜本的な物流改革のカギを握るのではという問題提起だ。
政府からも、荷主の意識変容への具体策としてCLO(最高ロジスティクス責任者)の設置が言及され、高度化・複雑化するサプライチェーンマネージメント(SCM)を経営レベルで管理できる人材が必要とされている。現状、物流人材の育成は各企業ごとの社員教育の範疇となり、時間不足、人手不足、さらには個人のポテンシャルに頼る計画性の不在も指摘される。物流に関する専門教育を受ける機会もなく、新卒一括採用された人材がキャリアを重ねて成長するのに頼らざるを得ない状況と言える。
外国に比べて立ち遅れる、日本の高度物流人材教育システム
国土交通省・国土交通政策研究所でも21年に、高度物流人材教育の現状を、米国、中国、オランダ、ドイツと比較した調査結果を公表している。SCM先進国である米、Eコマースと市場拡張目覚ましい中国、港湾・物流の省人化が進むオランダとドイツを比較対象とした調査で判明したのは、海外の高等教育機関では物流、ロジスティクス、SCM関連分野のコースが数多くあること。さらに、高等教育機関の物流、ロジスティクス、SCM関連分野のカリキュラムは文理横断的な傾向にあることや、物流、ロジスティクス、SCM関連分野の経験・知見は経営幹部へのキャリアパスにつながる傾向にあることなどが、海外調査4国に共通した傾向だという。
例えば米国では、有力校ランキングに入る大学だけでも50前後の物流・SCM分野の専門プログラムが存在。物流・調達・財務などを包括的に学び、数学的・統計的モデルなど文理横断的なカリキュラムで理論、実践教育を行う。さらに社会人向けリカレント教育での企業と大学の連携も活発であり、MBAを含む修士課程や、エグゼクティブ・プログラム、プロフェッショナル・プログラムなどのコース修了などで、企業内のキャリアパスにつなげるのだという。
また、産業界で必要とされる人材育成を目的に、産業界が大学のカリキュラム開発、講座運営の支援にも積極的に関与する。企業にとっては優秀な人材獲得を、大学にとっては実践的教育の推進が実現でき、双方にとってメリットの大きい連携を進めている。
CLO設置が喚起する、日本企業の物流教育の見直し
翻って、日本の状況はどうか。
日本において、ロジスティクス・SCMに関する総合的・体系的なカリキュラムを提供する学部・学科・コースはごく少数である。物流企業、日本通運による教育先導の先駆けでもある流通経済大は、日本における体系的なロジスティクス、SCM関連教育の中核となっているが、他は「物流」などの単発的なカリキュラムがほとんどであり、理系では経営工学、社会工学など、文系では経済学、経営学、商学など多岐に細分化されているなど、文理横断的な教育環境が整っていない。リカレント教育も社会人としての実務教育に頼るしかないのが実情だ。
わが国の「ロジスティクス」への社会的認識や評価の低さも、こうした日本の物流教育の実情が反映しているのは間違いない。深刻化する物流危機への対応としても、この現状を改革する必要があるが、これから米国のような専門大学院の増設で問題解決を図るのは現実的ではないだろう。大学の生涯学習を目標とした「科目等履修」制度を活用するなどして物流教育の間口を広げていく方策もあるが、直近の課題への対応策とはなり得ない。高等教育機関での教育は、将来の物流人材育成の投資として継続・拡大しつつ、いま直面する課題への対応には、社内教育制度の充実や、業界全体でのリカレント教育、キャリア教育の環境作りなどで克服するのが現実的な取り組みとなるのではないだろうか。
将来の物流人材育成に向けた日本企業と大学の連携では、ヤマトホールディングス、SBSホールディングス、鈴与の3社共同によって、東京大学先端科学研究センターに先端物流科学寄付研究部門を20年から設置している。また、プロロジスが早稲田大学大学院経営管理研究科に設けた寄付講座「ロジスティクス・SCM」はすでに17年目に突入するなど、企業サイドから高度物流人材の育成に関与し、社会自体の物流イメージの変革にも寄与する取り組みが行われている。
業界団体、日本物流団体連合会(物流連)としても大学への寄付講座開設を続けており、23年度は青山学院大学、法政大学、横浜国立大学に設置している。また、「物流業界インターンシップ」を開催して大卒人材への啓蒙活動を続け、大学学内セミナーへの講師派遣、小学生から大学生までを対象とした物流現場見学の機会を広げるなど、業界への理解を深める取り組みからの人材育成も目指す。
これら物流企業が提供する高度教育を受けた人材が、業界の戦力として頭角を現すまでには、まだ絶対数も少なく、いま直面する物流危機対応には、社内実務と理論の両面で現場経験と知識を学んだ企業リーダーが担当する必要がある。一部企業で実施している「企業内大学」による社員へのリカレント教育や、企業間交流、日本ロジスティクスシステム協会(JILS)や中央職業能力開発協会など関連団体が提供するプログラム活用などでスキルを高め、実務の中で問題点を明確にしながら、論理的な解決法を提案できるような企業リーダーが、短中期的な視点で見た「あるべきCLO像」となっていくのだろう。
求められる、早い段階からの未来の物流人材育成
絶対的な人材不足に悩む物流業界では、大学・大学院からだけではなく、高校・専門学校などからの高度物流人材育成にもスピード感と結果が求められている。物流業においては実務でのノウハウ積み上げも大きな素養となるため、早い段階からの専門教育を企業戦略としてスタートすることができれば、それだけ早いタイミングでの事業貢献が可能になる。
全国で60万人とされる専門学校生の10%以上を占める外国人留学生も、これからの物流業界において大きな戦力として期待される。職業教育を修了した専門学校生たちの中から優秀な即戦力を確保するため、「育成」「教育」の段階から物流事業者が携わろうとする動きも出てきた。ダイバーシティ・多様性といったテーマは社会的にも重視されており、国籍を問わず、高度教育機関で物流業界の勉強を積む環境作りを、物流事業者がサポートする事例も見られる。
SBSロジコムは、千葉モードビジネス専門学校(千葉市若葉区)物流ビジネス専門コースに自社社員を講師として派遣し、より実務的な教育やカリキュラム作成、現場教育を提供する形で協力している。同校はことし物流ビジネス専門コースの1期生を迎えたばかりだが、3PL事業の最先端のノウハウをカリキュラムに取り込むことで、今後実践的な物流人材を送り出す専門学校としての実績を積み上げていくことが目標だ。
また、日本への留学生たちが専門学校で教育を受けるには、まずは来日後、日本語語学校を経由することがほとんどであるため、AZ-COM(アズコム)丸和ホールディングスでは、同社の和佐見勝取締役社長が学校法人丸和学園を設立し、東京外語学園日本語学校(東京都北区)の運営を開始した。まずは日本語教育の段階からの教育で多様化を後押しするという施策である。
喫緊の人材不足を解決し、物流を守りながら改革する使命
将来に向けて、リーダー人材育成の中長期的な取り組みを継続することは必要だが、今まさに必要な現場労働力の育成においても、物流事業者が積極的に働きかけていかなければ、物流を守るという今まさに直面する問題を解決できない。
自動車教習所の数は、19年のピーク時から16%減少、指導員も減少している。2024年問題は、運転手を育てるその前提条件において、すでに解決すべき課題を抱えているのであり、運送事業者による教習所の運営も物流危機対応としての側面を持つ。
アサヒロジスティクスは22年、埼玉県の川越自動車学校(埼玉県川越市)を買収し、同学校の基盤拡大からトラックドライバーの育成を促進する。セイノーグループホールディングス傘下のセイノースタッフサービス(岐阜県大垣市)と西濃自動車学校(岐阜県海津市)は、セイノースタッフサービスの人材紹介期間中に、自動車学校での中型・大型免許やフォークリフト資格取得を進め、スキルアップした即戦力人材として派遣できるスキーム作りで効率的な人材育成を図る。SBSホールディングスも、地元教習所のM&Aによって整備したSBS自動車学校(千葉市稲毛区)を物流人材教育の場に位置付けている。新しいドライバー人材を絶えず社会に供給する段階からも、運送会社などによる積極的なテコ入れが必要となっているのだ。
また、外国人労働者を物流現場で活用することも、差し迫る人材不足においての選択肢となるのは間違いない。全日本トラック協会では、ドライバーの人材確保に向けて、バス、タクシー業界とも足並みを揃えて、外国人労働者が在留資格を得られる特定技能の対象分野とすることを政府に申し入れている。これまでも、外国人ドライバーの受け入れに関しては議論されながらも慎重な検討が続けられてきた。これらの分野での特定技能認定においては、物流業界の機運醸成が前提とされてきたが、迫りくる物流危機で外国人労働力活用の機も熟したということになるのだろう。もちろん、安全面などを軽視した拙速な規定変更は許されないが、「多様な物流人材の育成」を業界・企業がリードしていくことの重要性もますます高まっており、女性、高齢者なども含めた人材獲得・育成戦略もまた、これからのロジスティクスにおけるテーマとなる。
私たちは物流への社会認識を変えるスタート地点に立たされている
業界一丸で、社会全体の物流への意識改革を担う先導者たちを育てなければ、物流危機の抜本的な解決は困難である。高度物流人材育成は、直面する危機に対応しながら、将来の物流業界全体のステータスを向上させるためにも必要な取り組みとなる。荷主企業にとってはCLO設置を見据えた社内教育・制度のあり方を検証しなければならず、これまでの事務系・技能系に限られたキャリアパスではなく、高度物流人材としての待遇の見直しなども必要となるかも知れない。また、より多様な人材の活用という点で考えれば、日本国内のみならず、多数の留学生を送り出しているアジアの教育機関との連携も、さらに深化させていくことも考えておくべきだろう。
アップルの現CEOであるティム・クックが、もともとサプライチェーン畑の出身であることは有名だ。製品、部品調達、在庫管理からSCでの労働環境改善に至るまでを先導・改革したことが、同社の揺るぎない地位を支えており、ロジスティクスへの社会的理解にもつながっている。これからの荷主企業が求めるCLOも、経営戦略における決定権を持ち、物流効率化と高付加価値化を先導する人材となるが、私たちはただその登場を待つだけではなく、育成する使命を担っている。それにはまず、物流改革に取り組む企業風土、業界風土自体をしっかりと育てておくことが、すべてのスタートとなるのではないだろうか。ただ、リーダーの力に頼るのではなく、高いレベルで問題意識を共有し、改革の土壌を全員で耕すことこそが、今私たちが取り組むべきことなのであり、そのための「学び」は業界人それぞれが進めていかなくてはなるまい。