ロジスティクス軽貨物運送業界に大きな変革の波が押し寄せている。国土交通省が安全規制強化に乗り出したことで、個人事業主として参入するハードルが大幅に上がり、業界構造が根本から変わろうとしている。ラストワンマイル協同組合の志村直純理事長と塚原淳専務理事に話を聞いた。
ラストワンマイル協同組合の取り組み
こうした業界の課題に対し、ラストワンマイル協同組合は8年前に設立され、「下請け脱却」を掲げて活動。全国に30社ほどの組合員を持ち、実稼働車両は400台を超える。関東、名古屋、大阪・京都・奈良・和歌山エリアを中心に展開し、東名阪エリアをカバーしつつある。
協同組合方式を採用した理由について、志村理事長は「協同組合は構成員の立場が公平という点がメリット」と説明する。運送会社同士では「どちらが上か下か、規模の大小」が問題になるが、協同組合なら対等な立場で協力できるという。

▲ラストワンマイル協同組合の志村直純理事長
組合として特に力を入れているのが誤配防止システムの開発だ。「荷物をスキャンすると、顧客情報や配達情報が画面に表示され、GPSで配達場所が正しいか確認できる」と塚原氏は説明する。アプリケーションソフトにしてしまうと、EC(電子商取引)モールなどのキャンペーンへの対応で急な増員が難しいが、同システムはスマートフォンのブラウザを利用したクラウドシステム。システム上でアカウントを追加し、アカウントのQRコードを読み込めば、インストール不要でどのスマホOSからでも利用できるため、急な増員への対応も可能だという。
事故急増が軽貨物の安全対策強化の引き金に

協同組合が独自に開発した、誤配防止機能付きの配送管理システム
ことしの4月からは軽貨物の安全対策が強化された。軽貨物も「貨物軽自動車安全管理者」を事業所ごとに一人選任する必要があり、安全管理者講習の受講が必要になる。トラック輸送に比べて個人事業主が多い軽貨物では、大きな負担といえる。
また、事故を起こした場合には国交省への報告義務も生じる。一般貨物を扱うトラック事業者であれば、車両停止処分を受けても複数台所有しているため事業継続が可能だが、軽貨物は個人で1台しか持たないケースが多い。「車両停止で最も軽い10日車であっても、事実上の倒産を意味する」と志村氏は懸念を示す。
こうした制度が始まった背景には、4年前から軽貨物運送における事故が急増したことがある。これに対して国土交通省が危機感を抱くようになったというのだ。「前年比で150%程度まで事故が増え、このままではダメだという話が出てきた」(志村氏)
事故増加の背景には、EC(電子商取引)大手企業の配送体制の変化があった。この企業は当初、物流企業を通じて配送していたが、次第に直接契約へと移行。「さまざまな制度変更があり、最終的に個人と直接契約する制度を導入するようになった」(志村氏)
同制度では配達員に多くの荷物が割り当てられ、急いで配達することを余儀なくされる。同氏は「配達できないとアカウントを剥奪されるので、ドライバーは頑張らざるを得ない。そこから事故が爆発的に増えた」と指摘する。国交省の調査では、軽貨物運送の事故は3年前に倍増したという。
業界団体の誕生と適正化への取り組み
事故増加という課題に対応するため、3年前、「軽貨物運送広場」というFacebookグループのメンバーが東京近郊で集まり、対策を協議した。「これはいずれ大きな問題になるから、誰かが音頭を取ってやった方がいい」という機運が高まり、「全国軽貨物協会」が設立された。新たな協会は国交省と連携し、「適正化委員会」を立ち上げ、事故防止策を検討するようになった。
ただ、業界団体の目指す方向性については、意見の相違もあった。「ゆっくり改革を進めないと皆がそっぽを向き、世の中から軽貨物がいなくなってしまう」(志村氏)という現実的な方針で進められることになったという。
雇用偽装問題への対応
軽貨物業界では「偽装請負」の問題も顕在化している。荷主企業が正社員と委託契約の配送員を混在させ、実質的には同じ労働をさせるケースだ。
「同じ会社で社員と委託業者が一緒に仕事をしていることも少なくない。そうした会社では、社員は夕方5時になると帰るが、委託は残って仕事を続ける。同じ仕事、同じ制服、同じ端末、同じようなコースで配送しながら待遇が違う。これは偽装ではないのか」と志村氏は批判する。
また、通販以外の企業が直接軽貨物配送員を集める動きにも問題があるという。「相当量の出荷量がある荷主が、運賃対策として自社で直接軽貨物を集めようとしている動きがあるが、これも雇用と変わらない状態になっている」と塚原氏は指摘する。

▲ラストワンマイル協同組合の塚原淳専務理事
荷主との関係構築とシステム開発
協同組合が新規荷主を獲得するにはハードルが高い。「貨物追跡システムを実装し、仕分け用の倉庫も持たなければならない。取れるかどうかわからない荷主のための初期投資が非常に大きい」と塚原氏。
このハードルの高さが業界の寡占状態を生み出している。「現在、宅配会社を手がけているのは佐川、JP、そして我々の4グループだけ」と志村氏。軽貨物業界はヤマト、佐川、JPといった大手との競争も避けられない。特に運賃設定での競争は厳しい。「配送料600円の荷物に、大手は320円と言うようなダンピングが横行している。こちらがそんなに安くできないので太刀打ちできない。彼らが市場を独占していると言っても過言ではない」(志村氏)という状況だ。
さらに業界内での妨害工作も経験したという。「ある大手企業から組合員全員に電話があり『抜けないと取引しない』と踏み絵を迫られた。半分以上の組合員が抜け、我々も10億円の売上が飛んだ」と塚原氏は振り返る。
曖昧になっていく、軽貨物と一般貨物の境界
塚原氏は「BtoB(企業間取引)がどんどん減少し、BtoC(企業・消費者間取引)の重要性が高まっている」と指摘する。かつては「toBとtoCで分けていいという考え方だったが、今は顧客がtoC向けも求めてきている。対応できないとtoB事業も失うリスクがある」という。ただ、もともとtoCをやっていた会社がtoBを始めることはできても、toBのみだった会社がtoCを始めるのは難しい側面もあり、全ての会社が対応できるわけではないようだ。
軽貨物業界の将来について志村氏は、軽貨物と一般トラックの関係性は「長い目で見れば両者の境目はますます薄まってくる」と予測する。すでに「1トン車を求める荷主が増えてきた」という変化も見られる。
また運賃上昇の見通しも示された。「委託から社員に切り替えるとおよそ1.7倍のコスト増になる。運賃は3割程度上がるだろう」と塚原氏は試算する。「400円だった運賃が500円になれば、1日1万個出す荷主企業では毎日100万円のコスト増だとなる」(塚原氏)。
このコスト増は一般消費者にも影響する。荷主企業はそのコストを消費者に転嫁せざるを得ない。志村氏は「運賃上昇は避けられない。しかし、適正に事業を行っている我々にとっては、規制の強化はプラスとなる側面もある」と前向きな見方を示した。
いずれにせよ、軽貨物運送業界はこれまでにない大きな変革期を迎えている。「BtoCの重要性が高まるなか、多様な配送ニーズに応えられる企業だけが生き残る」(志村氏)。荷主との協力関係を築きながら、安全性と効率性を両立させた持続可能な物流システムの構築が求められている。
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