話題EC(電子商取引)市場の拡大やグローバル化が進み、いまや物流倉庫は複雑化するサプライチェーンの重要な結節点となったと言えるだろう。世界中の拠点と連携した効率的な物流管理が求められるなか、リアルタイムの情報共有は不可欠だ。英国・ロンドンに本社を置くテクノロジー企業「Dexory」(デクソリー)は、ロボット技術とAI(人工知能)を融合したソリューションの提供を通じて、現実空間とデータ上での在庫状況をリンクさせ、オペレーターが世界中のどこにいても、在庫確認や物流倉庫の稼働状況などを把握可能にした。これにより、グローバル企業は複数の拠点をまたぎ、効率的な物流管理を展開できるようになった。
同社は、労働力不足の解消、デジタルトランスフォーメーションの推進、倉庫運営の効率化と精度の上昇、予測分析による経営判断の向上、グローバルサプライチェーンへの対応など、現代の物流倉庫が抱える課題に対し、解決策を提示した。創業からわずか10年ほどで、大規模な資金調達に成功し、大手物流企業をクライアントとして招き入れた。次世代の技術力と飛躍的な成長性が注目を集めている同社がこの先、どんな青写真を描いているのか。このたび来日した、同社の共同創業者兼最高商業・製品責任者のオアナ・ジンガ氏に話を聞いた。

▲(左から)共同創業者のオアナ・ジンガ氏、アンドレイ・ダネスク氏、アンドリアン・ネゴイタ氏
小売業向けからスタートし物流業向けに進出
同社は2015年、小売業界向けのロボット開発企業として英国で産声を上げた。当初は店舗内でデータ収集をするロボットを開発していた。そんななか、新型コロナウイルスが猛威を振るい始め、世界の日常を一変させる。パンデミック真っ只中の20年、人々が閉塞感に陥いるなか、小売業界も苦境に立たされていた。「ステイホーム」を合言葉に、街の路上から人が消えたある日、とある企業からオファーを受ける。倉庫内の在庫管理を効率化するデータを収集ができないか──。これを機に同社は物流業界への進出を決意。23年に「DexoryView」(デクソリービュー)を正式リリースした。ロジスティクス、サプライチェーン向けにソリューションを提供する企業へと大胆な転換を遂げた。
同社の技術開発の根底には、「システムアーキテクチャー」という設計思想がある。ハードウエア、ソフトウエア、データ解析の各要素を統合し、全体として最適なパフォーマンスを発揮させるこの戦略的思考が複雑な倉庫作業を可能にしている。「ハードの限界はソフトで補い、全体を俯瞰して最適解を見つけ出す。この考え方が、信頼性の高いソリューションを生み出している」とジンガ氏は解説する。
世界で最も背の高いロボットを駆使、倉庫内の在庫状況をデジタル化
同社の主力ソリューションは、倉庫管理プラットフォームのDexoryViewだ。最大高さ14メートルまでカメラを伸縮できる自律走行型ロボットと連携し、物流倉庫内の在庫状況をリアルタイムでデジタル化して可視化する。このロボットに付いたあだ名が「世界で最も背の高いロボット」。高所に保管した商品も含め、倉庫全体の在庫をスキャンできる。
毎日、物流倉庫内を移動しながら在庫状況をカメラでスキャンし、データ収集する。その範囲は1日あたり最大300キロに及ぶ。1時間で最大1万パレット分の情報を読み取れる。旋回時の必要通路幅はわずか1.5メートルで、狭い通路でもスムーズに移動できる。これにより、在庫データの精度が向上し、業務効率化に貢献する。高価値な商品を扱う小規模倉庫から、EC向けの大規模物流センターまで幅広いニーズに対応する。特別なインフラ工事や複雑な設定は不要で、導入後すぐに運用できる点も心強い。

▲最大高さ14メートルにも及ぶ自律走行型ロボット
収集データを基に、倉庫内のレイアウトや在庫配置を最適化
収集したデータはクラウド上で即座に解析し、在庫の位置や数量を正確に把握する。人的ミスを大幅に減らし、倉庫運営の効率を飛躍的に向上させることができる。「高価値な商品を扱う倉庫では正確なトラッキング情報が必須だ。商品の出入りが激しい倉庫や巨大な倉庫では、効率化の余地が大きいと見ている」(ジンガ氏)
さらに収集したデータを基に、将来必要な商品数や生産数などを予測する。在庫情報のデータを踏まえて物流倉庫内のレイアウトや在庫配置を最適化することで、より早いピッキング作業に貢献できる。その結果、商品発送の効率が飛躍的に高まる。このような予測分析機能は今や、物流倉庫の戦略的運営に不可欠な要素になっている。
「創業当初、ロボットをデータ収集に使うという発想はほぼ皆無だった。ロボットといえば、モノを運んだり掴んだりと、運搬の補助的存在でしかなかった。そのため、まったく新しい市場をゼロから築く必要があった」とジンガ氏は振り返る。特に、数百万平方フィートにも及ぶ広大空間を有する欧米の巨大な倉庫内で、ロボットが自律的に動き、正確なデータを収集するには、前例のない技術的挑戦が必要だった。
コロナ禍の影響で、企業がリアルタイムデータの把握を要求
DexoryViewが登場した当初、市場の反応は「好奇心の塊」だったという。「世界で最も背の高いロボットというインパクトにまず驚き、次に何ができるのか教えてくれと矢継ぎ早に聞かれた」とジンガ氏は笑う。それまで、物流業界で「自動化」と言えば搬送ロボットを意味した。データ収集に特化したロボットの価値を理解し、認めてもらうのは至難の技だった。「最初の1年は、ソリューションの意義の説明に四苦八苦した。なぜなら誰もみな、このユースケースを思い巡らしていなかったからだ」と同氏は振り返る。
市場への投入から3年後、状況は一変する。DexoryViewに価値を見出した企業から問い合わせが殺到し始めたのだ。
「コロナ禍でサプライチェーンの脆弱性が露呈し、企業はリアルタイムのデータ把握を強く求め始めた。効率化だけでなく、持続可能な運用を実現するニーズが増大した。それは日本も同様。25年に来日して企業訪問した際、人材やコストの削減よりも、既存のリソースを最大限に活用し、物流量の増やし方を模索する声を多く聞いた。日本の場合、限られた空間や人材でいかに多くの荷物を処理するかが課題と感じている。であるならば、私たちのソリューションはきっと最適なはずだ」とジンガ氏は静かにうなずく。
唯一無二のアイデアこそが全てをものにする企業文化
同社の強みは50か国以上で構成する160人の社員と、ほかに例を見ない企業文化だ。その風土はハードウエアエンジニア、ソフトウエア開発者、営業、マーケティングなど社内縦断的に息づく。職種を問わない。
「私たちは強いレジリエンスと成長への情熱を追い求める。そして、唯一無二のアイデアが全てをものにする文化に共感できる人も然り。当社は会社と共に自身の成長を願う仲間が集っている。謙虚さを尊ぶ日本とは若干違い、社員のエゴがぶつかり合うことも珍しくない。しかし、その異論の衝突から最高のアイデアが生まれると考える。最終的にはベストなアイデアに全員が敬意を持ち、協力する。それが私たちの文化だ」(ジンガ氏)
この「切磋琢磨」の精神は、3人の共同創業者に由来する。かつてGoogle(グーグル)に勤務し、テクノロジー業界の専門知識に長けたジンガ氏、フォーミュラ1のエンジニアとしても活躍していたCEO(最高経営責任者)のアンドレイ・ダネスク氏、さまざまな企業で品質保証や自動化テストの分野での経験を積んできたアンドリアン・ネゴイタ氏、この3人が異なるバックグラウンドを持ち、率直な議論を通じて最適解を導き出した経験を今も脈々と受け継いでいる。「良いアイデアにたどり着くには、意見の衝突も必要。そこから生まれた文化を、今も大切にしている」とジンガ氏は笑顔を見せる。
現在、DexoryはシリーズBの資金調達を完了し、スタートアップからスケールアップの段階へ移行。英国、欧州、米国での事業を拡大しつつ、アジア太平洋地域、特に日本や豪州、ニュージーランドへの進出を加速させている。
「私たちが推し進める自動化は単なる省人化ではなく、人が創造的な仕事に専念できる環境を作ることだ。それが持続可能なサプライチェーンを実現する鍵だと信じている」と笑みをたたえなら話す、ジンガ氏の言葉が印象的だった。
一問一答
Q.スタートアップとして、貴社はどのステージにあるとお考えですか?
A. 昨年夏にシリーズBの資金調達を完了し、スタートアップからスケールアップの段階へ移行しました。プロダクトマーケットフィットは達成済みで、今は収益拡大のフェーズです。まさに“成長の青春期”ですね。
Q. 貴社の“出口戦略”、“将来像”についてお聞かせください。
A. 独立して成長を続け、10年以内にIPOを目指します。明確な技術ビジョンを持ち、物流業界の変革をリードしたい。M&Aは現時点では考えていません。
これらの取り組みを通じ、当社のロボティクスを活用いただく何千、何万の物流現場と共に全体最適・適材適所を意識し、協創・競争に取り組み、持続可能な物流産業を支えていかなくてはならないプラットフォームになっていきたいと思います。これを実現するにあたっては人材開発に積極投資し、人が新たな仕事を造り、またその仕事が新たな人材を開発していくという好循環を生み出していきたいとも思っています。加えて、人材獲得も意識したM&Aも機会があれば全体最適化の手段として積極的に検討していきたいと思います。
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