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ロジスティクス企業のシステムを狙うサイバー攻撃が止まらない。製造ラインが停止し、製品の出荷が滞り、取引先にまで影響が広がる事例が相次いでいる。標的となるのは、もはやIT企業だけではない。自動車、食品、医薬、物流など、あらゆる産業の根幹が、いまやネットワークの脆弱性によって揺らいでいる。
ここまで被害が拡大する要因の一つが、行き過ぎた「密結合」構造にある。サプライチェーンを形成する各企業が生産や受発注、在庫、輸送のデータをリアルタイムで共有し、全体最適を図る仕組みは効率の象徴とされた。だが同時に、それは「連鎖リスク構造」を内包するものでもあった。ひとたび1社が攻撃を受けると、その通信経路を通じて他社の基幹システムにも被害が及ぶ。2022年のトヨタ自動車の工場一斉停止をはじめ、最近ではアサヒグループホールディングスがサイバー攻撃による出荷停止を公表し、アスクルや良品計画でもシステム障害や物流面での影響が報じられている。こうした事例はいずれも、その危うさを象徴している。
政府は長らく「デジタル化の遅れ」を経済成長の阻害要因とみなし、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進を国家戦略として掲げてきた。生産性の向上、人手不足の解消、グリーン化との親和性など、その方向性自体は間違っていない。しかし現実には、セキュリティー対策が後追いとなり、「つなげること」ばかりが先行した。結果として、デジタルが生産と物流を支える“神経網”であるがゆえに、そこを断たれると企業機能全体が麻痺するという構造的リスクを生んだのである。
メディアの報道もまた、効率やスマート化の成功事例を強調する一方で、リスクマネジメントの観点は十分とはいえなかった。経営層が「DXを止めることは時代遅れ」と思い込む風潮が生まれ、安全よりスピードを優先する文化が根づいた。いま求められているのは、デジタル化の“加速”ではなく、その“耐久性”をどう確保するかという視点である。
すでに政府も方向転換を始めている。内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)や経済産業省は、23年以降、サプライチェーン・リスクマネジメント(SCRM)の強化を打ち出し、重要インフラ分野に対して「機能維持シナリオ」の策定を検討している。つまり、攻撃を完全に防ぐのではなく、被害を受けても止まらない仕組みを構築するという考え方だ。
企業側も、情報系と制御系を明確に分離し、バックアップをオフラインで保持するなど、技術的・運用的な「多層防御」を再設計する必要がある。加えて、サイバー攻撃発生時に取引を継続できるよう、ファクスや電話といったアナログな手段を非常時オペレーションとして残すことも、決して時代錯誤ではない。日常はデジタル、非常時はアナログといった切り替えができる企業こそが、真にレジリエントな組織といえる。
デジタル化は社会を前進させた。しかし「つなぐこと」だけを善とする思想は、もはや危うい。求められているのは、効率と安全、スピードと冗長性を両立させる新たな発想である。
いま私たちは、デジタルの恩恵の裏側に潜む脆弱性を直視しながら、「止まらないサプライチェーン」という次の構造改革に向き合わなければならない局面を迎えている。(編集委員・刈屋大輔)
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