産業・一般資源開発大手INPEX(経済産業大臣が筆頭株主)が、中東依存脱却に向けた動きを相次いで打ち出している。カザフスタン・アゼルバイジャンで生産する原油の日本企業への優先販売方針に加え、豪州北部準州でのガス権益取得を発表した。いずれもホルムズ海峡の実質封鎖で顕在化した調達リスクへの対応だが、物流の現場には新たな課題も生じる。中東ルートとは異なる長距離輸送への対応、油種の違いによる精製上の制約、そして国内ラストマイルでの燃料転換が同時に進む。エネルギーが「安く・安定して届く」前提の崩れが、物流の現場に持ち込まれている。(編集長・赤澤裕介)
同社は出資企業を通じ、カスピ海沖合に2つの油田権益を保有する。カザフスタンのカシャガン油田(出資比率8%程度)とアゼルバイジャンのACG油田(同9%程度)で、2油田合計の日量生産能力は78万バレル規模だ。これまで地理的に近い欧州向けに販売してきたスポット契約分を、日本の石油元売り・商社からの需要に応じて優先的に振り向ける方針を27日までに固めた。
ただし、2つの油田は輸送ルートがまったく異なる。カシャガン産原油はCPC(カスピ海パイプライン・コンソーシアム)のパイプラインでロシア領内を経由し、黒海のノヴォロシースク港からタンカーで出荷される。一方、ACG産原油はBTC(バクー・トビリシ・ジェイハン)パイプラインでトルコの地中海岸ジェイハン港へ送られる。どちらもホルムズ海峡を通過しない点で共通するが、日本へ持ってくる場合はいずれも喜望峰回りかスエズ運河経由の長距離海上輸送が必要になる。中東湾岸からの通常航海(10-15日程度)の2倍以上の日数を要する見通しだ。
航海距離の延伸はコストに直結する。本誌既報のとおり、VLCC(超大型タンカー)日額運賃は20万ドルを超える水準にある。単純計算では、積載量200万バレルのVLCCで追加20日の航海が必要になれば、輸送コストだけでバレルあたり2ドル前後の上振れ要因になる。実際には船腹需給や保険条件で変動するが、これに加え航海中の在庫金利、戦時保険料の上乗せ、黒海・地中海での港湾混雑リスクが重なる。本誌の軽油価格シミュレーション計算式でいえば、「起点の原油価格」そのものが中東産より高くなることを意味する。調達先を分散するほど、原油のCIF(運賃保険料込み)価格には上振れ圧力がかかりやすい。少なくとも短中期では、調達コストの低下要因にはなりにくい。
もう1つ見落とせないのが、ルートそのもののリスクだ。カシャガン産の出荷に使うCPCパイプラインは、3月にドローン攻撃を受け出荷能力が一時的に45%低下したとの報道がある。カザフスタンは2026年の原油生産見通しを当初の1億トン超から9600万-9800万トンに下方修正した。ここで直視すべきは、調達先を増やすことはリスクの「分散」ではなく「複雑化」だという事実だ。CPC、BTC、黒海、地中海、スエズ、喜望峰と、監視対象は一気に増える。中東一極の脆弱性は明らかだが、代替ルートを増やすほど監視すべきリスクの数も増える。物流企業にとっては、ルートごとのリードタイム変動と保険コストの変動を常時追いかける体制が必要になる。
油種の問題はさらに根が深い。ACG産「アゼリ・ライト」は軽質・低硫黄で、中東産のサワー原油とは性状が異なる。精製の条件や歩留まりが変わるため、製油所ごとに受け入れ可能な割合には限りがある。つまり供給が物理的に届いても、すぐには使えない。大量の切り替えには製油所の設備改修や運用変更が伴い、年単位の時間がかかる。今回の動きは「中東の代替を確保した」のではなく、「非常時に日本向けへ振り向けられる選択肢を1つ増やした」という段階だ。元売り各社との採算協議に加え、直接輸入のほか別の産地の原油と交換するスワップ取引も選択肢に入っているが、いずれも実現までに時間を要する。
豪州ガス権益取得、イクシス拡張に布石
同社は25日、豪州北部準州のビータルー堆積盆地で3鉱区の権益を取得するファームイン契約を締結したと発表した。米フォルメンテラ・パートナーズの子会社デイリー・ウォーターズ・エナジーとの契約で、FSDA(ファースト・ストラテジック・デベロップメント・エリア)ノース・サウスに11.25%、BCD(ビータルー・セントラル・デベロップメント)に20%の権益を取得する。ネット面積は6万8000エーカー(2万7500ヘクタール)。オプション行使でBCD権益を43.75%まで拡大でき、追加で7万5000エーカーが加わる。
短期的にはシェナンドー・サウス・パイロットプロジェクトを通じ、26年第3四半期から北部準州政府へ日量40TJ(テラジュール)のガス供給を開始する。物流の観点で注目すべきは中長期の展開だ。INPEXはビータルー産ガスをダーウィン近郊のイクシスLNG(液化天然ガス)陸上プラントへバックフィル供給し、生産能力の維持・増強に加え、第3トレイン(液化設備)の拡張を検討している。イクシスのLNG年間生産能力は930万トンで、日本の年間LNG輸入量の1割強に相当する。生産量の7割が日本の電力・ガス会社向けだ。
ホルムズ危機でカタール産LNG(世界供給の2割)の出荷が停止し、アジアのスポットLNG価格が急騰するなか、イクシスはホルムズ海峡を経由しない日本向けLNGの最大拠点としての重要性が増している。ビータルーからのガス供給が本格化すれば、イクシスの長期安定操業を下支えし、LNGタンカーの長期チャーター需要の拡大にもつながる。
同社は国内でもエネルギー物流の川下に踏み込んでいる。子会社のINPEX JAPANは26年1月、レンゴー金津工場(福井県あわら市)へLNGタンクローリーによる供給を開始した。INPEXグループとして初の自社LNGローリー保有・配送事業で、運送はグループ会社のINPEXロジスティクスが担う。同工場は石炭からLNGへの燃料転換を実施した。INPEXロジスティクスは北陸・甲信越地方でリニューアブルディーゼル(RD)をタンクローリー18台に使用する取り組みも進めており、産業用燃料の物流と脱炭素化を一体で展開する構えだ。
ホルムズ危機が長期化するなか、米国指標のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエイト)原油先物は3月下旬に一時99ドル超まで急騰した後、米イラン対話観測で88ドル台まで急落し、再び93ドル前後に戻すなど激しく変動している。本誌が既報で繰り返し指摘してきたとおり、原油高は軽油・重油価格を通じてトラック・内航船の運送コストに直結する。
INPEXの一連の動きを「エネルギー業界のニュース」として読むだけでは不十分だ。調達先の分散はコスト上昇と不安定性を同時に招く。しかも供給が確保できても、すぐに使えるとは限らない。油種の違いによる精製上の制約があるため、軽油の店頭価格に反映されるまでには時間がかかる。
物流企業がいま検討すべきことは3つある。1つ目は、燃料コストの前提の見直しだ。中央アジア産原油の導入が本格化すれば、原油のCIF価格は中東産より高くなりやすい。豪州についても、LNGの安定調達にはイクシス拡張やビータルー開発の進捗に加え、受入側のインフラ対応が必要になる。燃料サーチャージの基準値と算定式を、原油指標の前提(ドバイ連動など)そのものの見直しも含めて荷主と再交渉する必要がある。春の契約更改期は重要な焦点になる。
2つ目は、燃料の単一依存からの脱却だ。軽油だけに頼る運用はリスクが大きくなった。INPEXのLNGタンクローリー配送は福井の1拠点から始まったばかりだが、イクシスのバックフィル体制が整えば、LNGの国内供給網は拡大に向かう。RDも軽油と同じエンジンで使えるため、設備投資なしで導入できる。拠点や車両の条件が合う事業者から、軽油、LNG、RDを並行して使い分ける「複数燃料前提」の運用設計が先行導入される可能性がある。今回の動きは、原油調達の分散にとどまらず、国内の燃料供給網を多層化する流れとも重なる。
3つ目は、タンカーオペレーターと荷主の関係の変化だ。VLCCの配船先が中東一極から分散し、喜望峰・スエズ両ルートの運用が常態化すれば、海上運賃の変動幅は今より大きくなる。タンカー運賃の変動は最終的に軽油・重油の価格に転嫁されるため、運送会社は海上輸送のコスト動向まで視野に入れた運賃交渉を求められる局面に入っている。
◆ この記事をより深く理解するために ◆
・日本のエネルギー調達構造の脆弱性と物流コストへの波及経路
「ホルムズ危機が国内物流に直結、中東原油9割依存」(3月1日)
・海峡封鎖直後の海上・航空代替ルートの混乱と日本企業への影響
「ホルムズ封鎖で物流激震、代替ルート争奪戦」(3月3日)
・本誌独自の軽油価格シミュレーション計算式と暫定税率の補助金先行織り込みの解説
「軽油急騰で試される運送経営、情報格差が明暗」(3月12日)
・迂回先の港湾混雑と代替ルートのボトルネック
「海と空の代替ルート、すでに限界」(3月14日)
・戦時保険料急騰と邦船3社の通過停止、備蓄放出の限界
「中東原油9割依存の日本、備蓄頼みに限界も」(3月2日)
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