
▲Nexgen Japan代表取締役CEOの大野有生氏
調査・データAI・DXコンサルティングを手がけるNexgen Japan(ネクスジェンジャパン、横浜市西区)代表取締役CEOで物流AIアーキテクトの大野有生氏が1日、生成AIがもたらす新たな格差を論じた記事「AIディバイド ― 新しい格差の構造と私たちの追従戦略」を自社サイトで公開した。大野氏は在庫最適化を例に、AI時代に成果を分ける能力を整理している。物流・サプライチェーンの文脈でこの論点を読むと、争点はAIを使えるかどうかにとどまらない。需要をどう読むか、在庫をどこに置くか、欠品をどこまで許すか、輸送負荷を誰が引き受けるか。こうした判断をAIとどう組み合わせ、最終的に誰が責任を持つのかという統治の問題に行き着く。本誌は大野氏の許諾を得て、同記事を起点に物流・サプライチェーン領域で広がるAI格差の核心を考える。(編集長・赤澤裕介)
物流・サプライチェーンにおけるAIの失敗は、画面上の誤答では終わらない。需要予測のずれは欠品や過剰在庫になり、在庫配置の誤りは横持ちや保管費増加を招き、配車判断の乱れは緊急輸送や現場負荷につながる。AIが出した数字を誰が疑い、どの会議体で修正し、どの責任で現場へ流すのか。この設計を持たないままAIを導入すれば、効率化どころか、誤った判断を速く広げる装置にもなり得る。
大野氏は、AIディバイドを従来のデジタルディバイドの延長としては扱わない。かつて問題になったのは情報や道具にアクセスできるかどうかだったが、生成AIでは多くの人がすでに触れられる環境にある。それでも仕事の成果に差が出る。格差の焦点は、道具の有無から、道具を業務判断に組み込む力へ移っている。大野氏は、生成AIが公開から3年で世界人口の53%に届いたとするデータを挙げ、誰もが同じ道具に触れられるからこそ、業務を理解している人と表面的に使っている人の差が見えやすくなると指摘する。
その差を、大野氏は2種類の能力で説明する。最新モデルの癖やプロンプトの書き方は、短期では役に立つものの、モデルが更新されれば最適解は入れ替わる。半年から1年で価値が薄れる「表層スキル」である。これに対し、業務の切り出し、前提・制約の言語化、出力の評価・改善という、モデルが変わっても残る力を「コアスキル」と位置づける。物流で言えば、需給、在庫、配車、倉庫、調達、販売の制約をまたいで判断の前提を組み立てる力であり、単なるAIリテラシーの域を超える。
AIは判断責任を消さない
大野氏の整理は、在庫最適化の実務にそのまま当てはまる。AIに「在庫を最適化して」と投げるだけでも、もっともらしい答えは返る。ただし実務に耐えるとは限らない。過去の出荷実績、販促計画、取引先別の需要変動、サプライヤー別リードタイム、倉庫容量、欠品許容度、輸送制約をどこまで条件として与えられるかで、出力の質は変わる。欠品を減らせば在庫は膨らみ、在庫を絞れば販売機会損失や緊急輸送が増える。倉庫に余裕があっても、納品先の受け入れ枠が詰まっていれば動かせない。こうした制約を人間側が業務として理解し、言葉に変換できなければ、AIは成果を出さない。
1つ目のコアスキルは、業務の切り出しである。需要予測の数字をAIに出させるだけなのか、需要変動の要因を整理させて需給会議の判断材料にするのか。どの工程をAIに渡し、どこから人が判断するかで、AIの役割は変わる。2つ目は、前提と制約の言語化である。欠品率の上限、SKU別の優先順位、販促予定、供給リードタイム、保管能力、輸送制約を具体的に指示できるかどうかで、答えは変わる。現場で当たり前に共有されている暗黙知も、AIには伝わらない。3つ目は、出力の評価と改善である。AIが年末需要を前年比120%と示したとき、前年の特殊要因を踏まえて疑えるか。季節要因、販促、取引先の棚替え、競合の動き、天候、供給制約を見て違和感を拾えなければ、AIの出力はそのまま判断ミスになる。
ここで見落とせないのは、AIが判断責任を消さないという点だ。需要予測をAIに任せても、欠品時に顧客へ説明するのは企業である。配車計画をAIが組んでも、遅延時に現場を立て直すのは人間である。在庫配置をAIが提案しても、倉庫費や横持ち費用を負担するのは事業である。判断の材料は増えるが、責任まで機械に移るわけではない。物流・サプライチェーンでは、その判断が現場の物量と作業に直結し、出力を評価する力が弱ければ、誤った判断が人手不足の現場をさらに圧迫する。
ここまでは能力の話だが、大野氏のコメントで本誌が最も重いと見るのは、AI導入の入り方そのものへの指摘である。大野氏は本誌の取材に対し、AI導入で最初に情報をそろえたり、データを整えたりする発想そのものが、物流・サプライチェーンでは失敗要因になり得ると指摘する。理由は、業務フローが複雑だからだ。販売、調達、生産、在庫、倉庫、輸送、納品先、仕入先、協力会社が多層につながり、大野氏はこの状態を、情報が「n対n対n対n」になっていると表現する。全体を最初からデータに落とし込もうとすれば、整理対象が膨らみ、実装前に止まる。
この指摘は物流DXの現場に重い。多くの企業はAI導入の前提として全社データの統合、マスタ整備、業務標準化を掲げる。それ自体は必要だが、最初の条件に置くと、いつまでも始まらない。物流現場は例外の集積で、得意先ごとの納品条件、倉庫ごとの運用、車両手配の慣行、担当者の経験則が積み重なる。完全な標準化を終えてからAIを使うという発想では、スモールスタートが難しくなる。大野氏は、サプライチェーン全体を相手にするより、1対1、1対3程度でチェーンの一部に絞れば使いやすいと見る。全体最適を掲げるほど初動は重くなる。大野氏の提案は、全体最適を諦める話ではなく、そこへ到達するために最初の対象をあえて狭く切る実装論である(大野氏の記事:https://nexgen.co.jp/news-and-articles/2026-06-01-ai-divide)。
逆転の発想がもう一つある。従来型システムは例外処理に弱く、ルールから外れた処理が増えるほど追加開発や手作業が膨らむ。物流現場はまさに例外の集積だ。納品時間の個別指定、積載条件、荷姿、返品、欠品時の代替対応、急な出荷変更。標準ルールだけでは処理しきれない。ところが大野氏は、データベースに例外があっても、それを例外と見分けられるのがAIだと話す。例外をすべて取り除いてから使うのではなく、例外を含んだ状態で判断支援に使う。ここに実装速度が生まれる。ただし統制が消えるわけではない。どの例外をAIに判断させ、どれを人間の承認に戻すのか。ここでも問われるのは業務判断の統治である。
こうして見ると、AIディバイドは人材教育だけの問題ではない。需給判断を誰が担い、業務知識をどうAIへ渡し、出力をどの会議体で検証するのかという組織設計の問題でもある。AIを使わない企業より、業務を理解しないままAIの出力を正解として扱う企業のほうが危うい。AIは人間の判断を置き換える万能の装置ではなく、人間が持つ前提、制約、目的の質を増幅する道具だからだ。前提が浅ければ浅い答えが、制約が抜ければ現場で使えない答えが返る。
対応として大野氏が挙げるのが、社内の「シャドーAI使い」の登用である。制度や研修を待たず、すでに自分の業務をAIで組み替えている社員を見つけ、認め、小さな専任チームへ引き上げる。同記事は総務省の通信利用動向調査を引き、企業規模によってAI利活用に差があると指摘しており、専門人材を外部から採用しにくい中堅・中小ほど、社内の先行者をどう扱うかが導入初期の分かれ目になる。
CLO(物流統括管理者)の役割が制度上も重みを増すなかで、この論点は経営の課題に直結する。物流をコストセンターとして管理するだけでは、AI時代のサプライチェーンは動かせない。需要、在庫、輸送、倉庫、販売、調達を横断し、AIの出力を事業判断にどう接続するかを設計できる人材と組織が要る。どの判断をAIに渡し、どのデータを正とし、例外処理を誰が承認し、採用した結果の責任を誰が負うのか。これを決めるのは現場のプロンプト能力ではなく、経営、事業、物流、情報システムをまたぐ統治である。AIディバイドは物流現場で、判断責任を設計できる企業と、AIの出力に業務を従わせる企業との差として表れる。
大野氏の記事「AIディバイド ― 新しい格差の構造と私たちの追従戦略」は、ネクスジェンジャパンのサイト(https://nexgen.co.jp/news-and-articles/2026-06-01-ai-divide)で公開されている。
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