M&Aことし上半期の物流業界では「M&A」のニュースが相次ぎ、「物流再編」というキーワードが現実感を伴って突きつけられる状況になった。
「中小企業だけではなく、大企業同士、あるいは新しいプレイヤーが加わってのM&Aが増えているのが特長ではないか。24年問題が確実に影響して、再編の動きが加速していると考えられる」と物流業界のM&Aコンサルティングを手掛けるスピカコンサルティング(東京都港区)の取締役、山本夢人氏は語る。

▲スピカコンサルティングの山本夢人氏
山本氏のもとへもこれまで以上にM&Aに関する問い合わせが増えているという。「それでも今はまだ様子見ではないか。法制化、さらには行政処分の厳罰化とともに、ますます物流再編の動きも活発になる」と指摘する。
24年問題対応は、荷主を含めた物流関係者一丸の取り組みが必要であるが、保有車両50台以下の運送会社が9割以上を占める業界では、経営を維持しながら改革に取り組むことが困難である会社が多いのは事実である。人口減は日本の産業全体の課題でもあるが、他業種との人材確保競争になると、賃金水準の低い運送業界はますます勝ち目がなくなる。買収や乗っ取り、あるいは身売りといったネガティブなイメージの強かったM&Aが、経営戦略の一手法として見直される土壌が出来上がりつつあるのも、24年問題の影響だと言えるだろう。
DX(デジタルトランスフォーメーション)推進などによる効率化の号令も、中小零細運送事業にとってはいささか厳しい要求であり、強い会社、規模のある会社に集約してくれという社会的な要請とも受け取れないだろうか。多重下請け構造の下層では波動対応などの受け皿、物流の吸収弁にならざるを得ない一方、強い会社、大きな会社は、規模を背景にした効率化、交渉力強化、より元請けに近いところで仕事を受けることで利益の確保ができる。多重構造を解消せよ、というのが国が目指すところだが、その構造自体の是正が、運送事業者のさらなる淘汰の引き金ともなり得るだろう。
24年下半期、さらに10年後まで続く倒産・M&Aによる業界再編の流れ
運送事業者淘汰の動きは、数字でも明らかだ。帝国データバンクによると、道路貨物運送業の昨年23年度の倒産件数は315件。ことし上半期(1-6月)の倒産件数はさらに前年同期比39.8%増の186件となっており、このままで推移すると過去最多となることが予想されている。なぜこれほどまでに倒産件数が増加しているのか。
「コロナ融資を返せないことが、倒産増加の大きな要因になっているのではないか。事業が回復しない、または、とりあえず借りてしまえという甘い見通しでの融資が、ここにきて事業の足かせとなっている」(山本氏)。コロナ融資を活用して事業を好転させる動きをした企業は少なく、大半が結果として運転資金に充当するだけの結果となってしまっている。その延命措置があったために、支払いが始まった今、余計に苦しんでいる、そんな事業者も多いという。
帝国データバンクでは、「時間外労働の上限規制の開始による深刻な人手不足で、傭車コストの増加が営業損失の要因となったり、コロナ後の荷動き回復で増車したものの、燃料費や部品の値上げで収益を圧迫され、車両リース料や借入返済など金融債務が負担となるケースもあった」と分析して、下半期も道路貨物運送業の倒産は高水準で推移すると予測しているが、山本氏もまた「倒産件数は下期も加速し、昨年の315件から考えると400件超に到達するのでは」と語る。
倒産件数の増加ととともに、M&Aの件数も増加している。山本氏によると、M&Aの件数は前年比20%の割合で増加しているという。昨年の運送業のM&A件数は公表されているもので100件、公表していないものを含めると200件ほどと見られており、それが2割増で推移するとすれば、ことしの廃業とM&Aの合計数では700件、さらにその次の年も数十パーセント増の割合で、事業者数が減少していくことになる。山本氏は「ことし下半期どころか、これから10年程度はこうした傾向が続くのでは」と語り、行政処分の厳罰化などに対応できない事業者の減少にも拍車がかかると予想する。
山本氏は、調剤薬局業界で事業再編が加速した状況に似ていると指摘する。調剤薬局業界では、16年に年商100億円規模の業界大手3社の株式譲渡をきっかけにして、地域の有力店と大手企業、あるいは大手企業同士のM&Aなどが活発化し、それから10年ほど経過した今でもその状況が続いているという。山本氏は、物流業界でも調剤薬局業界以上に長期間で大規模な業界再編が続くのではと言う。調剤薬局会が業界再編により大きく勢力図を変えているように、運送業でも今、経営の見直しなどに手を打たなければ、現状維持と思っていても、相対的に衰退してしまうという事態が訪れるだろうというのが山本氏の見解だ。

(イメージ)
「運送会社は10年後、現在の6万3000社から4万社程度になっても驚きはない」(山本氏)。ただ、廃業によって事業者数が減るのか、M&Aによって集約されるのか、物流業に従事するトラック運転手が他業種に流出することがないような選択肢としては、やはり物流の維持、成長に期待できるM&Aが、業界にとって望ましい一手であることは間違いあるまい。運転手の確保を目指しての買収を目指す事業者や、M&Aの条件として雇用に配慮する譲り主も多いといい、M&Aは人材流出の歯止めとしても機能するはずである。ただ打つ手なく業界から撤退するのではなく、事業再生のための「準備」をしておくことは、物流に携わるものの責任だとも言えるのではないだろうか。
零細や小規模の運送事業では赤字経営が常態化しているが、少なくとも健全な黒字転換に取り組むことができなければ、ほかの力を借りるべきだろう。「5期連続赤字でも役員報酬は変わらない、そんな会社があるのは事実。そのような会社が生き残ることがドライバーや物流業界のためになるのか」と山本氏は語る。
会社の数は減ってもいいが、ドライバーの流出は業界、日本経済にとっての大きな損失である。その対策としてのM&Aが拡大し、業界再編が進むことは、物流業界にとっては必要な過程なのかも知れない。では、そのためにできる、譲渡側の準備、心構えとは何だろう。
「経営者が客観的評価、身の丈を理解して、M&Aのタイミングを見極めることが大切。そうした自社の数字の理解度の低さから、廃業せざるを得ないケースがあるのはもったいない。自ら動いて、数字を理解できる、経営者の差が、M&Aではもっとも如実に表れる」(山本氏)
外資系の参入など、活性化とともに岐路に立つ日本の物流M&A市場
あらためて、本誌報道からことし上半期の大きな物流再編の動きを整理してみると、以下のニュースが関心を集めた。
C&FロジホールディングスへのTOBについては、その途中経過も含めて動向が注目を集めた。物流業界再編についての関心もさらに高まる契機となっている。
各ニュースからは、事業戦略としてのM&A、物流危機対応としてのM&Aという側面を読み取ることもでき、M&A市場がますます活性化することが予想される。しかし、その一方では今後の課題も浮き彫りになってきていることにも気付くのではないだろうか。
アメリカの投資ファンドKKRによる、ロジスティード(旧・日立物流)の買収、さらにその後のロジスティードによるアルプス物流の子会社化など、外資系ファンドの資本力、ファンドとしての事業戦略を背景にした買収事例を見ると、とても国内事業者には太刀打ちできない。世界の中で日本の物流市場が注目されれば、新たな強力なプレイヤーの参入も考えられ、そのとき日本の物流業界はどう対抗できるのだろうか。
また、M&Aが普及するなかで、悪質な業者によるトラブルが増加していることにも注意が必要である。買い手側がただ役員報酬などの名目で資産の吸い取り、持ち去りなどを繰り返し、負債だけを残して雲隠れする事例も報告されている。運送業では生え抜き社長が多くM&Aに関する知識が少ないことも影響しているのかも知れない。適切な仲介者の選択や相談、M&Aの理解を深めていくことも、事業再生において大切な取り組みかも知れない。
戦略としてのM&Aには、まずは当たり前のことから準備を
経営手法の1つとして、事業再生の手段としてM&Aを視野に入れるとき、中小の経営者が取り組むべきことは何だろうか。「原価計算、運賃交渉、ドライバー教育など 当たり前のこと、自社状況の把握と荷主交渉に取り組んでいない人があまりに多すぎる。まずはM&Aの前に踏むべきステップがある」(山本氏)
それはまた、経営者としてどんな会社の未来を描けるかということでもあろう。「何のために経営しているのか、社員に、後継者に説明できるのか、経営者がその意図を社内で共有し、一緒にその方向に歩いていけるのか、ビジョンを掲げられることが事業継続か否か、判断の基準となるのではないだろうか」(山本氏)。例えば、厳しい言い方をすれば、赤字経営、多重下請け構造の下層のままでいるなら、もはや続けることは厳しいのでは。なぜ元請けに近い階層の事業者になれないのか、そのための当たり前の努力はしているのか、運転手はその給与で納得しているのかと問いかける。
大手企業のM&Aのニュース、名の知れた会社の事業再生のニュースが報道されることが、それぞれの会社を見つめ直す機会となり、経営戦略としてのM&Aを模索する運送会社も増えていくだろう。山本氏は、「DX導入よりも、まずは当たり前の足し算ができること、自社状況の把握から、経営状況の可視化、取引先との交渉という取り組みを経て、それでもダメなときの選択肢がM&Aであるはず」と、M&Aが安易な逃げ道にはなり得ないことに注意を促した。
■「より詳しい情報を知りたい」あるいは「続報を知りたい」場合、下の「もっと知りたい」ボタンを押してください。編集部にてボタンが押された数のみをカウントし、件数の多いものについてはさらに深掘り取材を実施したうえで、詳細記事の掲載を積極的に検討します。
※本記事の関連情報などをお持ちの場合、編集部直通の下記メールアドレスまでご一報いただければ幸いです。弊社では取材源の秘匿を徹底しています。LOGISTICS TODAY編集部
メール:support@logi-today.com