
話題作業者の高齢化や人手不足が深刻化している。それに伴い、働きやすく安全な職場環境づくりこそが、人材の確保と定着につながるのだという認識も広まってきた。特に、近年の異常な夏の暑さへの対策は、作業者の命と健康を守るのはもちろん、作業効率と生産性の向上、さらには事業継続にも関わる重要な経営課題となっている。
空調の効きづらい巨大空間の庫内作業や、炎天下での配送業務など、物流現場は、熱中症のリスクと隣り合わせであることは、厚生労働省のデータでも明らかになっている。
増加する熱中症事故、高まる管理者責任
厚生労働省がまとめた2024年度「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」(確定値)によると、職場での熱中症による死亡者及び休業4日以上の業務上疾病者の数は、24年に1257人となり、統計を取り始めた05年以降最多。うち死亡者数は31人であり、10年の47人に次いでの多さである。
業種別でみると運送業は186人、うち死亡者が3人だった。最多の製造業235人、建設業228人に続いて、運送業は3番目の多さである。20年から24年までの統計で見ると、熱中症による業種別死傷者数は、建設業20%、製造業19%、運送業14%の割合で、業界としての対策が必要なのは明らかだ。
また、20年以降の月別の熱中症の死傷者数をみると、全体の8割が7月と8月に発生しており、まさにこれからが暑さ対策の正念場となる。
熱中症対策の義務化で、リスク管理が企業経営を左右する
21年以降死傷者数が右肩上がりで増加していることから、政府も「熱中症対策実行計画」を策定し、熱中症警戒情報や特別警戒情報の運用を強化している。従来の「熱中症警戒アラート」よりも一段階上の警戒レベルとして、24年から「熱中症特別警戒アラート」の運用が開始されている。今年度はすでに4月末から運用を開始しており、早いタイミングから警戒を呼びかけている状況だ。
さらに25年6月1日には、熱中症関連の労働災害への対応として、熱中症対策を罰則付きで事業者の義務とする改正省令が公布された。これによって、作業環境の見直しが必要な現場も少なくないだろう。
職場における熱中症対策の義務化は、“WBGT(暑さ指数)28度以上または気温31度以上の環境下で連続1時間以上または1日4時間以上の実施”が見込まれる作業を対象として、その事業主には熱中症対策を講じることを求めるもの。講ずるべき熱中症対策として、「熱中症の自覚症状や疑いのある人がいた場合、報告するための連絡先や担当者を事業所ごとに定める」、「作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じた医師の処置や診察など症状の悪化防止に必要な内容や手順を事業所ごとに定める」、「対策の内容を労働者に周知する」としており、対策を怠った事業者には、6月以下の懲役または50万円以下の罰金が科される可能性がある。万が一熱中症事故が起これば、安全配慮に欠けた事業者として社会的評価を大きく損ねることにもなるだろう。
前述の厚労省がまとめた24年度の死亡災害の事例別でみると、発症時・緊急時の措置の確認および周知していたことを確認できなかった事例が20件、WBGTの把握を確認できなかった事例が24件、熱中症予防のための労働衛生教育の実施を確認できなかった事例が14件、糖尿病・高血圧症など熱中症の発症に影響を及ぼすおそれのある疾病や所見を有していることが明らかな事例が21件だった。対策をしていれば防げる事故がいかに多いか、あらためて再認識しなくてはならない。
事故が起きれば、作業中断や労災認定の対応などで事業活動にも大きな影響を与えることは当然だ。ただ、それ以上に、いつ誰に降りかかってもおかしくないリスクであることを再認識することが、熱中症対策具体化の意義ではないだろうか。「経営リスクの抑制策」であるとともに、「サステナブルな職場環境の構築」のために、作業者も管理者も細心の注意で健康管理に臨むことが求められているのである。
厚労省のまとめには、死亡事例の生々しい状況も報告されている。それを見ると、いずれも日常作業のありふれた場面での事故事例だけに、当たり前の作業だからといって熱中症リスクを軽視してはいけないことがわかる。これまで事故がなかったのは、たまたま運がよかっただけなのかもしれない。
それぞれの現場に適した「現実的な対策」を今すぐ
その意義や必要性については十分理解しながらも、自動化投資などへの投資を進めているなかでは、さらに熱中症対策を重ねる負荷も小さくはないだろう。初期投資とランニングコスト、運用変更に柔軟に対応できるかなど各事業者ごとの運用に加えて、エネルギーコストの高騰や、CO2排出削減への圧力の高まりに応える「現実的な対策」を精査しなくてはならない。
では、「現実的な対策」として、どのようなソリューションが導入されているのか。
厚生労働省の「職場における熱中症予防基本対策要綱」においては、まずWBGTの的確な把握が最初の一歩としている。環境省の「熱中症予防情報サイト」の参照だけではなく、作業環境それぞれで違う暑さリスクを把握するためWBGT測定器などのツール使用も検証すべきだろう。WBGTを把握していないようでは、取り組みのスタートラインにさえ立っていないと判断されかねない。
さらに、自社の作業環境がWBGT28度を超えることが常態化している作業環境と判明すれば、それを低減するためのツール導入を具体化しなくてはならないだろう。

▲大型シーリングファン(出所:ロジアスジャパン)
施設天井に設置する巨大な扇風機のような「大型シーリングファン」は、代表的なWBGT低減対策ツールの1つである。倉庫内の空気を効率よく循環させることで、体感温度を下げることができる。倉庫フロアなど広い範囲に効果があることも特長で、導入コストや電力効率にも優れ、環境負荷も小さいツールとして、物流だけではなく製造現場での導入事例も多い。
作業ロケーションなどの見直しが頻繁な現場や、施設の構造上熱がこもりやすいエリア、作業者が集中するエリアへの効果を考えるなら、「スポットクーラー」や「ミスト送風機」なども、無駄な電力を使わずに効果的な温度調整が可能で、天井据付の大型ファンよりも柔軟な利用場所の変更に対応できるというメリットがある。
ファン付きの空調服は、街中でも見かけるほど、軽量小型化や駆動音、稼働時間の改良など進化が著しいツールだ。空冷式だけではなく水冷式のツールや、冷感素材のインナーウェアとの併用など効果的な利用が考えられる。配送、屋外フォークリフト運用など炎天下の移動を伴う作業者には特に有効なツールだ。
また、体温・脈拍などの生体情報を取得するウェアラブル機器や体温測定ツールも、作業者の安全管理に有効なソリューションだ。 異常を感知すれば管理者に即時通知されるシステムなどは、管理者の業務効率化にも貢献する。ウェアラブル機器では、バイタルデータをリアルタイムでモニタリングし、異常が検知された場合には管理者にアラートが送信される仕組みで、より精密な健康管理、データ記録などを実現できる。勤怠時間のデータ可視化に取り組む事業者は多いはず、健康管理もデータで可視化できれば、熱中症だけではなく日常的な健康状態の管理の精度を高め、なおかつ効率化することも可能となる。

▲ドリンクからゼリーまで、多様な経口補水製品を用意する「アクアソリタ」(出所:ネスレ日本)
こうしたハード面での対策とともに、効果的に水分や塩分を補給できる仕組み作りも大切な取り組みである。給水設備も含めた休憩室の充実、補水機能の高い飲料の用意や、何よりもまず、日ごろから水分補給や塩分補給、十分な休憩を心がけるなど、日常生活での自己管理教育も必要である。特殊倉庫建設を手掛ける三和建設(大阪市淀川区)によるゼリータイプの熱中症対策食品「しおゼリー」の開発は、少し意外な取り組みに思えるが、販売本数は右肩上がりで増加し、24年には80万本に。今年は5月末時点で既に45万本を売り上げる好調ぶりで、現場の意識の高まりを感じさせる。
一方通行になりがちな注意喚起の貼り紙だけではなく、それぞれの現場にあった安全指導を検証することも、不測の事態を防ぐための有効な一手となるだろう。
早く「見つける」ことが可能な職場環境の構築を
熱中症予防に関する「労働通安全衛生規則」の改正では、「見つける」、「判断する」、「対処する」の手順で、状況に応じた具体的な対策を施すことを定めている。「判断する」過程では、状況判断できる責任者への報告などの手順も共有しておきたい。ウェアラブル端末を利用していれば、より迅速な判断の手助けとなるだろう。「対処する」においては、救急隊の要請とともに、氷や水で体を直ちに冷却する、冷却効果の高い場所への避難、水分補給を促すなど、周囲の誰もが具体的な行動に移せるよう徹底しておくことも忘れてはいけない。
一方、まず最初の「見つける」体制の不備が、判断、対処で後手になる原因となる恐れがある。自分自身で「何かおかしい」と感じたとき、周りの人の様子が「ちょっとおかしい」と感じたときに、適切な行動や助言ができることが、事故がおきない現場作りの基盤となる。そのためにも、職場ごとの「ガイドライン」を策定し、共通認識としておくことも大事な取り組みだ。
熱中症対策義務化に求められるものは、どれも日常のリスク管理の延長線上にあるものばかり。むしろ、それが機能するような日常のコミュニケーションや信頼関係こそが大切だといえる。ちょっとした油断が生命の危機につながるということを常に意識し、異変をすぐ相談、感知できる職場の特長とは、コミュニケーションの「風通し」が良いことだ。異変への対処に躊躇しない、遠慮しないことが徹底された、風通しの良い職場作りこそが、すべての安全対策の基盤となるのだ。