話題「都心部は賃料が高いから、少し離れた郊外の大型施設に移転してコストを下げよう」
もし今、自社の物流拠点戦略においてこのような「表面的な賃料比較」だけで意思決定を下そうとしているなら、その判断は数年後、事業継続の大きなボトルネックになるかもしれない。
物流業界は今、労働時間規制がもたらした「2024年問題」の対応に追われているが、物流不動産市場の最前線では「2027年問題」が静かに、そして確実に進行している。それは、首都圏における優良な物流施設の「供給不足」だ。

▲アライプロバンス葛西(出所:アライプロバンス)
本稿では、別記事で詳報しているシービーアールイー(CBRE)の市場予測レポートを背景に、東京23区内に誕生した大規模マルチテナント型物流施設「アライプロバンス葛西」(東京都江戸川区)のリーシング実績から、今後の物流不動産市場の行く末をひも解く。
同施設には世界最大手のEC(電子商取引)企業が入居しているが、その契約条件とは「長期契約ほど賃料が上がる」というものだという。通常では考えにくい、不利な条件を飲んでまで、同社はなぜこの場所を欲しがったのか。デベロッパーであるアライプロバンス(墨田区)の哲学とともに、都心物流施設の真の価値に迫る。
「金を出せば借りられる」時代の終焉と2027年問題
CBREの最新レポートが示したのは、極めてシビアな現実だ。これまで首都圏の物流施設市場は、旺盛なEC需要を背景に大量の新規供給が続いてきた。しかし現在、ゼネコンの建設工事費は高騰を続け、手持ち工事高は過去最高水準に積み上がっている。デベロッパーは採算が合わない開発計画の見直しを余儀なくされ、今後、賃貸倉庫の新規供給面積は急激に縮小していく。

▲CBREのレポート「首都圏物流施設市場は2027年に需要超過に」(2025年8月)(出所:CBRE)
一方で、サプライチェーンの再構築や、労働力確保を目的とした「立地が良く、従業員が集まりやすい施設」への移転需要は手堅い. 結果として、CBREのデータは、27年には首都圏の物流施設市場において、完全に「需要が供給を上回る」(需要超過)と予測している。
つまり、27年以降の東京23区内とその近郊エリアは、「高い賃料を払えばいつでも借りられる」というフェーズから、「空きスペースが見つからない」という深刻な床不足へと移行していくのだ。
この未来を、プロの投資家たちはすでに見越している。世界的な投資ファンドであるブラックストーン(米国)が、日本通運(NXHD)が都心に保有していた旗艦物流施設を1000億円超で取得したニュースは記憶に新しい。彼らは首都圏物流施設に高い戦略的価値を見出し、今後賃料の上昇が見込まれる物流施設の取得を先手を打って進めている。都心部の物流施設は今や、単に利便性の高い「床」ではなく、事業の優位性を左右する重要な資産へと変貌している。
世界的EC企業が選んだ「異例の長期契約」
こうした市場のうねりを、現場の最前線で体現している施設がある。24年8月に東京都江戸川区東葛西に誕生した「アライプロバンス葛西」だ。都心へのアクセスと港湾・空港への利便性を兼ね備えたこの施設は、完成からわずか1年で契約申し込みベースの稼働率が75%に達し、残るは4階・5階の2区画のみ。
この施設の1階全フロア(4000坪)を契約したのは、米国発の世界最大手EC企業だ。彼らはここを単なる在庫保管庫としてではなく、巨大な消費地である東京へ商品をハイスピードで送り出す、ラストワンマイルの配送拠点として機能させている。
この契約の背景には、今後の物流不動産市場のリアルを暗示する象徴的な事実が含まれている。
通常、物流施設の賃貸契約においては、テナントに長く居てもらうために、「5年契約より10年契約の方が、毎月の賃料を少し安く(ディスカウント)する」のが一般的なセオリーだ。しかし、デベロッパー側から見れば、今後のインフレ基調を考慮すると長期間賃料を固定することは非常にリスクが高い。そのため、例えば10年といった長期契約を結ぶ場合、将来の物価上昇を加味して、トータルでの賃料を割高に設定したり、契約期間中であっても消費者物価指数と連動して賃料改定できる特別条項を盛り込んだりするケースが増えつつある。

アライプロバンス葛西は10キロ圏内に城東エリアを収め、15キロ圏内には品川、東京などの消費地のほか、羽田空港もあり、航空便との連携も容易。(出所:アライプロバンス)
目先の坪単価だけを重視する企業であれば、迷わず安い5年契約を選ぶか、あるいは郊外の安い倉庫へと流れていくだろう。しかし、世界中の物流データと不動産相場を分析しているこのグローバルEC企業は、毎月の賃料が相対的に「高くなる」長期契約を自ら望んでサインしたのだ。
彼らにとって、数年後に東京23区内の好立地から退去せざるを得なくなるリスクや、27年以降の需給ひっ迫によって市場賃料が高騰する未来をシミュレーションすれば、足元では「割高な賃料」に見えても、長期的には事業基盤を安定させるための「必要な投資」に映ったということだ。目先のコスト削減で郊外を選ぶ企業が多いなか、グローバル市場の勝者は「都心の床の希少性」をシビアに評価している。
都心の立地を「自社の武器」に昇華させるテナント群
アライプロバンス葛西に入居しているのは、この巨大EC企業だけではない。現在入居を決めている企業群の顔ぶれを見ると、彼らが東京23区内という立地を単なるコストとしてではなく、自社サービスの「付加価値」として使い倒していることがよくわかる。
例えば、2階・3階に入居する東アジア系を中心とした複数の越境EC、保税、通関事業者たち。越境EC拡大の追い風を受ける彼らにとって、アライプロバンス葛西が「東京税関管轄」であること、そして港湾部から適度に離れて床面積や人材確保の制約を受けずに渋滞も回避できる立地は、そのまま「関東一円への即日配送」というスピード競争力に直結している。
さらに上層階には、厳格なセキュリティーと輸送スピードが命となる航空輸送や貴重品物流の企業、オフィス向けPCのキッティング(セットアップ)と保管を担う企業が入居している。納品先である都心オフィスのすぐそばに作業・保管拠点を持つことは、輸送コストの大幅な削減と納品リードタイムの短縮をもたらす。彼らにとって、都心から離れた郊外の倉庫では、このビジネスモデル自体が成立しにくくなるのだ。
創業120年「アライのDNA」が生み出す協創コミュニティ
これら多種多様なプロフェッショナルたちが一つ屋根の下に集まったことで、この施設には一つの「化学反応」が起きている。

▲アライプロバンス社長の新井太郎氏
アライプロバンスは、明治36年に東京・墨田区で創業した金属加工業「新井鉄工所」をルーツに持ち、世界的石油掘削機器メーカーとしての躍進や、メーカーから不動産デベロッパーへの業態転換という激動を乗り越えてきた、120年を超える「変革と挑戦」の歴史を持つ企業だ。
同社の新井太郎代表取締役社長は、現在の施設内で起きている現象について次のように語る。
「私たちのビジネスの根底には、常に現場に寄り添い、共に困難を乗り越えてきたチャレンジ精神とオリジナリティーの追求があります。アライプロバンス葛西には現在、国内外の多様な物流・EC事業者様にご入居いただいていますが、ビジネスでは競合にもなり得るテナント様同士で、自然発生的にコミュニティーができつつあることが大変喜ばしいです。海上輸送と航空輸送など、お互いの強みを生かし、ウィークポイントを補完しあう連携が生まれています」(アライプロバンス・新井社長)
新井社長が提唱する「パーパス」(遊び心と斬新で上質な空間の提供)は、施設内の充実した共用スペースや働きやすい環境づくりに色濃く反映されている。この居心地の良さと、デベロッパー自身のオープンな姿勢がハブとなり、テナント同士が荷物を融通し合うような「オープンイノベーション」(協創)が日常的に生まれているのだ。
これは、単に巨大な箱を提供するだけの施設には真似できない、アライプロバンス葛西ならではの付加価値だ。
残り2区画、次世代サプライチェーンの拠点構築へ
27年の「床不足」が現実のものとなる前に、自社の物流基盤をどこに構築すべきか。
現在、アライプロバンス葛西で残されているのは、4階と5階のメゾネット仕様となる2区画。40フィートコンテナトレーラーが直接乗り入れ可能な4階のトラックバースと、垂直搬送機や貨物用エレベーターでシームレスに連携する5階スペースを備えている。
輸出入前の保税・準備倉庫としてはもちろん、都心部への高回転なEC物流センター、ショールームを兼ねた在庫拠点、あるいは大規模災害時における事業継続(BCP)のための都心バックアップ拠点など、その活用可能性は広い。
「都心の賃料は高い」と郊外へ目を向けるのは簡単だ。しかし、世界的企業があえて長期契約を結んででも手放したくないと判断したこの場所の価値に気づいた時、すでに首都圏の空きスペースは埋まっているかもしれない。
アライプロバンス葛西の残り2区画のみ。それは、次世代のサプライチェーンをけん引し、新たなビジネスチャンスを創出するための、数少ない選択肢の一つとなるはずだ。






























