荷主4月の純トルエンは、生産が前年同月比42.5%減少する一方、出荷量は67.3%減とさらに大きく落ち込んだ。輸出はゼロになり、輸入は8931トンへ急増した。在庫量は前年同月比27.3%増え、在庫率は891%に上昇した。塗料用シンナーや接着剤の原料として知られるトルエンは、TDIやキシレン、ガソリンの高オクタン価基材にも使われる。数字からは、単なる需要減ではなく、必要な物を必要な相手に必要な形で届ける供給網の調整機能が弱っている様子がうかがえる。(編集長・赤澤裕介)
目詰まりから機能不全へ
「目詰まり」は、供給の流れの一部が滞る状態を指す。だが、生産、出荷、在庫、輸出入が同時に通常とは異なる動きを示す局面では、単なる滞りだけを見ていては実態を捉えにくい。問われるのは、供給網が完全に停止したかどうかではない。必要な物を、必要な企業に、必要なグレードと荷姿で届ける調整力が低下していないかだ。
経産省の鉱工業指数(IIP)2026年4月分速報(5月29日公表)によると、純トルエンの出荷量は2万3188トンで、前年同月比67.3%減だった。出荷量は、この統計では販売量と同義で、保管場所から外部の取引先や他工場へ出ていく量を指す。生産量より出荷量の減少幅が大きく、市場へ流れる量はさらに少なくなった。供給の制約が、上流の生産減にとどまらず、販売・出荷の段階でさらに強まった形だ。
生産側にも上流の制約が表れた。経産省の生産動態統計をもとにした石油化学工業協会(石化協)の月報によると、純トルエンの生産量は25年3月が8万7334トン、25年4月が10万2811トン、26年3月が7万4099トンと推移し、26年4月は5万9093トンと、前年同月比42.5%減になった。生産能力に対する実生産は2割台にとどまる計算だが、トルエンはナフサ分解や改質工程に連動する連産品で、能力余力だけでは増産しにくい。生産量は上流の稼働や原料構成に左右される。
在庫の増加も、供給余力をそのまま意味しない。26年4月の在庫量は5万2643トンで、前年同月比27.3%増えた。一方で在庫率は891%、前年同月比121.7%上昇した。121.7%は在庫量の伸びではなく、出荷量に対する在庫量の比率を示す在庫率の伸びだ。在庫量も増えたが、出荷の減少幅がそれをはるかに上回ったため、在庫率が大きく上がった。在庫が増える一方で、市場へ流れる量は急減した。統計上の在庫は、川下が実際に使える在庫とは限らない。
これまで政府や業界は、川下で生じる供給の偏りを「目詰まり」と表現してきた。流れの一部が滞る状態を指す言葉として分かりやすい。ただ、4月の統計が示すのはそれだけではない。生産が減り、出荷がさらに減少し、在庫が前年を上回るなかで、用途、取引先、荷姿に応じて物を振り分ける働きが弱っている。一部の滞りが長引き、複数の用途にまたがって広がれば、供給網全体の調整力が低下する。
輸入急増も供給減は補えず
輸出と輸入も入れ替わった。財務省の貿易統計(HS2902.30、非石油由来を除く)で、26年4月のトルエン輸出は0トン。25年4月の2万9997トン、26年3月の1万2903トンから消えた。輸入は8931トンで、25年4月の516トンから急増している。輸入単価は1トン23万6022円で、25年4月の11万8961円からほぼ倍になった。平時は輸出していた品目を、高い単価で輸入する側に回ったことになる。輸入8931トンは、4月の出荷量2万3188トンの4割弱に相当するが、前年同月からの出荷減少幅を埋める規模ではない。輸入急増は、国内供給の減少を完全に補ったというより、緊急調達の色合いが濃い。
なぜ在庫が増えても不足が起きるのか。供給が届かなくなる要因は一つではない。製品の在庫があっても、必要なグレードと違えば使えない。契約済みの在庫は自由に動かせない。トルエンは危険物で、輸送と保管に制約がある。ドラム缶や小口容器などの荷姿対応にも制約が出れば、末端への供給はさらに減少する。メーカーやタンクにある在庫は、川下に届く在庫とは違う。
滞りは、時間とともに広がってきた。当初は一部のグレードや小口の入手難として表れ、やがて溶剤から食品トレー、住宅設備へと用途をまたいで波及した。本誌はこの間、シンナー、食品トレー、アドブルー容器などへの影響を追ってきた。同じ構図は、別の品目でも出ている。アドブルーでは、尿素液そのものより、容器のBIB(バッグインボックス)内袋がそろわず店頭から消えた。原料があっても、容器や荷姿、輸送条件がそろわなければ現場には届かない。トルエンでも、総量だけでは説明できない制約が表れている。
背景には、26年2月末以降のホルムズ海峡情勢に伴うナフサ調達の制約がある。日本着のナフサスポット価格は4月初旬に1トン1190ドルと、封鎖前の600ドル台から倍近くに上がった。国内ではエチレン設備12基のうち6基が減産し、石化協のエチレン稼働率も採算ラインとされる90%を大きく下回る水準が続いている。分解ガソリンや改質油から得られるBTX(ベンゼン・トルエン・キシレン)の供給も減少した。トルエンの生産減には、この上流の制約が表れている。
トルエンの行き先は溶剤だけではない。トルエンはTDIを通じてポリウレタンフォームに、キシレンはPET樹脂やポリエステル繊維に、ベンゼンはスチレンや合成ゴムに向かう。BTXはナフサ分解や改質工程を起点に分かれるため、海外でガソリン基材や芳香族の価値が上がると、トルエンが燃料用途や化学品原料用途に向かいやすくなり、国内の溶剤向けに回る量を減らす要因になり得る。
特定の用途を優先しても、不足の総量は変わらない。溶剤向けを確保すれば、ウレタンフォーム、PET原料、合成樹脂、ガソリン基材のいずれかで供給が減少する。価格転嫁だけでも終わらない。単価が上がっても、物がなければ塗料も接着剤も作れず、納期も品質も保てない。代替溶剤は一部あるが、乾燥速度や溶解性、安全性、臭気が変わり、安易な置き換えは製品の不良につながる。
一部の滞りが複数の用途と取引段階に広がれば、問題は総量の不足だけにとどまらない。配分、物流、契約、荷姿が関わる。4月のトルエン統計は、石油化学の供給問題が、物量の確保だけでは解けない段階に入りつつあることを示した。
この記事をより深く理解するために
石化プラント減産、物流資材不足が4月迫る(3月)── ナフサからエチレン、樹脂、物流資材へ波及する経路を整理した。
備蓄放出でも届かないナフサ、21中分類に連鎖(3月27日)── ナフサの減少が21業種に広がる全体像を示した。
エチレン設備、追加停止回避もナフサ価格は2倍(4月5日)── ナフサ1190ドルとエチレン減産という、トルエン生産減の起点を伝えた。
ナフサ由来製品の供給制限加速、見えた住設の次(4月18日)── シンナーから食品トレー、タイヤへと制限が及ぶ順番を示した。
アドブルー、容器ひっ迫で店頭消失(4月21日)── 液体ではなく容器が物流の制約になる事例を取り上げた。
石化品供給、ホルムズ封鎖下で在庫3か月超を維持(5月22日)── 直近の在庫水準を確認した。




























