M&A三菱倉庫は10月30日、阪急阪神ホールディングス(HD)傘下の阪急阪神エクスプレス(HHE)を1201億1000万円で取得すると発表した。発表後の最初の取引日となった2日、同社の株価は急落した。買い手は、8年にわたり資本提携を結んできたセイノーホールディングス(HD)ではなかった。市場が下した評価の中身を開示資料から読み解く。(編集委員・刈屋大輔)
株価が先に出した答え
2日午前の取引で、三菱倉庫株は前の取引日の終値を1割強下回る水準まで売られた。10月30日に併せて公表した中間決算では、上期の営業利益は82億円で前年同期比9.3%増と順調だったが、通期の営業利益予想は175億円から155億円へ引き下げられ、前期比で減益に転じる見通しとなった。買収に伴う助言費用や統合作業の費用といった一過性の経費を、販売費及び一般管理費に計上するためだ。
ただ、株価を押し下げたのは下方修正だけではないのではないか。買収資金は手元資金と借入でまかなう。26年9月末の現金及び預金は815億円と3月末の630億円から増えたが、短期借入金が460億円増えたことが背景にあり、自己資本比率は59.3%から56.7%に下がった(中間決算短信ベース)。取得額は手元資金の1.5倍ほどにあたる。自己資本比率はなお5割台後半を保ち、財務がすぐに揺らぐ水準ではない。市場が見たのは返済力よりも回収の見通しだろう。
利益が数十倍動く事業
その回収の土台となる利益を見る。HHEは連結財務諸表を作成しておらず、三菱倉庫は参考として、阪急阪神HDの国際輸送セグメントの数字を示した。HHE単体とは範囲が異なる。このセグメントの営業利益は、コロナ禍で需給が逼迫した21年度に80億円、22年度に84億円まで膨らんだ。23年度は2億円に急落し、24年度は13億円の赤字、25年度は20億4900万円、26年度は28億円の見込みである。
25年度の利益に対し、取得額は59倍にあたる。ピークの84億円で割れば14倍、今期見込みの28億円なら43倍と、どの年度を基準にするかで倍率は大きく変わる。運賃相場と貨物量の波に乗って、数年のうちに数十倍の幅で動く利益に、1200億円の値がついた。HHE単体の純資産は26年3月期で229億9100万円と、取得額はその5.2倍だが、輸送を航空会社や船会社に委ねるフォワーダーは、自前の資産に価値が宿りにくい。
三菱倉庫が払う理由として考えられるのは、自前で海外網を築く時間、荷主との契約関係と運用の蓄積、参入障壁の高い医療・ヘルスケア分野の3点である。しかし、発表資料から確認できるのは、世界を面でカバーする網をめざす方針、両社の主要荷主の重なりが小さいこと、重点5分野に医療・ヘルスケアが入っていることまでだ。同分野の実績や分野別の売上比率、荷主数、シナジーの金額目標は示されていない。
売り手の合理と残る空白
売り手側の事情は説明がつく。取引は二段階で進み、まず阪急阪神HDがセイノーHDの持つHHE株34%を254億7900万円で取得して100%にそろえ、そのうえで全株を三菱倉庫へ売る。阪急阪神HDは大阪梅田駅周辺の開発など沿線事業に投資を集める方針で、同社の資料は、国際物流では大規模事業者以外が優位を保ちにくいとみる。売却益は個別で910億円、連結で750億円の見込みで、セイノーHDも120億円を計上する。
二つの価格には開きがある。セイノーHD分の254億円余りを100%に引き直すと749億円で、三菱倉庫への売却額はその1.6倍になる。経営権のつく株と少数持ち分で値が違うのは通例だが、持ち分で按分して試算すると、34%分だけで154億円の差が阪急阪神HDに残る。売り手は利益を確定させ、買い手だけが価格の根拠を問われる構図である。
残る空白はセイノーHDの側にある。同社は2016年11月に阪急阪神HDと協定書を交わし、18年1月にHHEを加えた3者で資本・業務提携を結び、同年4月に第三者割当増資を引き受けて34%の株主となった。8年を経て提携は解消され、業務委託などの取引だけが続く。
同社の開示は、阪急阪神HDから株主を絞り込む意向と取得の打診があり、応じたと述べるにとどまり、自ら買い手に回らなかった理由には触れていない。阪急阪神HDの資料は複数の候補から三菱倉庫を選んだと記すが、セイノーHDが候補に含まれていたかは、3社のどの資料にも記載がない。
三菱倉庫は取得完了後3年をめどに、この買収単体のEPS(1株あたり利益)をプラスにする方針で、中長期ではROIC(投下資本利益率)が資本コストを上回る水準を目指す。一方で、のれんの額と償却期間、借入額は開示されておらず、シナジーの金額目標も示されていない。
PMI(買収後の統合)の推進計画と主要KPIは今期末をめどに開示するとしており、3年という期限の根拠が示されるかが当面の焦点になる。株価の下落は、その説明が出る前に市場が付けた最初の値札と言えるだろう。
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