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【第4回】運送業を席巻するスモールM&A最前線

M&A譲受企業の戦略と事前準備の重要ポイント

2024年1月18日 (木)

M&A物流業界のM&Aで豊富な経験を持つスピカコンサルティングの山本夢人氏との対談企画の第4弾。今回は事業を継承する側の注意点を、LOGISTICS TODAYの鶴岡昇平がインタビューしました。

■第1回「運送業を席巻するスモールM&A最前線」
https://www.logi-today.com/568507
<対談書き起こし>
https://www.logi-today.com/568510

■第2回「運送業を席巻するスモールM&A最前線」
https://www.logi-today.com/570720
<対談書き起こし>
https://www.logi-today.com/570724

■第3回「運送業を席巻するスモールM&A最前線」
https://www.logi-today.com/573043
<対談書き起こし>
https://www.logi-today.com/573040

関心は高いが成約しにくい物流業界のM&A

鶴岡昇平(LOGISTICS TODAY、以下、T):全国で200件ある中小企業のM&Aのうち成約率が50%だそうですね。

山本夢人氏(スピカコンサルティング、以下、Y):公表されているのが100件で、おそらくその2倍程度は案件があるだろうと考えています。

T:物流業界のM&Aはどのくらいの成約率なんでしょうか?

Y:体感では物流業界はもっと低いかと思います。ただ、売り手が1件あると譲り受けたい方からの問い合わせが10件ほどあり、総量としては4〜5倍の規模感になってきています。にもかかわらず成約率が低いというのは、事前にいろんなことを知らずに進んでしまっているということがあるかと思います。

以前の回でもお話しさせていただきましたが、自分たちの現在地を知っておくことが大事です。譲渡の結果は社員などにも影響があるので、自分の幸せだけではなく会社や社員の幸せを考えるべきでしょう。

譲り受ける側として重要なのは、相場を知っておくこと。また、「買ってやる」というような態度は御法度で、相手へのリスペクトも忘れてはいけません。あと、成約してから買うお金がなくて破談になるということもあるので、お金の用意をしておきましょう。銀行から必要なお金を借りられるかどうかも確認しておくべきです。

▲過去の失敗事例

T:譲り受け側としてはどんな準備をしておけばいいのでしょうか。譲り受け側はどんな動機が多いのですか?

Y:同業同士のM&Aが多いので、2024年問題をにらんで、中継拠点を求めてのM&Aや利益の拡大などのケースがよく見られます。また、リスク分散のために仕事の幅を広げたいというケースもあります。

T:荷主企業が運送会社をM&Aする場合もあるんでしょうか?

Y:コロナ後以降そういった相談が増えていますが、あまり実現していません。やはり、荷主はメーカーさんなどなので、運送についての知識や経験が十分ありません。せっかく運送会社を買っても十分に運用できないだろうという結論となり、成約しないケースが多いです。しかし、これまでは物流のアウトソーシングが行われてきたが、逆に内製化していくことはあり得る話だと思っています。

M&Aの動機、理由を明確に持とう

T:M&Aをする時は何から始めたらいいのでしょうか。

Y:M&Aによって何を成し遂げたいのかを明確化することが大事です。動機が曖昧だと狙いや戦略がないため、後々うまく運用できないケースが多いです。相手会社が持っている要素の中で、何が優先順位が高いかを見極める必要があります。自分側の条件があっても相手次第という部分はあるので、具体的な相手が見つかったら、その時点で条件に当てはめて判断する必要があります。譲渡の価格も相手との交渉で決まりますが、相場は踏まえないと現実的ではありません。

T:相場などの情報をどこから得たらいいのでしょうか。

Y:相場は一般的な場には出てこないので、なかなか見つけにくいのではないでしょうか。

T:コンサルタントを介さない場合は、相場から外れた値段で買ってしまっていることもあるのでしょうか。

Y:相対の取引だとそういった事例はもちろんあります。相場自体も時代ごとに変わりますから、古い知識では現状に合わないこともあります。

T:コンサルタントを挟んでM&Aするとして、買い取る企業の選定のポイントは?

Y:ニーズに合致していてシナジーが生まれるかどうかに注目しましょう。それと、価格が適性かどうかも大事です。

最近はあちらこちらから同じ話が持ち込まれる「出回り案件」が増えています。こうしたケースは、早く売らなければならない理由があるので、そこをしっかり確認するべきです。

事前の調査がM&Aの成否を決める

Y:コンサルタントから提供される資料を見る時は、相手の会社をちゃんと調査して作られているのかを確認しましょう。決算書だけではわからない重要な点もあるので、業界ならではの事情を踏まえた調査ができているかどうかが大事です。その資料を読んだら、明日からでもこの会社を経営できるくらいの調査内容が必要です。スピカでは40〜50ページの資料を作りますが、4〜5ページ程度の資料しかない持ち回り案件というのもあります。

Y:追加で資料を要求することはできるのでしょうか?

T:要求することはもちろんできます。それによってどんな資料が出てくるかと同時に、どのくらいのスピードで出てくるかも判断材料になります。

T:M&Aに競合がいる場合もありますよね?

Y:競合がいた場合、買値を上乗せする必要が出てくることもあります。その場合も、最終的に資金を回収できる見込みがあるかどうかで上乗せ額を決めます。資金に余裕があるからと、勢いに任せて買ってしまうと、高値づかみになりやすいといえます。

高い値を付けたからといって買えるわけではない

Y:ただし、競合して高い値段を付けた方が買えるとは限りません。私が扱った中でも、競合同士で6000万円くらいの値付け価格の差がついていたけれど、安い額を提示していた方が譲渡を受けたというケースもありました。

このケースの売り手は、成長戦略の1つとして譲渡先を探していましたが、合併後も会社に譲渡側経営者が残る前提で判断し、今後も一緒に仕事をしたいという理由で、安く値付けしていた方に譲渡しました。

譲渡側は創業者社長で、売り上げも年5〜6億まで上がってきていましたが、これ以上自分で経営するのはちょっとしんどくなっていたんですね。これまで経営陣を育ててきていなかったので事業を引き継がせることもできないし、ここからトラックを減らすこともできない。このままでは管理も行き届かず、行政処分などがあれば社員に迷惑がかかってしまう。それなら、管理体制がしっかりある大きな会社に買ってもらって、自分も中に残って陣頭指揮を執りたいという動機からの譲渡でした。

T:最終的に譲渡された側の企業は、6000万円の差があるということは知っていたんでしょうか?

Y:正確な数字は言えないんですが、数千万円の差があるとは伝えてました。

T:それだけの差があることをわかっても上乗せをしないで提示したということですね。

Y:買い手側としては何年で改修できるからこの値段という基準をしっかり持っていて、その金額を提示しました。競合相手よりも金額が低いのは分かった上で、仕事上で、今後どのような価値を提供できるかという点をプレゼンして、それが譲渡側に刺さったというケースですね。

T:オークションのように競合同士が競り合って価格が上がるのは譲渡側からすると嬉しいのかもしれないけれど、金額以外のことで価値提供することで成約に至ることもあるんですね。

Y:安く売るのはもちろん良くないんですが、高く売るのものちのちを考えると良くありません。高く買ったら、買った側はその分回収をしないといけないということで、残された社員がより利益率の高い仕事をやらされるということもあり得るわけです。なので、値段が高くなれば良いということでもないかと思います。

十分な調査をしてからオファーすべし

▲M&Aの手順

T:オファーというのは、トップ同士の会談の前と後、どちらに行うべきでしょうか?

Y:会談の前にやるべきでしょう。先ほどもお話ししたように、事前に、翌日からでも経営ができるくらいの情報を持って判断するべきで、その段階で、買う側も金額などの条件面もできているはず。まだ判断がつかないからトップ会談をしてみようというのは、本来先に調査すべきことを後回しにしているだけのことなので、必ず成約につながるというわけでもありません。会談後に条件を変えると心証も悪いですし。トップ会談は最後の顔合わせくらいのつもりでいた方がいいです。

T:トップ会談に破談になるということもあるんでしょうか。

Y:事前の調査では出てこなかった重大な瑕疵(かし)が仮契約後に出てきて、うまくいかないということがありました。売る側としては、聞かれなかったから言わなかったというのが言い分です。買う側としては先方から説明がなかったから知らなかったと言いますが、それはあらかじめ調べられることだったし、当然調べておくべきことでもあった。結局このケースでは、どっちが悪いんだということでこじれて、破談となりました。

T:トップ会談の後の流れは?

Y:買収監査を行います。これは今までお互いの話に出てきた条件などが間違いないかを確認する作業です。かなり細かい点についても確認するので、譲渡側は税務調査をされているようなメンタルになってしまうこともあるので、あまり過剰なストレスをかけずに進めるのが良いプロセスです。

T:この段階で破談になってしまうこともあるんでしょうか?

Y:買う側が「買ってやる」ような振る舞いをしたりして破談になるということは実際ありますね。

T:成約後はどういった流れで進んでいくんでしょうか。

Y:譲渡が済んだ後は、譲渡された側が現場に足しげく足を運んで現場の人とコミュニケーションを取れているかどうかがとても大事になってきます。譲渡された会社の社員の人たちは今後良い方向に進むとしても、変化が怖い状態です。それをなるべく早く安心させてやるか。なので最初の3〜6か月はとても大事な期間といえます。その時期のケアがうまくいってないと、社員が辞めてしまったりということが起きやすくなります。

何年経っても笑顔で話を交わせるのが良いM&A

T:これまでで一番円満にM&Aができたというのはどのようなケースでしょうか。

Y:数年経っても笑顔でお会いできるかどうかというのが良いM&Aだったかの指標の1つだと思っているんですが、そうしたケースとして最初に思い浮かぶのは、岡山の運送会社が、関西の運送会社を買ったケースでしょうか。岡山の社長は40代で、もともと関西に進出したいという思いがあって譲渡を受けました。関西の社長は70代で年齢は離れているんですが、トップ面談で話をしているなかで、「お互いに違うところがたくさんある。でもそうやって違うところがあるからこそ、自分の会社がもっと良くなれるんじゃないか」ということで譲渡を決意されました。

岡山の社長は、譲渡されて最初の1年以上は、週に3日くらいは関西に足を運んで、現場の人たちとコミュニケーションを取っていました。ほかの仕事もあるのになかなかできることではないですが、そうした熱心さもあり、お互いに食品を扱う会社だったこともあり、仕事を紹介し合ったりしながら今でも順調に業績を伸ばしています。

あと、譲渡側企業の幹部で、社長の右腕的存在の社員の方がいて、この人が岡山の社長ととてもウマが合って、それまでになく営業成績が上がるようになったというのがありました。経営者が新しくなってそれまで知らなかった営業手法を知ったり、会社のブランド力が上がって営業に行ける先が増えたりといろんな理由があったようです。そういった効果もあり、譲渡側、譲渡された側の方々とは、今でも会食したりと親しくさせていただいています。

T:ちなみに譲渡側の社長さんは、その後引退されたんでしょうか?

Y:引退するつもりだったようですが、会社の調子がいいし、楽しくなってしまって、今ではたまに自分もトラックドライバーとして働いているそうです。

T:そこまでうまくいくためには、何が一番大事なんでしょうか。

Y:調査などの事前の準備ですね。準備が成否の8割を決めると言っていいと思います。