国際ホルムズ海峡の封鎖3週目。米国はジョーンズ法の適用を60日間免除し、中国は精製燃料の輸出を大幅に絞った。大国が自国向けの燃料確保に動くなか、日本と韓国ではナフサ在庫が3月下旬にも減産ラインに達する見通しだ。IMO(国際海事機関)臨時理事会が船員救出の回廊設置を採決する同じ日に、サプライチェーンの川下では原料不足のカウントダウンが始まっている。(編集長・赤澤裕介)
IMO臨時理事会の動向、保険市場の構造的機能不全、国内運送業のキャッシュフロー危機と軽油価格の見通しは本日配信の記事「IMO緊急会合、2万人救出を協議」で詳報した。このブリーフィングでは通常記事に入りきらなかった動きを広角で整理する。
米国が18日に署名したジョーンズ法の60日免除は、物流の視点から見て異例の措置だ。1920年に制定されたこの法律は、米国内の港湾間の貨物輸送を米国籍・米国建造・米国人船員の船舶に限定してきた。今回の免除で外国籍タンカーが米国沿岸の原油、天然ガス、精製燃料、肥料、石炭を運べるようになる。
ホワイトハウスは「石油市場の短期的混乱への対応」と説明した。ジョーンズ法に適合する船舶は100隻に満たず、外国籍船を使えば運航コストは1日あたり5万ドル程度下がるとされる。しかしガソリン価格への効果は1ガロンあたり3セント程度と試算されており、専門家の評価は厳しい。米国内9つの海事労働団体は「米国の労働者と企業を不必要に排除する」と批判し、「ガソリン価格への影響は1ガロン1セント未満」と反論した。
それでも注目すべきは、100年以上にわたって維持されてきた内航海運の保護規制が、エネルギー有事を理由に一時免除されたという事実だ。過去の免除はハリケーン・ハービーやマリアの際の短期間にとどまった。今回は60日間と長く、対象も原油からLNG(液化天然ガス)、肥料、石炭まで幅広い。米国の精製能力は自給に足りないため、「動かせる船を増やしても、精製できる原油の量は変わらない」という構造的な限界は残る。有事における内航規制の柔軟化がどこまで実効性を持つか、物流業界にとっての先例になる。
中国の動きはアジア全域に影響する。国家発展改革委員会(NDRC)は5日にガソリン・軽油・ジェット燃料の輸出停止を指示し、12日には通関未了分にも適用を拡大した。3月の精製燃料輸出は通常月の3分の1以下に落ち込む見通しで、アジアへの供給をさらに締めている。
中国向けのイラン原油は「影の艦隊」経由で相対的に流れ続けている。にもかかわらず輸出を絞っているのは、国内の供給確保を最優先する政治判断だ。中東からの供給が途絶し、中国からの輸出も大幅に縮小したことで、アジアでは産業用・輸送用燃料の調達先が同時に2つ細くなっている。東南アジアやインドのトラック輸送、港湾荷役、航空燃料に影響が出始めており、日本の荷主が東南アジアに持つ生産拠点や調達網にも波及しうる。
この締め付けのなかで、各国は独自の調達ルートを確保しようと動いている。インドは首相がイラン大統領と直接交渉し、海軍護衛でLPG(液化石油ガス)タンカー2隻をホルムズ経由で通過させた。さらに中国向けに航行中だったロシア産原油タンカーの仕向地をインドに変更させたとの報道もある。調達できるかどうかが市場価格ではなく外交関係で決まる状況が続いている。
サウジアラビアは紅海側のヤンブー港から迂回輸出を続けているが、日量419万バレル(平時の6割)が限界で、32隻以上が待機中だ。容量の天井が見え始めている。
マレーシアでは半導体業界団体がヘリウムの供給混乱リスクを監視中と明らかにした。本誌既報(※1)のとおり、世界のヘリウムの30%はカタール産で、同国のLNG(液化天然ガス)輸出停止に伴い副産物のヘリウムも止まっている。半導体製造工程で代替の利かない用途があり、現時点で操業停止には至っていないが、在庫で持ちこたえている状態だ。
※1…原油の陰のヘリウム途絶、供給網の新たな死角(3月13日)
アフリカの港湾では迂回ルートへの集中が物理的な混雑を生んでいる。コナクリ(ギニア)では平均待機日数が22日に達し、モンバサ(ケニア)でも設備不足とスケジュール外の入港が重なって遅延が続く。喜望峰回りのルートに船舶が集中することで、寄港地の処理能力が追いつかなくなっている。
農産物流にも波及が出ている。中国向けブラジル大豆で植物検疫が厳格化され、ピークシーズンの輸出が遅れている。カーギルが中国向け輸出を一時停止し、一部貨物は国内市場に振り替えられた。大豆は飼料と食用油の原料であり、中国の調達が滞れば飼料価格を通じて日本の畜産・食品業界にも影響が及ぶ。戦争や海峡封鎖だけでなく、検疫の厳格化だけでも港湾滞留と海上コストの上昇は起きる。
ナフサ残り20日分、川下に波及が始まった
韓国では原油不足が製造業の現場を直撃し始めた。石油化学大手のヨチョンNCCが顧客にフォースマジュール(不可抗力)を宣言した。ナフサ不足でポリエチレンの生産が維持できなくなったためだ。
影響はすでに川下に広がっている。即席麺や菓子の包装材に使うポリエチレン、マットレスやベッドに使うポリオール、自動車シートの素材。いずれもナフサを出発点とする石油化学製品であり、食品・寝具・自動車という日常の産業が同時に供給不安に直面している。韓国産業通商部は原油安全保障危機警報を「注意」に格上げし、ナフサを経済安全保障品目に新たに指定して管理下に置いた。
韓国の精製業界は中東産の中質油に最適化された設備を持つ。代替調達先として米国やベネズエラの原油を検討しているが、北米産は硬質油が中心で精製効率が落ちる。しかも中東から25日で届く原油が北米からは35-40日かかる。設備の調整も輸送も時間がかかり、切り替えは簡単ではない。韓国海洋振興公社は「封鎖が解除されても正常化には封鎖期間の2倍以上が必要」と見通している。
日本でも同じ構図が進行している。三菱ケミカル、出光興産がナフサ調達減でエチレンの減産に着手し、本誌既報(※2)のとおり三井化学も減産に言及した。国内ナフサ備蓄は20日分で、3月下旬に減産ラインに到達する見込みだ。
石油連盟のデータは上流の消耗を数字で示している。14日までの週の製油所稼働率は69.1%で、前週の77.6%からさらに低下した。ガソリン在庫は10%減、灯油は12%減、ジェット燃料も3%減。小売価格の上昇は目に見えるが、その手前で精製能力と在庫が薄くなっていることは見えにくい。エチレン減産が本格化すれば、ポリエチレン、樹脂、繊維、自動車部品、半導体封止材という幅広い製造業に波及する。韓国で起きていることは、日本の数日先の姿だ。
海上輸送のコストは異常域に入っている。中東-中国間のVLCC(超大型タンカー)の日額運賃は17日時点で47万ドルに達した。2月下旬の15万7000ドルから3倍だ。ドバイ原油の現物価格は16日にシンガポールで153ドルを付けた。ブレント先物が101-110ドルで推移するなか、アジア向けの調達実勢はそれを大きく上回っている。
コンテナ船は大手4社がホルムズ通過を停止したままで、世界の船腹の10%がこの危機に巻き込まれている(ONEのジェレミー・ニクソンCEO)。フーシ派が紅海での商船攻撃再開を宣言したことで、バブエルマンデブ海峡経由のスエズルートも使えなくなった。残る迂回路は喜望峰回りだけだ。航海日数は数週間延び、コストは2-3倍に膨らむ。
航空貨物にも地域差が鮮明に出ている。WorldACDの週次データでは、中東・南アジア発の航空貨物量が前年同週比36%減、アフリカ発が23%減と大きく落ち込んだ。一方で北米発は3%増、アジア太平洋発は5%増だった。「海が止まったから空に流れる」という単純な構図ではなく、ハブ空港の機能停止と燃料コストの高騰が地域ごとに異なる形で効いている。本誌既報(※3)のとおり、中東3大ハブの機能停止でグローバル航空貨物容量の18%が消失した状態は続いている。
高市早苗首相は19日、「極めて難しい会談になる」と認めたうえで訪米に出発した。ドナルド・トランプ大統領は日本を含む同盟国に海軍派遣を求めた後、「もう必要ない」と修正し、メッセージは揺れている。朝日新聞の世論調査では米国主導の戦争への支持は9%にとどまる。日本の現実的な選択肢は、停戦後の掃海や情報収集任務に限られる。会談で停戦交渉や日本向けタンカーの通航枠が進展するかどうかが、今後のエネルギー調達を左右する。
日銀は19日、政策金利を0.75%に据え置いた。エネルギー高騰でインフレ圧力が強まるなか、4月の利上げ観測は根強い。ANZ(オーストラリア・ニュージーランド銀行)は4月の25ベーシスポイント利上げを予想している。ドル円は158-159円台。片山財務相は「最近の為替の動きはファンダメンタルズを反映していない。いつでも対応する準備がある」と市場をけん制した。日本の2月輸出は前年比4.2%増で、1月の16.8%増から急減速した。危機の影響が貿易統計に現れ始めた可能性がある。
次に注視すべきは、ナフサ在庫が減産ラインに届くタイミングだ。日本は3月下旬が目安とされる。韓国ではすでにフォースマジュールが出ており、月内にも川下への影響がさらに広がる恐れがある。石油化学の減産が本格化すれば、包装材、樹脂、自動車部品の供給が細り、製造業の生産調整が始まる。
今後見るべき指標は5つある。ナフサの在庫日数(20日分を割り込むと石化減産が加速する)、製油所稼働率(69%割れが続けば在庫減が一段と深まる)、中国の燃料輸出規制の動向(継続ならアジアの燃料高が長期化する)、航空貨物の地域別増減(中東・南アジア発の回復が遅れれば緊急輸送網の制約が続く)、喜望峰回り寄港地の待機日数(コナクリ22日の水準が定着すれば迂回コストがさらに膨らむ)。IMO回廊決議と高市・トランプ会談の結果とあわせて、この5つが次のブリーフィングまでの監視項目になる。
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