国際イラン新最高指導者が封鎖継続を宣言し、原油は100ドルを突破した。国際エネルギー機関(IEA)は史上最大の備蓄放出を決定したが、市場の反応は冷淡だ。開戦から2週間、保険市場の機能不全が物流の実務機能そのものを止めている。(編集長・赤澤裕介)

(イメージ)
2月28日の米国・イスラエルによるイラン攻撃、エピック・フューリー作戦の開始から2週間が経過した。イラン革命防衛隊(IRGC)が3月2日に海峡の「閉鎖」を宣言して以降、世界の原油供給の2割に相当するホルムズ海峡の輸送機能が著しく毀損し、流通が大幅に阻害されている。
3月9日に最高指導者に就任したモジタバ・ハメネイ師は12日、就任後初の声明で「ホルムズ海峡の封鎖は敵に対する圧力の手段として継続しなければならない」と表明した。中東の全米軍基地の即時閉鎖も要求し、攻撃の継続を警告した。声明を受けて原油価格は上昇し、ブレント原油は1バレル100ドルの節目を突破した。一方でイラン外務省は「石油輸送が停滞しているのはイランのせいではなく、イスラエルと米国による攻撃のせいだ」と主張しており、最高指導者の封鎖継続宣言と外交当局の否認が併存する構図となっている。
UKMTO(英国海運貿易オペレーション)は10-11日に海峡周辺で3隻が被弾したと報告し、開戦以降の被害は少なくとも10隻前後に上る。米側は機雷敷設の兆候を確認し対応を進めているが、実際に機雷が敷設されたかについてドナルド・トランプ大統領は「確認されていない」としている。
保険の機能不全が海峡を閉じた
海峡の通航量は通常の数十隻規模から、日によっては一桁まで急減した。多数の船舶が湾岸産油国の沖合で待機を余儀なくされている。海峡を止めたのはミサイルだけではない。海上保険の構造的変動が通航停止を決定的にした。
ロンドン合同戦争委員会(JWC)はオマーン周辺海域を高リスク地域に追加指定し、国際P&Iクラブは5日0時をもって既存の戦争リスク補償を失効させた。船主が湾内で活動するには、新たに戦争リスク保険を買い戻す必要がある。新規の保険は一部で再開されたが、料率は危機前の4-6倍に跳ね上がった。2023年以降の紅海危機で戦争保険市場の資本バッファーはすでに薄くなっていたところにホルムズ危機が直撃し、一部で既存補償の打ち切りと買い戻し前提への移行が起きた。紅海危機では料率の急騰にとどまったが、今回は引受能力そのものが大幅に細るという、より深刻な局面に入っている。
米国は国際開発金融公社(DFC)を通じた200億ドル規模の再保険プログラムを発表した。しかし金融的な保護があっても物理的な護衛がなければ船主は動かない。米側は護衛の必要性を認めつつも、現時点では実施に至っていない。スコット・ベッセント財務長官は「軍事的に可能になり次第、米海軍か国際連合で護衛を行う」との方針を示しており、護衛の意思はあるが時期は未定だ。APモラー・マースクなど主要船社は一部サービスの停止やアフリカ迂回を広げており、フーシ派の攻撃再開宣言でスエズ運河経由の迂回路も不安定化している。
海峡が事実上閉鎖されるなかで、イランから中国向けの原油輸出は相対的に継続している。海外エネルギー分析会社のデータでは、イランは3月中も積み出しを続けており中国が主要な受け手だ。一部の分析では、3月初旬に海峡を通航した船舶の相当部分が制裁対象国向けの「影の艦隊」だったとされる。中国とイランの間に正式な通行許可の取り決めがあるとの確証はないが、結果として西側船舶が滞留する一方で、影の艦隊と中国向け船舶だけが相対的に動ける構図が生まれている。
原油からLNG、石化原料まで波及が拡大
今回の危機は原油にとどまらない。ホルムズ海峡は世界のLNG(液化天然ガス)貿易の19-20%が通過する経路でもある。カタールはインフラ攻撃を受けてLNG輸出を停止しフォースマジュール(不可抗力)を宣言、バーレーンの国営石油会社BAPCOも製油所への攻撃で同様の宣言を出した。ホルムズ経由のLNG輸送が途絶したことで、アジアの需要国と欧州がスポット市場で限られた供給を奪い合う状況が生まれている。IEAの3月報告は、LPG(液化石油ガス)とナフサの供給急減が石油化学工場の減産を強い、湾岸諸国からの石化製品の流通も断たれていると指摘した。
海峡を「通れない」問題に加え、上流の生産そのものも削減されている。貯蔵能力の限界に達した産油国が輸出できない原油の行き場を失い、減産やフォースマジュールに追い込まれた。IEAの3月報告は世界石油供給が日量800万バレル減少すると見込み、「世界の石油市場史上最大の供給混乱」と位置づけた。
サウジのヤンブー・パイプラインやUAEのハブシャン-フジャイラ・パイプラインは稼働しているが、パイプラインで補える量は海峡経由の日量2000万バレルの一部にとどまる。IEAは海峡を迂回する能力には限界があるとしている。
原油価格は開戦以降、激しく変動している。ブレント原油は3月初旬に一時119ドル台まで急騰した後、停戦観測で90ドル台前半まで下落したが、モジタバ師の封鎖継続声明を受けて再び100ドル前後に戻した。
IEAは11日、加盟32か国の全会一致で史上最大となる4億バレルの戦略石油備蓄放出を決定した。米エネルギー省は米国の拠出分として1億7200万バレルを来週から放出開始するが、全量の放出には120日を要する。大統領命令から配送開始まで通常13日、末端消費者への到達にはさらに輸送時間が必要だ。4億バレルは世界生産の4日分、ホルムズ経由量の16日分に相当する。JPモルガンは「海峡の安全な通航が確保されない限り、政策措置の価格抑制効果は限定的」との見方を示した。米エネルギー情報局(EIA)は10日の短期エネルギー見通しで26年のブレント平均価格予測を前月の58ドルから79ドルに大幅上方修正したが、これは海峡通航が段階的に再開することを前提としている。
日本は原油輸入の95%を中東に依存し、その70%がホルムズ海峡を通過する。今回の危機で最も影響を受ける国の一つだ。ただし影響の波及には時間差がある。日本は12月末時点で消費254日分の石油備蓄を保有しており、うち政府保有が146日分、民間が101日分を占める。高市早苗首相は来週にも先行して国家備蓄の放出を開始する方針を表明した。備蓄の厚さから物理的な供給不足が直ちに顕在化する状況にはない。先に来るのは価格面の影響であり、原油高が長期化すれば電気・ガス料金への波及も避けられない。石化原料への影響はより早く、三井化学や三菱ケミカルなどはすでにエチレン減産に着手した。食品包装、衣料、自動車部品など石化由来の消費財は広範にわたるため、影響は産業横断的に広がる可能性がある。
危機の終着点は見えていない。トランプ米大統領は「イランが海峡の石油の流れを止めるなら、これまでの20倍の打撃を与える」と警告する一方、モジタバ師は封鎖継続を宣言した。短期の備蓄放出だけでは根本的な解決にならず、海峡通航の再開には保険メカニズムの正常化と物理的な航行安全の確保が不可欠だ。その両方がそろう見通しは、現時点で立っていない。
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