話題ホルムズ海峡の事実上の封鎖が長期化し、原油やLNG(液化天然ガス)の供給途絶という物理的な被害が広がっている。しかし、被害を増幅しているのは「情報の断絶」だ。グローバルサプライチェーン(SC)のデータハブ「ZENPORT」を提供するZenport(ゼンポート、東京都千代田区)の太田文行代表は本誌との対談で、ホルムズ危機を「集約密度(特定ルートへの過度な依存)」「制度による増幅(契約や規制による被害の拡大)」「不確定性による混濁(先行き不透明による意思決定の麻痺)」の三つの力学で整理し、これらがらせん状に相互作用して変化を元に戻りにくくしていると指摘した。
太田代表の分析によれば、ナフサの枯渇が半導体製造を止め、輸入額30億円規模のレアメタルの途絶が1兆円規模の市場を機能不全に陥れるという「見えない連鎖」がある。現場のエクセル元帳とPDFの目視照合に依存する情報基盤では、こうした連鎖の全体像を捕捉できない。危機下で何が起き、企業は何から着手すべきか。(編集長・赤澤裕介)
(本対談は3月31日に実施)
実際の現場では何が起きているか。太田代表によると、ホルムズ危機下でZenportの顧客企業が直面している問題は、コンテナの取得困難に伴う分納やロールオーバーの増加、スケジュール変動に伴う入庫作業のやり直し、RCEPなど特恵関税に関する原産地証明の有効期限確認や書類の作り直しの多発などだ。

▲本誌との対談で『3力学』の枠組みを提示するZenportの太田文行代表取締役(右)
多くの企業ではいまだにエクセル元帳が業務の中核を担っている。発注数量と出荷数量の照合、船積書類(インボイス、パッキングリスト、B/L(船荷証券))の目視確認と手入力、船会社のウェブサイトでのスケジュール確認と転記、さらにそれを倉庫向け・通関業者向け・営業部向けに作り直して共有するという多重作業が、危機下で急激に膨らんでいる。データの大半は構造化されていないPDFやメールの形式で存在し、それを人が読み取ってExcel(エクセル)に転記するという工程がボトルネックになっている。
この情報処理の遅延が意思決定の遅延に直結し、被害を増幅させる。太田代表は次のように説明した。「通関をいつ切るか、コンテナをヤードからいつ出すかという判断が1日ずれただけで、フリータイムを超過する。倉庫のバースが空いていない、ドレージが取れないということも起きる。1日の遅れが2週間の遅れになり、製造ラインの予約に間に合わなければさらに1か月後になってしまう」
太田代表が顧客企業の現場で実際に確認しているこの連鎖が、ホルムズ危機下で同時多発的に起きている。

こうした現場の混乱を引き起こしている背景には、より大きな力学が働いている。太田代表はホルムズ危機を「集約密度」「制度による増幅」「不確定性による混濁」の三つの力学で整理した。

太田代表はこの三つが「単独ではなく同時に回っている」と強調した。とりわけ危険なのは、一度変わった取引関係が元に戻らないリスクだ。LNGの需要国がカタール以外の供給元と長期契約を結べば、仮にホルムズ海峡が正常化しても同じ経済条件での取引には戻れない。「世界の構造がどんどん変わっていってしまっている」

▲2020年代は常に「有事」と隣り合わせの時代
2020年以降だけでも、コロナの世界的流行や上海のロックダウン、スエズ運河のコンテナ船座礁、ロシアのウクライナ侵攻、紅海危機、トランプ関税と有事が常態化してきたが、「今回は影響の深さが違う」と太田代表は指摘する。依存構造がこれまで放置されてきた背景については「パクスアメリカーナの下で世界が平和だったという大前提があった。それが崩れつつあるなかで、見えていなかったものが一気に表面化している」と分析した。

▲「パクスアメリカーナを前提とした世界秩序が崩れつつある」(太田代表)
集約密度の問題を日本に当てはめると、太田代表が note「依存構造から読み解く日本の安全保障」で詳述した「アキレス腱」の話に直結する。ナフサは石油備蓄法の対象外であり、市場における供給余力についてはさまざまな見方があるが、仮に中東からの供給が途絶した場合、数か月で国内の化学産業に深刻な影響が及ぶ可能性がある。
問題はナフサの「量」だけではない。ナフサから派生するエチレンやポリプロピレンの製造が止まれば、PET樹脂をはじめとする川下製品の生産に影響する。太田代表が対談で繰り返し強調したのは、半導体製造に不可欠なフォトレジストの問題だ。太田代表の分析では、フォトレジストの原料はナフサの用途全体の0.001%程度にすぎないが、日本企業が世界シェアの大半を握るこの薬剤がなくなれば、世界中の半導体製造が止まりかねない。ホルムズ海峡の封鎖が、回り回って世界の半導体供給を脅かすという経路が見えてくる。量の問題ではなく、あるかないかの問題だ。半導体が止まればトラックの電子制御ユニットが製造できなくなり、マテハン機器やロボティクスの導入計画も止まる。上流の連鎖は物流の現場にも確実に波及する。
同様の非対称性はレアメタルにも存在する。中国が精製を一手に握るガリウムは、太田代表の試算では日本の輸入額が30億円程度にすぎないが、途絶すれば5Gの基地局やEV(電気自動車)の充電器など川下では1兆円規模の市場が影響を受ける。

中国のレアメタル輸出規制が強化されるなか、金額の大小ではなく代替の有無が産業の存続を左右する。こうした依存構造の詳細は太田代表がNote記事で公開しており、データを探索できるインタラクティブアプリも提供されている。
エクセル元帳の限界、共通言語への転換
ならば基幹システム(ERP)をグローバルに導入すれば解決するかというと、話はそう単純ではない。太田代表は「基幹システムは絶対に必要だが、途中の情報、間の情報を取るのは苦手だ」と指摘する。グローバルSCはつながりであり、その間にある情報を把握していないと調整がかけられない。しかもERPは複雑で重い仕組みであり、地域やシステムを越えてつなごうとした瞬間に「5年で数百億円」という投資規模になりかねない。
日本企業のSCは今、太田代表がNoteで整理した三つの発展段階のうち、ハブ型(本社が中心となって情報を集約・中継する形)からメッシュ型(拠点同士が直接つながるネットワーク型)への移行期にある。国内市場の縮小を背景に、日本から北米という太い幹に依存してきた製造業が、インド、アフリカ、東南アジアなど多軸に展開し始めている。拠点や取引先が10倍に増えれば、管理すべき接続経路は120倍に膨らむ。この移行に従来型のERPで対応しようとすること自体が、太田代表のいう「死の谷」だ。「今までと同じように歩いていたら死んでしまうかもしれない」

▲オントロジーの考え方を解説する太田代表
太田代表がこの死の谷を越える鍵として提唱するのが「オントロジー」(共通言語)の考え方だ。対談では「皆さんの持っている感覚やナレッジを言語化し、共通言語化していくこと」と説明した。例えば、ある物流企業が、ある取引ではフォワーディングを担い、別の取引では倉庫業務、また別の案件では通関業務だけを行うというケースがある。1社でありながら文脈によって役割が異なる。実務ではそれを人間が判断して進めているが、こうした関係性をデータとして表現できるようにするのがオントロジーの役割だ。
対談のなかで筆者がイメージしたのはコンテナ革命との類似性だ。コンテナは中身を標準化したのではなく、箱のサイズと固定方法というインターフェースだけを共通化した。結果として中身が何であれ世界中どこへでも運べるようになった。オントロジーも同様で、各拠点の業務プロセスや各社のシステムはそのまま活かしつつ、データの接続方法(インターフェース)だけを標準化する。太田代表は別のNote記事で野中郁次郎教授の「ミドル・アップダウン・マネジメント」を引きながら、「画一化ではなくつなぐ標準化」の重要性を論じている。太田代表の比喩を借りれば「ERPというお城を増改築するのではなく、お城の外に高速道路を敷く」。具体的には、日本企業がベトナムの工場からインドの販売先に製品を直送する際、出荷情報が東京本社のエクセル担当者を経由しなくても済むようになるということだ。

▲導入事例の説明に耳を傾ける赤澤編集長
Zenportはこのオントロジーの考え方を実装したグローバルSCのデータハブとして、現在15か国、100社で利用されている。対談で太田代表が紹介した導入事例では、ある企業が調達業務とPSI(生産・販売・在庫)を同期させることに成功した。
この顧客企業では、箱に複数の菓子類のピースを詰め合わせてアソート商品を生産・販売しており、ピースはそれぞれ別の荷物として扱われている。そのため、1つのアソートを作るには、別々に送られてくるピースがそろわなければならないが、発注数量に対して何がいつ届くかがリアルタイムでわかるようになり、箱詰め工程の開始時期を画面上で判断できるようになった。導入から4-5年が経過し、現在も社内で利用範囲を拡大中だという。
コミュニケーション作業(メール、電話だけでなく、エクセルの作成・転記・再加工を含む)は50%程度の削減に至っている。太田代表は「コミュニケーションが減っているのに意思決定の質が上がっている」と話しており、転記や照合に費やしていた時間が、スケジュール変動への対応判断やルート変更の意思決定に振り向けられるようになった点を、危機下での効果として強調した。
一方で、「導入してもすぐには変わらなかったこと」として太田代表が挙げたのは、複雑な業務に対するユーザーの習熟だ。「ソフトウエアに習熟しないと使いこなせないハードルはある。自分の業務をどこまで標準化するか、バッサリ切れるかということにもよる」。大規模な組織ほど、この標準化と単純化の設計が導入の成否を分ける。
ZenportはAI(人工知能)によるPDF船積書類の自動構造化サービスも展開しており、すでに一部の顧客ではインボイスなどのPDFを投入すると基幹システムのデータ形式に自動変換されるところまで実現している。太田代表は「将来的にはAIが業務そのものを代行する部分も出てくるが、100%にはならない。在庫最適化の計算など、違うAIの活躍の仕方も出てくる」と見通しを語った。
有事の経営判断、CLOとデータ基盤
ホルムズ海峡がいつ正常化するかわからないなか、荷主企業や物流企業は何から始めるべきか。太田代表は二つの要素を挙げた。一つは「答えがないなりに考え続けること」。全体像は誰にもわからない。しかし、どこにどういう痛みが起こりうるかを手探りでも考え続け、議論し、協力すること自体が重要だと太田代表は説く。もう一つは「見える化」。深く考えたことをアクションに結びつけるには、SCの状態がデータとして見えている必要がある。重い投資を先行させるのではなく、まず素早くデータの可視化と蓄積に着手することが出発点になる。

▲コロナ以降に頻発している「有事」では、各プロセスで混乱が発生する
4月1日のCLO(物流統括管理者)選任義務化との関係について、太田代表は「物流は物流だけで単体で存在するものではない。物を運んでいる先にプロセスがあり、その先にビジネスの結果がある。全てをつないでいる動線が物流だ」と話した。CLOの本来的な役割は、その動線を全体像として見える化し、経営の意思決定にどう関わるかをデータで示していくことにある。
CLOを設置しても機能しない企業が多い現実については「物流を狭く捉えてしまうと、物流が果たしている役割が逆に見えなくなる。販売、生産、調達といったいろいろな機能とつなぎ合わせて考えることができれば効果は大きいが、縦割りの組織の中でそれをやりきれないケースが多いのではないか」と分析した。CLOに必要なのは物流の管理能力だけではなく、調達・生産・販売・在庫・財務といった経営のKPIにSCの動線を接続するデータ基盤だ。ただし、データ基盤を整えても、部門間の権限設計や意思決定プロセスの再構築が伴わなければ、可視化されたデータが放置されるだけに終わるリスクは残る。仕組みと組織の両方を動かす覚悟が求められる。

▲対談を締めくくる赤澤編集長(左)と太田社長(右)
ホルムズ海峡特集でさまざまな角度から報じてきた危機の実相は、突き詰めれば「何がどこに、どうつながっているかが見えていない」という情報の問題に帰着する。CLO制度をはじめ、日本がこの数年取り組んできた物流改革の成果が問われる局面でもある。太田代表は「対応力を上げる、健全にしていくことが、この先の本当に難しい状況に対応していく上での第一歩になる」と語り、「皆さんが感じている痛みを共有しながら、一緒に社会を作っていく。本来苦しんでいるこの状態が、さらに新しいものを作る一歩につながるのではないか」と結んだ。ホルムズ海峡の封鎖が長期化するなか、その一歩を踏み出すまでの時間が企業ごとの耐性の差になりつつある。






























