国際国際エネルギー機関(IEA)のファティ・ビロル事務局長は21日、英国の国際問題研究所チャタムハウスで講演し、ホルムズ海峡の閉鎖が続けば世界の原油市場が7-8月に「危険域」(レッドゾーン)に入る可能性があると警告した。ただし「危険域」が価格、在庫、供給不足のどれを指すのかは明らかにしていない。3月のIEA加盟32か国による協調備蓄放出4億バレルは1日250万-300万バレルのペースで市場に流れており、初期放出分は8月初頭までに出尽くす計算となる。日本は原油の中東依存度が9割を超え、警告は燃料調達、石油化学製品、物流コスト、物価に直結する。(編集長・赤澤裕介)
ビロル事務局長の警告と備蓄放出の限界
ビロル事務局長は21日のチャタムハウス講演で、現在の危機について、1973年の中東戦争・石油禁輸、79年のイラン革命、22年のロシアによるウクライナ侵攻という過去3つの主要なエネルギーショックを合わせた規模を大きく上回ると述べた。同事務局長は「もはやエネルギー分野に地政学のこれほど長く濃い影が落ちたことはない」と指摘し、危機の根本的な解決にはホルムズ海峡の完全かつ無条件の再開が必要だとの認識を示した。
備蓄放出の時間軸について事務局長は、3月にIEA加盟32か国が決めた4億バレルの協調放出が史上最大規模で、各国の企業在庫や業界自身の在庫と合わせて市場を支えてきたとした上で、それらの在庫は終わりに近づいていると説明した。同事務局長は「6月下旬から7月上旬に旅行需要が立ち上がり、原油需要と消費が押し上げられる」と述べ、状況に改善が見られなければ7月または8月に市場が危険域に入る可能性があるとの見通しを示した。協調備蓄放出は1日あたり250万-300万バレルのペースで市場に流れているとされ、このペースで進めば初期4億バレルの最終供給が8月初頭に市場に届くと海外メディアは試算している。地域別の寄与は米州199.7百万バレル、欧州114.5百万バレル、アジア太平洋107.1百万バレルで、アジア太平洋分のうち日本が79.8百万バレルを占める。月次累積では3月末36百万バレル、4月末118百万バレル、5月末203百万バレル、6月末285百万バレル、7月末370百万バレルと推移し、8月初頭に4億バレルに到達する計算となる。
出所:IEA 3月11日リリース、3月19日加盟国別寄与確定、5月13日Oil Market Report、ビロル事務局長5月21日チャタムハウス講演(日量2.5-3百万バレル供給を中央値2.75百万バレルで適用、本誌試算)
食料安全保障への波及にも踏み込んだ。事務局長は、ホルムズ海峡を経由していた原材料が原油にとどまらず、肥料、石油化学品、ヘリウム、硫黄など経済の生命線となる多様な品目に及ぶと指摘し、世界経済、特に発展途上国・新興国経済への影響が大きいとの認識を示した。同事務局長は、小麦、米、トウモロコシの生産費の大きな部分を肥料と軽油が占めると指摘した上で、エネルギー価格上昇が農業コストを通じて食料インフレを押し上げる可能性に警戒感を示した。
各国の物価指標には早くも反応が現れている。ユーロ圏の総合消費者物価指数はユーロスタット(欧州連合統計局)が20日に公表した4月確定値で前年同月比3.0%上昇し、23年9月以来の高水準となった。エネルギーの寄与は同10.8%上昇と23年2月以来の伸び幅を記録した。米国の4月消費者物価指数は3.8%上昇、エネルギー指数は17.9%上昇となった。一方、総務省統計局が22日に公表した日本の4月コア消費者物価指数は1.4%上昇と3月の1.8%上昇から鈍化し、コアコア指数は1.9%上昇となった。日本のエネルギー価格は3.9%下落と低下幅を縮めており、燃料油価格激変緩和措置と国家備蓄放出による下押し効果が背景にある。欧州主要国でもエネルギー寄与が物価を押し上げており、ドイツはモーター燃料が26.2%上昇、フランスは石油製品が31.4%上昇、英国はモーター燃料が23%上昇と22年9月以来3年半ぶりの高水準となっている。原油高と供給制約による再加速リスクは残る。
出所:総務省統計局5月22日全国速報、米BLS 5月12日公表、Eurostat 5月20日確定、英ONS 5月20日公表、独Destatis 5月14日最終、仏INSEE 5月13日最終、伊ISTAT 5月15日最終
日本の備蓄運用とサプライチェーンへの影響
日本の原油輸入の中東依存度は94%、ホルムズ海峡経由の依存度は93%に達する。経済産業省は3月16日、石油備蓄法第31条に基づく国家備蓄の放出を決定し、同時に民間備蓄義務量を70日分から55日分に15日分引き下げた。第1弾の国家備蓄原油放出量は当面1カ月分に相当する約850万キロリットル、第2弾は5月1日から順次放出される約580万キロリットル・20日分・約5400億円で、産油国共同備蓄6日分の放出と合わせた供給体制を整えている。IEA協調行動における日本の寄与量は79.8百万バレルで、加盟32カ国合計4億バレルの2割を占める。
出所:経済産業省3月16日、3月24日、4月15日、4月24日、5月15日各リリース、資源エネルギー庁「エネこれ」、内閣官房3月31日資料
ENEOS、出光興産、コスモ石油、太陽石油など元売り各社は、米国産原油の調達拡大、サウジアラビアのヤンブー港経由、UAEのフジャイラ港経由を組み合わせた複数ルート運用に切り替えている。コスモ石油千葉製油所には4月26日に米国産原油14万5000キロリットルが入荷し、3月22日に米テキサス州を出発してパナマ運河経由で35日間の航海となった。サウジアラビアの紅海側ヤンブー港経由の中東産原油は3月28日に太陽石油菊間(愛媛県)に初着、UAEのオマーン湾側フジャイラ港経由は4月5日に初着している。
レギュラーガソリンの全国平均は18日時点で1リットル169.2円となった。燃料油価格激変緩和措置の支給額は14-20日適用分が42.6円、21-27日適用分が41.8円で、4月以降の縮小から再拡大する流れとなっている。基準価格は170円に据え置かれている。軽油の補助金単価はガソリンと同額で運用されており、4月1日の軽油引取税暫定税率17.1円の廃止は補助縮小に先行組み込み済みのため店頭価格への追加効果はない。物流業者にとっては実勢価格が原油と為替で決まる仕組みに移行している。燃料補助の総財源約1兆800億円のうち、4月末時点の累計支出は1000億円で、残高は9800億円となっている。
出所:資源エネルギー庁「燃料油価格激変緩和措置」公式サイト、推移グラフPDF、エネこれ。財源消費は野村総合研究所木内登英氏5月13日コラム(政府5月7日公表値を引用)
石油化学分野では、石油化学工業協会が21日に発表した4月のエチレン生産設備稼働率が67.3%と、3月の68.6%に続いて過去最低を更新した。1996年以降のデータ系列で09年3月の74.1%を大きく下回り、好不況の目安90%を43か月連続で割っている。在庫取崩しによって主要樹脂の出荷水準は前年平均並みを維持しているものの、ナフサ代替調達と価格高止まりへの懸念は残る。同協会の工藤幸四郎会長は会見で、5、6月に向けて稼働率は70%前後まで回復するとの見通しを示した。5月のナフサ調達は米国などからの中東外調達が通常時の3倍を超える水準に達しているとされる。
出所:石油化学工業協会月次統計、5月21日工藤会長(旭化成社長)会見
帝国データバンクの集計では、ナフサ由来製品サプライチェーンに関連する製造業は全国4万6741社にのぼり、対象15万社の30.4%を占める。フクビ化学工業は4月1日以降、全製品の供給制限と価格改定に踏み切った。アドブルー(高品位尿素水)の不足はトラックの排ガス浄化装置に影響する二重制約として続いており、ビロル事務局長が示した「危険域」入りの時期は、川下分野での製品不足が広がる時期と重なる。
物流業者にとって燃料コストの先行きを見極める材料として、本誌は2026年3月に確立した軽油価格シミュレーション計算式に基づくシナリオ別試算を提示する。22日時点のブレント原油は104.52ドル、ドル円は159円で推移しており、補助金除外ベースで軽油小売は1リットル256円相当、補助41.8円を差し引いた実質負担は214円相当となる計算。ホルムズ海峡の完全閉鎖が長期化し原油150ドル・為替155円まで進めば、補助なしで軽油は352円に達し、現在の店頭価格160円の2倍を超える水準となる。
出所:本誌独自試算(2026年3月確立の計算式)。起点は原油65ドル・為替149円・本体価格115円。円建て倍率=(新原油×新為替)÷(65×149)、本体倍率=円建て倍率×1.1、軽油小売=新本体+15.0(軽油引取税本則)+2.8(石油石炭税)+(新本体+2.8)×0.10(消費税)。軽油引取税暫定税率17.1円/Lは2025年11月から補助金に先行組み込み済みのため、2026年4月1日の暫定税率廃止で消費者への追加値下げ効果はゼロ。
北海油田増産論への否定と日本への含意
ビロル事務局長は4月29日に公表された英国メディアの単独取材で、英国内で続く北海油田の新規開発議論にも踏み込んだ。同事務局長は、英国の将来は再生可能エネルギー、原子力、天然ガスを電源とする電化にあると述べ、北海油田の新規開発はコストが高く、国際的な原油価格に影響を与えないとの見方を示した。
事務局長は、世界最大のエネルギー輸出国である米国でさえ消費者は国際原油価格の影響を受けており、英国の新規油田開発が世界の原油価格や英国消費者の価格負担を軽減することはないと指摘した。同事務局長は「英国は国際市場における重要な輸入国であり、価格決定者ではなく価格受容者であり続ける」と述べた。発言は21日のチャタムハウス講演で改めて取り上げられ、化石燃料増産による安全保障論への警戒を改めて示した。
事務局長は同時に、国際要因による原油価格の上昇が各国の国内政治で利用されるリスクにも触れた。「ヨーロッパや英国などの政府は国際的な緊張に対してできることが多くはない。しかし一部の急進的な政治勢力が、これを既存の政治システムの失敗として悪用する可能性がある」と述べた。
日本の中東依存度94%という現状は、国内資源開発による解決が現実的でないことを示している。資源エネルギー庁は3月以降、民間備蓄義務量の引下げ、国家備蓄第1弾・第2弾の放出、産油国共同備蓄の活用、米国・中東外ルートの調達多様化を組み合わせて運用している。対応の軸足は化石燃料増産から、備蓄・調達ルートの多様化・電化・需要抑制を組み合わせた運用へ移っている。
「ホルムズ危機が国内物流に直結、中東原油9割依存」(3月1日掲載)
ホルムズ海峡の実質封鎖が日本国内物流に与える初期影響を整理した記事。中東依存の実態を押さえる前提として役立つ。
「備蓄放出、届くまで何日か」(3月14日掲載)
国家備蓄放出の実務的なタイムラグを解説した記事。ビロル事務局長の備蓄枯渇警告と合わせて読みたい。
「日本の原油調達、複数ルート運用へ急旋回」(4月29日掲載)
日本の元売り各社による複数ルート調達の最新状況を伝える記事。中東依存からの当面の脱出策の輪郭がわかる。
「備蓄放出でも届かないナフサ、21中分類に連鎖」(3月27日掲載)
備蓄放出が石油化学製品の不足を解消できない仕組みを解説した記事。本記事の川下分野への波及論を補強する。
「石油危機は製品不足局面へ、IEA月報」(5月13日掲載)
IEA5月月報で示された製品不足の進行を伝える記事。ビロル事務局長の警告の直近の市場認識を押さえられる。
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