調査・データAIスキルを要件とするサプライチェーン職の求人は3年で387%増えた。数字の背景には、他社を動かすという仕事の構造がある。AIに渡す制約と前提は自社と取引先の担当者の頭の中に散らばっており、書き出す仕事が先に要る。ガートナーの調査と筆者の見立てから、SCM・物流のAI導入で人が担う範囲を示す。
AIの求人は、SCM領域で最も速く増えている
世界で最も採りにくい職能は、AIになった[1]。その求人が最も速く伸びている領域が、サプライチェーンである。ガートナーは2026年6月、求人3500万件超の分析結果を公表した。
そのうちサプライチェーン関連の60万件を見ると、AIスキルを要件とするサプライチェーン職の求人は、23年第1四半期から26年第1四半期にかけて387%増えた。労働市場全体の伸びを大きく上回る。しかも、その58%が中堅以上の職位であり、新卒を採って育てていては間に合わない[2]。

▲サプライチェーンにおけるAI人材の不足(クリックで拡大、Gartner, Gartner Says There is an Outsized Need for AI Talent in Supply Chain、2026年6月15日をもとに筆者作成)
この数字を、「情報システム部門のエンジニア採用の話」として読んではダメだ。市場が求めているのは、AIモデルの開発者ではない。需給調整、配車、在庫配置といった業務の担当者に、「AIを扱う能力」が上乗せで求められていると見るべきだろう。
筆者は、これを技術者の不足ではなく、物流業務そのものの変質と見ている。
では、なぜその変質は、ほかの業務ではなくサプライチェーンで最も大きく現れるのか。答えは、物流という仕事の成り立ちにある。
物流は他社を動かす仕事
経理は自社の帳簿を管理する。
人事は自社の社員を管理する。
物流だけが、他社も管理する。
一足のランニングシューズが、原材料であるゴム農園のラテックスから、地球の裏側の店舗の棚に並ぶまでには、サプライヤー、フォワーダー、船社、運送会社、製造委託先、倉庫会社、卸、小売が「モノ・カネ・情報」をバトンのようにつないでいる。このうち自社がコントロールできるのは、多くの場合、一社か二社である。残りは「契約と関係」でつながっている。
この連なりを「サプライチェーン」と呼ぶ。これを一つの経営管理手法として扱う考え方が日本に広く浸透しはじめたのは、1990年代末から2000年代初頭にかけてである[3]。
問題は、管理の対象が企業の内側だけでなく、外側にも向いていることである。企業の内側は指揮命令でマネージし、外側は契約と交渉でマネージする[4]。物流(モノの流れ)は、企業の境界を毎日またぐ。境界の外にある資源を一つにつないで最適化することは、物流という仕事そのものだ。
「それはそうだ、毎日やっているからそれくらい知っている」と、読者の皆さまは言うだろう。しかし改めて、物流は企業の内外を行き来する、極めて珍しい業務なのだと認識してほしい。
近代史において、この「つなぐ」作業は人が担い続けてきた。結果として、どんな組織にもベテランの担当者が育つ。どの予測が甘めに出るか、どのサプライヤーには早めに発注しておくべきか、繁忙期に倉庫がどこまで出せるか。こうした熟練の知見を持つ彼らが、表計算と電話で、計画の裏側を支えている。彼らが休むと、物流の仕事は回らない。
AIに渡す材料
では、これらの仕事は、AIの導入で自動化し、最適化できるのか。
AI導入には三つの材料が要る。「目的」、「打ち手」、「制約」である。この三つに、その時々の数字である「前提」(与件)が加わって、初めて計算が始まる。金融セクターでは、これらの材料は比較的明確で、安定している。しかし物流では、材料の数値が曖昧か、交渉で決まるか、突然ひっくり返る。国内物流の例で見ていこう。
加工食品メーカーの新商品が大手スーパーに採用され、2週間の特売が決まった。営業組織は、採用直後の特売で欠品を出したくない。追加発注が1ケースであっても、翌日には届けたい。物流組織は、火曜と金曜の定番便に相乗りさせ、パレット単位でまとめたい。木曜は卸センターの入荷予約が定番便で埋まっているため、出荷はできない――。
営業担当者には「欠品のプレッシャー」がある。公正取引委員会の食品サプライチェーン取引実態調査では、回答企業の85.2%が欠品時の取り扱いに不満を挙げた[5]。物流担当者には「波動平準化の責任」がある。加工食品の月別輸送量は、平均に対して+23.1%から−27.4%もの幅で動き続けるが[6]、ドライバーの拘束時間は一日13時間以内に収めなければならない[7]。
この場面で、三つの材料はどうなっているのだろうか。
「目的」は、利害の調停そのもの
営業は欠品を最小にしたい。物流は積載率を上げ、追加の物流費を抑えたい。
どちらも正しく、どちらも別のKPIで動機付けされる。相手が別会社なら、なおさらである。卸センターの入荷枠は卸のKPIで、協力会社の車両は協力会社の採算で決まっており、どちらも自社の欠品率を考慮していない。
販売・業務計画の会議に参加したことのある読者なら、欠品許容率の数字を一つ決めるまでにどれだけの調整が要るかを知っている。さらに悲しいことに、需要が大きく振れた途端に例外対応となり、調整そのものに意味があるのかと疑問を抱きながら仕事をした経験もあるかもしれない。
「打ち手」は、システムの中にある
どの協力会社が何台まで融通できるか、どの路線にもう一台入るか。形式も、定義も、鮮度も違う。これらを手に入れるためには、交渉と信頼があってこそだ。システムインターフェースをつなげばよいといった安直な話ではない。
「制約」は、全て文書にしきれない
卸センターの入荷枠は何枠あるのか。発注の締め時刻は何時か。この便は何段まで積めるのか。答えは現場の運用の中にあり、誰の頭にあるかは、聞いてみないと分からない。
AI導入の初手ー人間の頭の中を書き出す
AIは、ベテランの頭の中を読めない。だから、AIを働かせる前に、人がやることがある。「目的」、「打ち手」、「制約」を書き出し、そこに「前提」を流し込むことである。
これらがないと、AIは条件を勝手に補い、もっともらしい案を返す。マルチエージェントの失敗1,642件を分析した研究では、失敗の44.2%がモデルの性能ではなく、仕様と設計の不備に分類された[8]。裏を返せば、条件を書き切れば結果は安定する。
書き出しをして、条件をそろえるには、どうすればよいか。制約と前提を知っている人のところへ行く。それ以外に方法はない。
調べに行く先は、自社に三つ、他社に三つある(図表)。営業、物流、倉庫の担当者と、協力運送会社、卸センター、得意先である。
行って、何を聞くのか。規則や帳簿の数字ではない。それはシステムを開けば出てくる。聞くのは、その裏にある数字である。
・前提の読み:予測に載っている上乗せ分は何割か、発注書の日付から着荷は何日ずれるか
ふだんは担当者の頭の中にあるものを、一つずつ、言葉と数字にして表に入れる。野中郁次郎氏が「表出化」と呼んだ、暗黙知を形式知に変える作業である[9]。
どこまで行けるのか。自社の分は自力でできる。他社の分は、聞けば答えてくれる関係があって、初めて分かる。書き出しの範囲は、信頼の範囲で決まる。
387%の正体はこれだ。求人票が探しているのは、自社のサプライチェーンを、機械が読める形に書き出せる人間である。お金を払って獲得できるのは、AIを知っている人間だけである。自社のサプライチェーンを知っている人間は、市場に出回らない。
AI導入時の役割分担ー人間の意思決定
制約と前提を書き出せれば、AIは動く。数往復のやり取りで、互いの制約を満たす組み合わせを探し、譲れる幅を出し合う。人が数日かけていた調整は数分で終わる。ここまでは機械の領分である。
だが、出てくるのは一つの答えではない。制約をすべて満たしたうえで、どれも成立する複数の案が、幅として返ってくる。
欠品を抑えれば物流費が読めなくなり、物流費を抑えれば山場で欠品する。
どの案も、何かを良くすれば何かが悪くなる関係にあり、計算だけでは優劣がつかない。しかも、最も効率のよい案は、在庫を卸のセンターに押しつけ、協力会社のドライバーを拘束時間の上限まで使うことで成り立っていることさえあるのだ。
したがって、数学として正しい答えが、取引先にとって飲める約束とは限らない。新規採用の直後で信用を積みにいく場面なのか、利益率を守る場面なのか。この材料は、社内のどのデータベースにも入っていない。
AIは「最適化」を行い、複数の選択肢を提示できる。しかし、サプライチェーンの全体で「合意」を得ることはできない。
だから、人間が最後に意思決定を行うのだ。
AIを活用するための組織ケイパビリティ
ガートナーが26年8月に公表した調査では、最高サプライチェーン責任者(CSCO、Chief Supply Chain Officer)の55%が、AI投資の回収を明確に説明できないと答えた。デジタル投資の67%がAIに向かっているにもかかわらず、である[10]。
筆者は、これを効果が無いからだとは見ていない。以下の問いかけに、答えられる人がいないからだ。あなたの組織は答えを持っているか。
誰が制約の知見を持っているか?
制約を知っている担当者の名前を入れられるか。自社の分は埋まるだろう。他社の分で、入荷枠の実数や融通できる台数を即答してくれる相手の名前が出てこなければ、書き出しはそこで止まる。AI導入の最初の壁である。
どの取引先(組織)と信頼関係を築くことができるか?
他社の制約と前提は、システムをつないでも手に入らない。相手の採算や運用の実態を教えてもらえる関係が先にあって、初めて数字になる。どの取引先とその関係を築くかは、どのAIを選ぶかより前に決める問いである。
波動の幅をどの局面でどこまで許容するか?
AIが返す案は幅で出る。欠品と物流費のどちらをどれだけ取るかは、新規採用の直後と、定番化した後とで同じではない。局面ごとに許容する幅を営業と物流の間で先に決めておかなければ、幅のどこを選ぶかをめぐって、会議は元の議論に戻る。
この問いかけをおざなりにして、SCM領域でのAIの導入はできない。人の仕事の範囲が決まってこそ、機械の役割が定まるのだ。

■大野有生(おおの・ありき)
Nexgen Japan株式会社 代表取締役・物流AIアーキテクト。専門は、AI・フィジカルAIシステム開発。NTTデータで物流・SCM領域のITコンサルティングとAI導入を手がけ、Visa Worldwide、東京海上ホールディングスグループを経て、2026年より現職。ケンブリッジ大MBA、東工大経営工学専攻 学士・修士(SCM・国際物流)。JILS先端ロジスティクス研究センター、ロジスティクス経営士専門委員会 委員。世界経済フォーラムコントリビューターを務める。
[1] ManpowerGroup, 2026 Global Talent Shortage Survey(41の国と地域、39,063社、2025年10月1日から31日に実施)
[2] Gartner, Gartner Says There is an Outsized Need for AI Talent in Supply Chain(2026年6月15日。Coresignal提供の求人3,500万件超、うちサプライチェーン約60万件を分析)
[3] 圓川隆夫「制約条件の理論が可能にするサプライチェーンの全体最適」DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー、1998年11月号。圓川隆夫編著『戦略的SCM 新しい日本型グローバルサプライチェーンマネジメントに向けて』日科技連出版社、2015年
[4] Coase, R. H. (1937) The Nature of the Firm. Economica, 4(16), 386-405.
[5] 公正取引委員会、食品サプライチェーンにおける取引実態調査報告書(2025年5月)
[6] 国土交通省、加工食品物流に関する資料
[7] 自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)
[8] Cemri, M. et al., Why Do Multi-Agent LLM Systems Fail? NeurIPS 2025
[9] 野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』東洋経済新報社、1996年
[10] Gartner, Gartner Survey Finds Majority of Chief Supply Chain Officers Unclear on AI Investment Returns(2026年8月5日)
「エージェントは対立に値段をつける。物流AI実装の現在地。」
https://logipoke.com/event/logi-dx-mirai/202609
モデレーター:赤澤裕介編集長
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