話題本記事の前編では、発災後も使用されていない避難所を「災害フルフィルメントセンター」(災害FFC)として活用し、プッシュ型からプル型の支援に切り替えるアイデアについて説明した。後編では、災害FFCを稼働させるためのWMS(倉庫管理システム)と、需給調整機能を備えた「災害救援物資クラウド」について検討したい。(イノベーティブソリューションズ・細江浩)
被災地には、国や自治体からの救援物資だけではなく、民間企業や団体からの救援物資も大量に届く。これらすべての救援物資を一元的に扱うことができれば、効率的なサプライチェーンを構築できる。災害FFCは避難所の背後にあって、担当する1つもしくは複数の避難所から物資のニーズを収集して発信する情報拠点であり、避難所に必要な物を必要な分だけ供給する物流拠点である。支援物資のムダをなくし、避難所を健全な状態に保つ役割を果たす。
災害FFCを支える「災害救援物資クラウド」
災害救援物資クラウドとは、災害FFCの設置から、実際の運用までをクラウド上に短時間で構築できるコンピュータシステムで、救援物資を供給する側と受け取る側を結ぶ全国規模プラットフォームを想定している。このシステムを運用し、プッシュ型のサプライチェーンをプル型に変えるには、まず被災者側が需要を発信しなければならない。発災直後であれば、災害FFCが被災者に代わって需要を発信することも想定されるだろう。情報発信には、場所を選ばないスマートフォンが適していると考える。
また、限られたスペースの中で、在庫管理の経験のない人が運営に携わる災害FFCでは、全てのオペレーションが限りなくシンプルでなければ機能しない。避難所に届いた救援物資の入荷オペレーションをシンプルにするためには、事前入荷情報(ASN)とケースへのID表記のセット、いわゆるケースレベルASNの採用が必須である。ASNが事前に届き、現物のケースIDをスキャンすることでASNと照合でき、開封しなくとも何が何個入っているかがわかる。加えて、1ケースに複数品目を詰め込む「混載」を避け、単一品目にするのも重要である。
2時間で物流センターを稼働させる
前編では、「2時間で稼働できる物流センター機能」について言及した。「そんなことができるわけない」と思われた方も多いのではないだろうか。しかし、筆者はやる気になればできると思う。
トヨタ系の企業には「外段取り化」という言葉がある。リードタイムに影響するメインプロセスを、リードタイムに影響しない事前準備や並行プロセスに移行することで、全体の作業量に変更がなくともリードタイムを短縮することを言う。つまり、事前準備や訓練を徹底すれば、「2時間で稼働できる物流センター」を実現できるというわけだ。具体的には、以下の準備が求められる。
(1)システム側の準備
・避難所や備蓄倉庫などの位置情報と、救援物資の分類や品目などの事前登録
・事前準備と発災後の運用マニュアルの整備
(2)自治体側の準備
・避難所を災害FFCとして利用する際の最低限必要なゾーンやロケーションの設定
・災害FFCの運営要員候補(物流事業者)の事前依頼
・ヘルプデスクの設置
・災害FFC設置・運営マニュアルの整備
・災害FFC設置トレーニングの実施
WMSの開発段階で、従来なかったであろう「2時間で稼働できる」要件について、運用プロセスを徹底検証する必要性は言うまでもない。事前準備段階では、避難所の登録なども物流専門家による実地調査を行い、事前に搬入搬出口、保管レイアウトなどを想定しておいた方がよい。システムの機能については、設置初期段階で大まかなゾーンで緩い物資管理を行い、品目、在庫の増加に伴い、ロケーションでの単品管理や、常備品の後補充など運用管理レベルの向上に合わせて機能アップできる作りにしておくとよいだろう。
災害FFCの運用に必要な資機材
災害FFCでは、物流事業者が日常的に使用している資材・機材を活用するため、災害時の貸与契約を締結し、いくつかの避難所に資機材を備蓄しておくとよい。システム機器については、備蓄に適さない携帯電話やタブレットを避け、ギガスクール(教育現場でパソコンやタブレットを活用する取り組み)の予備機などの利用や、私物の流用を基本とする。バッテリーの備蓄は必要かもしれない。携帯型ラベルプリンターを専用用紙とともに備蓄しておくと、作業効率が飛躍的に向上する。
今後の課題
避難所への救援物資供給に関しては、災害が起こるたびに問題が発生しており、研究もされてきている。筆者が本稿のアイデアを思い付いたのは、イノベーティブ・ソリューションズを起業した2014年だった。通信系GISの企業や地方自治体に提案してみたものの、「災害時にしか機能しないシステムの開発費用を負担するところはないのではないか」と言われ、その後、筆者も社業が忙しくなり放置してきた。
今回のコロナ禍で、アプリが緊急に開発されたが苦戦している。災害物流はかなりダイナミックな仕掛けが必要である反面、被災地のオペレーションであることから、ある程度のトレーニングを受ければ物流専門家がいなくとも直観的に活用可能にする必要があるなど、システム側には高度な要求となる。一回で完全なものは出来ないだろうが、残念ながら災害は継続して発生する。日本はシステムだけでは弱いが、「システム+オペレーショナルエクセレンス(洗練された業務改善)」によって成立する災害ロジスティクスは、日本独自のビジネスモデルづくりのヒントになるのではないだろうか。
■細江浩氏 略歴
イノベーティブ・ソリューションズ代表取締役。同志社大学卒。豊田自動織機IT部門でL&Fカンパニー担当となり、トヨタ生産方式のシステム化に従事、独自のWMS、MESを企画開発などの功績を上げる。2001年に米・EXEテクノロジーズでディレクターを務め、2003年には日系ECベンチャー常務取締役時に米・MA社総販売代理権を取得。2005年、中国オフショア開発会社の代表取締役時にNTTデータに売却し、NTTデータ・チャイナ・アウトソーシング代表取締役副社長となる。2017年より日本システム技術社外取締役を兼務。
共著:『図解MES 活用最前線』(2004年)