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Professional TALKS/細江浩氏(イノベーティブ・ソリューションズ)

災害時のプル型救援物資ロジスティクス[前編]

2021年9月1日 (水)

話題東日本大震災以降、全国の自治体が防災計画の見直しを行っている。東京都の被災想定では、従来より被害が甚大で、都市部では発災後3週間は救援物資が届かない事態を想定している。筆者は災害発生時のロジスティクスに着目し、被災者の生命維持、クオリティオブライフの向上を目的とした、災害前の備蓄を支援する「防災クラウドRSM(ローリング・ストック・マネジメント)」や発災後の「災害救援物資クラウド」のモデル化を検討してきた。

本稿では、クラウドと携帯電話網を利用した「2時間で稼働できる物流センター機能」と「需要と供給のリアルタイム把握および調整機能」を用いて、避難所に救援物資を効率的に供給するモデルを提案する。前編では、「災害フルフィルメントセンター」の設置に関するアイデアを、後編では「プル型」を実現するシステムについて解説する。(イノベーティブ・ソリューションズ 細江浩氏)

プッシュ型の救援物資供給の問題点

災害発生後の救援物資の供給については、毎回次のような問題が発生している。

(1)物資が届かない
(2)避難所が物資であふれてしまう
(3)必要な物が届かない

「必要な物資の不足」と「不要な物資の過多」は避難現場に大きな負担をもたらし、被災者の生活の質を著しく低下させる。発災直後は被災者の生命維持が最重要課題であるため、強力なプッシュ型で生命維持に必要な最低限の物資がセットされた形での供給が有効である(1人1ケース配布することで所要量が把握しやすい)。

ただし、時間の経過とともに、物流機能の末端である避難所には不要物があふれ、避難スペースを圧迫することになる。基本的に避難所からの不用品のリバース物流はムダである。近年の大規模災害では、避難所に長期間とどまらざるを得ないことが多く、生命の危機が去った後もプッシュ型を続けていると、被災者が本当に求めているものを入手できず、ストレスが大きくなる。

▲過多な物資供給が問題視されるプッシュ型のサプライチェーン(クリックで拡大)

必要物資の不足や、ニーズとのアンマッチの主な原因は、(1)物流拠点の不足(2)物流ノウハウの欠如(3)オペレーションの錯綜(4)情報の欠如――が挙げられる。

これらの解決策として、被災者の近くに位置し、ニーズを吸い上げ、情報を発信する「災害フルフィルメントセンター」の設置と、リアルタイムな需給調整を広域で行う「災害救援物資クラウド」の構築が必要と考える。

災害フルフィルメントセンターの設置要件

「災害フルフィルメントセンター」と「災害救援物資クラウド」があれば、プッシュ型の押し込みによる弊害をなくし、被災者のニーズに合ったものをジャストインタイムに届けることができる。

▲受給バランスに則り物資を供給するプル型のサプライチェーン(クリックで拡大)

筆者は避難所の役割を新たに定義してみた。災害時に被災者の生活の場となる従来の避難所と、避難所として使われていない最寄りの避難所を分け、後者を短時間で物流拠点にするというのが、今回の提案である。

避難所は、住まいを失い、地域での生活を失った被災者の拠り所であり、在宅で不自由な暮らしを送る被災者の支援拠点にもなる。しかし、東日本大震災では、避難所における「生活の質」に多くの課題が残った。水、食料、トイレなどが不十分で、暖房は限定的であり、狭い空間の生活によって、多くの被災者が体調を崩すおそれととなり合わせの生活だった。

▲空きのある避難所が災害時の物流に有効的に作用する

避難所として使用されなかった近隣の避難所は、広さと安全性において、緊急時の物流拠点として有効だ。災害発生直後、避難所の設置と同時に災害フルフィルメントセンターを設置することにより、その後の支援物資の供給に関わる業務を円滑に行うことができる。避難所で生活する被災者の近くにあって、避難所のニーズに応じた物資をタイムリーに供給できれば、被災者の生活の質を維持、向上することができる。なにより、事前に設置場所が把握できる点が、緊急時に短時間で設定することに適しているだろう。

避難所では物資の受入と管理を行う要員が不足し、輸送車両が通る道路事情も悪い。必要な物資を必要なタイミングで供給する災害フルフィルメントセンターの設置要件は、(1)被災してなく、かつ避難所に近いこと(2)避難所までの輸送ルートが確保できること(3)電源、通信回線が備わっていること――の3点だ。加えて、早期の設置につなげるためにGIS(地図情報)も必要となる。事前に避難所がマッピングされていれば、災害フルフィルメントセンターの設置場所を迅速に決めるのに役立つ。

▲事前に避難場所を把握することが効果的な救援物資につながる

発災後、災害フルフィルメントセンターを迅速に稼働させるには、(1)オペレーションの標準化(2)センターを2時間程度で稼働させることのできる究極のアドホック型クラウドWMS(3)携帯電話ネットワーク(4)簡易な運用マニュアルの整備とトレーニング――が挙げられる。ここまで標準化を進めておくと、平常時でも季節変動や新製品の発売など、一時的な物量の増加に備える営業倉庫に利用可能だと思われる。

後編では、「災害救援物資クラウド」のシステム概要と現場の運営方法を解説する。災害フルフィルメントセンターは、救援物資供給におけるプッシュ型をプル型に変える意味で非常に大きな意味を持つ。同センターを効果的に稼働させるのに必要な機能要件について考える。

災害時のプル型救援物資ロジスティクス[後編](21年9月8日掲載)
https://www.logi-today.com/454778

■細江浩氏 略歴
イノベーティブ・ソリューションズ代表取締役。同志社大学卒。豊田自動織機IT部門でL&Fカンパニー担当となり、トヨタ生産方式のシステム化に従事、独自のWMS、MESを企画開発などの功績を上げる。2001年に米・EXEテクノロジーズでディレクターを務め、2003年には日系ECベンチャー常務取締役時に米・MA社総販売代理権を取得。2005年、中国オフショア開発会社の代表取締役時にNTTデータに売却し、NTTデータ・チャイナ・アウトソーシング代表取締役副社長となる。2017年より日本システム技術社外取締役を兼務。
共著:『図解MES 活用最前線』(2004年)

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