話題日本企業にとってオランダはなぜ欧州進出の有力な拠点となるのか。欧州周辺国が経済的に伸び悩むなか、日本企業のオランダ進出が続く。
日本貿易振興機構(JETRO、東京都港区)アムステルダム事務所の奥井浩平所長への取材から、欧州の物流ハブとしての優位性やフードテックなどの新産業構築の最前線を解き明かす。
圧倒的な物流インフラと制度の信頼性
オランダの魅力は地理的なアクセスの良さと高度に整備した物流インフラだ。欧州最大の取扱量を誇るロッテルダム港やスキポール空港を擁し、欧州域内外の貨物輸送を一手に支える。奥井氏は「道が圧倒的に素晴らしい。4から5車線の高速道路が整備され、路面が平坦でほとんど揺れない。デリケートな精密機器を運ぶ際にも大きなメリットがある」と語る。
事故や渋滞の発生率も低く、きわめて高い輸送の安定性とスケジュール管理の容易性を実現した。さらに、主要ビジネス街のアムステルダム南部からスキポール空港まで、電車でわずか7分でアクセスできる。
奥井氏も「この近さは世界でも類を見ない」と舌を巻く。 制度の信頼性も群を抜く。世界銀行のガバナンス指標で世界上位5%以内に位置し、治安の良さやセキュリティーの安定性への評価が高い。
英語環境も世界最高水準だ。非英語圏の英語習熟度指数で世界1位を獲得した。「現地の人々は文法的にも非常に正確な英語を話すため、外国人や日本企業にとってビジネスが極めてやりやすい環境が整う」(奥井氏)
欧州統括拠点としての存在感高まる
こうした背景から、欧州事業のリージョナルヘッドクォーター(地域統括拠点)としてオランダを活用する日本企業が増加した。在欧州の日系企業数は701社に達し、ドイツや英国、フランスに次ぐ第4位に位置する。在欧日本商工会議所の会員数も400社と、ドイツのデュッセルドルフに次ぐ規模まで成長した。
奥井氏は「欧州事業の統括機能としての進出が多く、中にはアフリカやアジアを含めたグローバル全体を管轄する企業も存在する」と説明する。英国の欧州連合離脱を機に、物流面や金融面のライセンス維持を目的としてオランダへ機能を移転するケースも目立つ。 近年は食品関連の大手メーカーやスタートアップによる関心が高く、新設や移転などの相談が絶えない。直近の1年半だけでも30社が具体的にオランダへ拠点を構築したという。
日本からオランダへの対外直接投資残高も高水準で推移し、特別目的事業体を通じた投資の割合が高いことも特徴だ。
取捨選択が牽引する農業の工業化と投資
オランダは国として注力する分野と捨てる分野を明確に区別する。単に人を多く雇うだけの労働集約型の工場や、電力を過度に圧迫するデータセンターなどの誘致には極めて消極的だ。高い技術力をもたらす研究開発拠点や高付加価値企業の誘致を最優先する。
その代表例がフードテックだ。ワーヘニンゲンは農業や食料分野の上流事業と研究開発が集積する都市だ。政府や大学、企業が一体となり、多額の補助金を投入して産学連携のエコシステムを強力に推進する。奥井氏が驚きをもって語るのはナスの栽培事例だ。
「オランダの施設園芸では日本と同一の栽培面積でありながら15倍という驚異的な収穫量を誇る。味の多様性を追求する日本とは異なり、サイズや形状が完全に均一化された安定品のみを生産する。どのスーパーマーケットを訪れても、全く同じサイズと品質のナスが工業製品のように並ぶ」
この統一規格化により、欧州周辺国へ輸出する際の取引安定性と収益性を飛躍的に高めた。限られた土地の価値を極限まで高め、農業生産性を爆発的に向上させた。培われた温室や施設園芸の高度な技術そのものも世界中に輸出し、世界の施設園芸設備の9割にオランダの技術が関与する。
日本企業による食品や農業分野への投資も活発だ。デンソーはオランダの野菜種子開発企業や温室設備メーカーを買収し、次世代農業技術の研究を強化した。
ヤクルト本社や不二製油グループ本社もワーヘニンゲン周辺に研究開発拠点を設置し、現地の知見を取り込む。
環境対策と水素ハブ構想の社会実装
環境対策でも独自の戦略を描く。オランダ政府はロッテルダム港やアムステルダム港を欧州における水素ハブにする国家戦略を掲げる。来年には本格的な設備稼働と実装が開始する見通しだ。
ロッテルダム港の沖合に展開する大規模な洋上風力発電などのクリーン電力を港湾エリアまで直接引き込む。「この電力を利用して水を電気分解し、製造工程で二酸化炭素を全く排出しないグリーン水素を現地で製造する」(奥井氏)
港内にはすでに全長32キロのパイプラインを敷設した。港の西側から水素を輸送し、港湾内の産業用途で消費する循環モデルが完成しつつある。奥井氏は「需要の拡大が発展途上なため、ターゲットを特定の産業用途に厳しく絞り込むことで着実な社会実装を図る」と分析する。
また、貿易面では輸出超過の国であり、2025年も過去最高の貿易黒字を記録した。自国で生産を行わない自動車などの機械類や輸送用機器、鉱物性燃料を輸入し、機械類や化学製品、高度に効率化された食料品を周辺国へ輸出する構造を維持する。日本に対しては輸入超過の赤字が続く。
物価高騰と人材獲得の壁
一方で課題も存在する。1人当たり国内総生産は2025年に7万3000ドルに達し、日本の2倍超の規模に拡大した。21歳以上の最低賃金は月額2500ユーロ(46万5000円)と非常に高い。インフレ率が大きく上昇し、物価上昇が常態化する。
住宅不足も深刻だ。「中古物件であっても平均40万ユーロ(7440万円)を超える。同じ物件に住んでいても物価上昇分が毎年自動的に家賃に上乗せされる契約が一般的だ」(奥井氏)
さらに、労働者を法的に手厚く守る環境もあり、人材確保の難易度はJETROの調査で欧州トップを記録した。企業は高いコストと厳しい雇用環境への対応が不可欠だ。
最先端エコシステムへの参入価値
それでもオランダの魅力は揺るがない。奥井氏はオランダを誘致する最大のポイントを次のようにまとめた。
「欧州周辺国が伸び悩むなか、日本企業がコストや制度面を含めたあらゆる要素をシビアに比較検討した結果、オランダへの進出が続く。この客観的な事実そのものが国の強力な魅力を証明する。欧州市場への汎用的なゲートウェイとしての魅力にとどまらない。半導体やフードテックといった特定の最先端分野では、ワーヘニンゲンなどの強力な産学官連携エコシステムに直接入り込むことができる。世界の最先端を行く現地の研究機関や大学とつながること自体に、世界的に計り知れないインパクトと戦略的価値が存在する」
圧倒的な物流インフラと革新的なビジネスモデルを併せ持つオランダは、日本企業が欧州戦略を描く上で欠かせない選択肢だ。
駐日オランダ王国大使館 経済・気候政策省企業誘致局は、物流・サプライチェーンやEUの関税・環境規制、税制など、欧州ビジネスに関わる最新情報を紹介するセミナーを9月に開催します。大阪・東京で開催される各セミナーの概要は以下のとおりです。
◆9月14日(月)大阪セミナー
「オランダ物流税制とEU関税・環境規制 (CBAM)」
【対象】西日本エリアの大手・中堅企業から中小企業まで、オランダに拠点を有する企業、または設立をご検討中の企業の皆様。
【内容】在大阪オランダ王国総領事館との共催、日本貿易振興機構(JETRO)の後援により開催します。オランダにおける日本企業の動向、スキポール国際空港の新戦略、EU関税制度の最新情報、CBAMの概要と実務上の対応についてご紹介します。
◆9月15日(火)東京セミナー
「オランダ物流税制とEU環境規制(CBAM)」
【対象】主に欧州市場への進出を検討されている中小企業の皆様。
【内容】JETROの後援により開催します。オランダでの日本企業の動向、物流事情、スキポール国際空港の新戦略に加え、欧州物流拠点としてのオランダの税制上の優位性や、今年から本格適用されたCBAMについて分かりやすく解説します。
◆9月16日(水)東京セミナー
「革新が進む欧州・オランダ物流とEU関税・環境規制 (CBAM)」
【対象】オランダに拠点を有する、または設立を予定している企業を中心に、欧州サプライチェーンの最適化を検討されている大手・中堅企業の皆様。
【内容】日本機械輸出組合(JMC)との共催により開催します。オランダにおける日本企業の動向、スキポール国際空港の新戦略、EU関税制度の最新情報、CBAMへの対応について詳しくご紹介します。
各セミナー終了後には、登壇者・専門家および参加者の皆様とのネットワーキングの機会として懇親会を予定しております。
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