
話題「法律で決められた最低限の義務だけ果たすというのでは、CLOではない」
フィジカルインターネットセンター(JPIC)理事長で、流通科学大学名誉教授の森隆行氏は、物流統括管理者制度の本格化をそう受け止める。2026年度から、一定規模以上の特定事業者に中長期計画や定期報告が義務付けられ、特定荷主・特定連鎖化事業者には物流統括管理者の選任も求められる。だが、制度対応そのものはゴールではない。問われるのは、経営が物流をコスト部門の問題から、調達、生産、販売、在庫、輸送、リスクを横断する経営課題へ引き上げられるかである。
制度は、CLO(Chief Logistics Officer)という言葉を企業内に広げる。しかし、権限も予算もデータもない人物を任命し、届出だけを済ませるなら、そこに生まれるのは改革責任者ではなく「名ばかりCLO」だ。森氏が強調するのは、CLO本人の努力以前に、任命した経営の責任である。
法定役職を「ゴール」にしない
森氏が最初に整理するのは、法令上の物流統括管理者と、JPICが提起してきたCLO像の距離である。両者は無関係ではない。むしろ法定の物流統括管理者は、CLO機能を社内に実装する入り口である。ただし、法定業務をこなすことと、サプライチェーン改革を主導することは同じではない。
「CLOのあるべき理想像と、法的に決められた役割を混同して、ハードルを高くしすぎている面もあるのではないか」。森氏は、制度に対応する企業側の戸惑いをこう見る。初めから完成されたCLOを求めれば、任命は進まない。一方、最低限の届出だけで満足すれば、制度は形骸化する。この2つの極端を避けなければならない。
重要なのは、法対応を終点ではなく出発点に置くことだ。物流統括管理者として中長期計画や定期報告に向き合う。その過程で、荷待ち、荷役、積載効率、発注条件、在庫配置、部門間KPIの矛盾を見える化する。そこからCLO機能を育てる。森氏の見方では、制度初年度の成否は「誰を置いたか」より、「置いた後にどう機能させるか」で決まる。
「CLOにならざるを得なかった人たち」も出てくるだろう。だからこそ、任命された人を孤立させてはいけない。役職が人を育てる余地はある。しかし、その前提は、経営が必要な条件を整えることだ。

初動は外部連携ではない
CLOに任命された人がまず何をすべきか。森氏の答えは簡潔だ。
「一言で言うと、サプライチェーン全体を可視化しましょう、そこからがスタート」
ここでいう可視化は、単なる物流費の集計ではない。どの部門が、どの条件で、どのタイミングで物流負荷を生んでいるのかを把握することだ。発注頻度、納品リードタイム、納品時間指定、在庫水準、配送頻度、荷待ち時間、荷役時間、積載率、返品、緊急出荷、委託先との契約条件。これらを調べずに共同物流や企業間連携へ進んでも、外から見栄えのよい施策に終わる。
森氏は、物流部門の担当役員に話を聞くと「調達は別部門」と返されることが少なくないと指摘する。ここに本質的な問題がある。調達条件が小口・多頻度納品を生み、営業条件が時間指定や緊急出荷を増やし、生産計画が在庫と輸送を揺らしているのに、物流部門だけが改善を求められる。これでは全体最適にはならない。調達部門と物流部門の分断は、コストの隠れた流出だけでなく、現場の疲弊や不調達リスクを直結させる。どれだけ安く買い付けても、運べなければ、そして倉庫に溢れてしまえば、それは企業の「負債」へと変わる。
CLOの初動は、社内を疑うことから始まる。物流現場に無理を押しつけている条件はどこで決まっているのか。部門別のKPIが全体効率を壊していないか。調達、販売、生産、物流、IT、経営企画のデータはつながっているのか。まず自社の歪みを見つける。社内で解ける問題を潰す。そのうえで、社外との共同化や標準化に進む。この順番を誤れば、CLOは「掛け声の担当者」で終わる。
CLOを動かすのは「任命した側」の覚悟
森氏の発言で最も重いのは、「CLOを任命した人の任命責任」という指摘だ。
CLOが機能しないとき、原因を任命された本人の力量不足にだけ求めるのは安易である。CLOは、調達条件も販売条件も生産計画も契約条件も動かさなければならない。物流部門の担当者に肩書きを与えただけでは、社内の権限構造は変わらない。
必要なのは、少なくとも4つの実行条件である。第1に、経営会議で議論できる権限。第2に、部門横断チームを編成する権限。第3に、必要なデータへアクセスできる環境。第4に、改善投資やKPI変更を動かす予算と制度である。これがないまま「物流改革を進めよ」と命じるのは、経営の責任放棄に近い。
特に危ういのは、CLOを物流部門の延長に閉じ込めることだ。荷待ち時間の短縮や積載効率の改善は重要だが、その原因は物流現場だけにあるとは限らない。営業が顧客との取引条件を変えられず、調達が発注単位を見直さず、生産が平準化に協力しないなら、CLOは現場改善以上に踏み込めない。
制度初年度の最大のリスクは、権限のないCLOを任命して、経営が責任を果たした気になることだ。名ばかりCLOは、物流改革を進めないだけでなく、改革が進まない責任を個人に押しつける装置にもなる。森氏の「任命責任」という言葉は、その危うさを突いている。
リスク時代のCLOは、コスト削減係ではない
CLOの役割を物流費の削減に限定すると、これからのサプライチェーンを見誤る。森氏が繰り返すのは、リスクが例外ではなく前提になったという認識だ。
「もはや想定外という言葉で片付けられない時代になった。リスクが当たり前の時代への対応が不可欠になっている」
自然災害、パンデミック、地政学リスク、国際輸送ルートの混乱、原材料調達の不安定化、人権・環境リスク。サプライチェーンを揺さぶる要因は、もはや一時的な事故ではない。コストだけを基準に拠点を集約し、在庫を絞り、輸送ルートを単線化すれば、平時の効率は上がる。しかし、有事には事業そのものが止まる。
CLOに求められるのは、効率とレジリエンスの両立である。どこに在庫を置くか。どの輸送ルートを残すか。代替調達先をどう確保するか。取引先とどこまで情報を共有するか。これらは物流部門だけで決められない。だからこそ、CLOはコストセンターの管理者ではなく、企業価値と事業継続を守る経営機能として位置づける必要がある。
厳しく言えば、物流を「現場が何とかするもの」と見ている企業は、すでにリスクを過小評価している。CLO制度は、その姿勢を可視化する。制度対応をしているかどうかではなく、物流リスクを経営の議題に載せているかどうかが問われる。
物流事業者も「受け身」では生き残れない
荷主側にCLOが必要なら、物流事業者側にも相手役が必要になる。JPICが提起するLPD、ロジスティクス・プロデューサーの考え方は、そのためのものだ。LPDとは、CLOと対等に議論・交渉できる視座、職務権限、能力を持ち、CLOのパートナーとなる物流サービス提供企業側の責任者を指す。
CLOが社内外の物流改革を主導するなら、物流事業者は単に荷主の条件を受けて運ぶだけでは足りない。現場データをもとに、荷待ちの発生要因、積載率の低下要因、配送頻度の過剰、拠点配置の非効率を示し、荷主の調達・販売条件に踏み込んで改善を提案できなければならない。
これは物流事業者にとっても楽な話ではない。受託者として指示を待つだけの会社は、CLO時代のパートナーにはなれない。輸送力、倉庫、マテハン、システム、データ、共同配送、標準化、リスク対応を組み合わせ、荷主の経営課題に提案できる会社だけが、CLOのカウンターパートになれる。
CLOとLPDの関係は、発注者と受託者の上下関係ではない。サプライチェーンを共に設計する関係である。この関係をつくれなければ、フィジカルインターネットも企業間連携も、構想から実装へ進まない。
協議会の役割は「任命前」から「任命後」へ
JPICが運営するCLO協議会の役割も変わる。制度開始前は、CLOとは何か、誰を任命するか、法制度をどう理解するかが大きな論点だった。制度が動き出した後は、任命されたCLOをどう機能させるかが焦点になる。CLO協議会やJPIC主催カンファレンスへの参加者は、24年からことし3月までに述べ1800人を数え、その一人ひとりがCLO体制を後押しする。森氏は、「CLOは決して一人じゃない」ことに気づいてほしいと語る。
新任CLOは、先進企業の事例を見て萎縮する必要はない。日清食品などの事例も、半年や一年で完成したものではなく、数年をかけた積み上げの結果である。森氏は「理想は高く掲げるべきだが、実行はできるところから一歩ずつでよい。一挙に全部やろうと考えなくていい」と語る。
ただし、「一歩ずつでよい」は「動かなくてよい」と同義ではない。最初の一歩は、社内サプライチェーンの可視化である。次に、部門横断の課題を経営に上げる。さらに、物流事業者と改善テーマを共有し、データとKPIをそろえる。地味だが、この順番を踏める企業だけが、CLOを制度対応から改革機能へ育てられる。
物流統括管理者制度は、CLOという肩書きを企業内に広げる。その肩書きが機能するかどうかは、任命された個人だけでは決まらない。経営が、物流を本当に経営課題として扱うかどうかで決まる。
CLOを名ばかりに終わらせる企業は、物流危機を制度対応でやり過ごそうとしている。CLOを機能させる企業は、物流をサプライチェーン改革の入口として使う。2026年度に問われているのは、選任したかどうかではない。選任したCLOに、会社を変える条件を与えたかである。

◆ この記事をより深く理解するために ◆
・四月一日物流改正の全体像(4月1日)― CLO選任義務化の制度概要と対象範囲
・新任CLOの初動100日プラン-物流を経営課題に(5月29日)―Hacobu佐藤健次CSOインタビュー前編。CLOの役割、物流投資、最初の100日プラン
・着荷主CLO、欠品ゼロをデータで問い直す(5月29日)― 同インタビュー後編。Hacobuの伴走支援と2035年の物流像
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