ロジスティクス物流業界において、労働環境の改善や現場の安全管理は「人手不足時代」を生き抜くための最優先課題だ。多くの企業が、頭を守るヘルメットや足元を守る安全靴を制服の一部として一括支給し、明確な安全基準を設けている。
しかし、現場の作業員の「手元」に目を移すと、奇妙な空白地帯が存在することに気づく。なぜか手袋だけが、作業員による自前の使い捨てや安物に委ねられているケースが極めて多い。この手袋の一括支給の見落としが、単に現場のリスクを高めるだけでなく、国を挙げて推進されている物流DX(デジタルトランスフォーメーション)の足かせにもなっている──この事実に気づいている企業は、一体どのくらいいるだろうか。

現場の死角となっているこの「手元」の課題について、作業用手袋の開発・販売を手がけるウィード(千葉市美浜区)のセーフティセールスグループマネージャー勝田孝行氏に話を聞き、現場の知られざる盲点を探った。
現場に潜む「手元のリスク」とDXの死角
「頭や足元にはコストをかける一方で、手袋は消耗品だから何でもいい、と安価な軍手などで済ませてしまう傾向が業界全体に根強くある」
勝田氏は、物流現場における手袋の現状をそう指摘する。同氏によると、物流倉庫や運送現場では、荷物の積み下ろし時の指の挟まれや、カッター・段ボールの断面による切創(切り傷)などの労災事故が絶えないという。
さらに現場の多様化も、この問題に拍車をかけている。
「現在、現場を支える女性作業員の割合が30%に達する現場も増えている。しかし、手のサイズに合わない、あるいはグリップ力のない手袋で重い荷物を扱うと、無駄な握力が必要となり、腕や腰への身体的負担を倍増させてしまう」(勝田氏)

▲セーフティセールスグループマネージャーの勝田孝行氏
こうした安全面・身体面の負荷に加え、見落とされがちなのが、物流DXの推進に伴う「作業効率の低下」だ。現在の先進的な現場では、タブレット端末やハンディターミナルを用いたデジタル管理が標準化しつつある。しかし、一般的な軍手や安価な手袋ではタッチパネルが正常に反応しない。
「端末を操作するために、手袋をわざわざ『外す』という無駄な動作が現場で頻発している。さらに深刻なのは、手袋を外した瞬間に『素手』になるということ。最も無防備な状態で次の作業へ移ることになり、これが予期せぬ重大な労災事故に直結している」(勝田氏)
デジタル化によって全体の効率を高めようとしても、末端の「手元」の装備が対応していないために、新たなリスクとタイムロスが生まれているのが実態だ。
こうした課題に対し、同社では本来通電しないゴム素材に導電材を配合し、素手と変わらない高感度な操作性を実現したタッチパネル対応手袋をすでに市場へ投入している。さらに現在、現場の飽くなきニーズに応えるべく、極低温下の環境にも耐えうる「冷凍冷蔵倉庫対応」の高機能モデルを開発中だ。現在、先進的な現場でのテスト導入や検証を進めており、近い未来の本格導入に向けて着実に実績を積み上げている。

▲同社のタッチパネル対応手袋。導電材の独自配合で素手感覚の操作性を実現。手袋が「脱がないDX」を可能にする
JIS規格の不在がもたらす「基準なき選定」
なぜ手袋だけがこれほど軽視され、個人の裁量に任されてしまっているのか。その背景には、国内における「作業用手袋の安全基準(JIS規格)」の不在があるという。
ヘルメットや安全靴には明確な国家規格(JIS規格)があり、企業側も「この基準を満たしたもの」をルールとして支給できる。一方で手袋には明確な国内統一基準がなく、選択肢が多すぎるために、企業側も「何を基準に選べばいいか分からない」というのが本音だ。結果として、最もコストのかからない使い捨ての軍手を作業員が自ら買い求める状態が放置されてしまう。
欧州には「EN388」という、耐摩耗性や耐切創性を数値化する明確な手袋の安全規格が存在し、これを基準に現場の装備を統一する動きがグローバルでは標準化しつつある。しかし、国内物流におけるこの視点の導入は、まだ始まったばかりだ。

▲他社で断られた難題も形にしてきた勝田氏。手袋がユニフォーム化されない死角とその実態を指摘する
勝田氏は、「手袋は単なる消耗品ではなく、従業員の健康を守る『保護具』であり、作業効率を高める『ギア(道具)』。この意識改革と、企業主導によるユニフォーム化(一括支給・管理)こそが、今後の物流安全管理の鍵を握る」と警鐘を鳴らす。
動き出した市場、現場の「気づき」が変えた選択
この「手元の安全性と効率性」という、業界が長く見落としていた課題に着目する企業が増えたことで、市場の構造も動き始めている。ウィードは、国内の手袋専業メーカーにおいて、2026年3月期には売上高60億円(国内外合計)を達成。これまで上位だった競合を抑え、業界シェア第2位へと躍進した。
同社の成長は、単なる一企業の成功にとどまらず、現場が「これまで当たり前として諦めていた課題」に気づき始めた証拠でもある。
例えば、全国に600店舗を展開する有名食品量販店では、店舗スタッフの95%以上が女性だ。段ボールの解体作業などでの手切事故が課題となっていたが、他業界の安全管理基準を取り入れたことで手袋の重要性がクローズアップされ、全社での耐切創手袋のユニフォーム化が一気に進んだ事例もある。

(イメージ)
また、航空業界における空港での荷物積み下ろし現場や、一瞬の油断が重大事故につながる現金輸送を行う大手警備会社の現場などでも、独自の指先挟まれ防止機能や、防寒・タッチパネル対応を兼ね備えた高機能手袋への切り替えが急速に進んでいる。
こうした動きに共通するのは、「安さ」ではなく「作業員の安全と、脱がずにデバイスを操作できる効率性」を天秤にかけた結果、手袋への投資がトータルコストの削減(労災防止・生産性向上)につながるという経営判断だ。
労働環境改善と「脱がないDX」へのパラダイムシフト
人手不足が深刻化し、定着率の向上が急務とされる物流業界において、従業員に「大切にされている」と実感させる労働環境の構築は急務だ。熱中症対策や運行管理のデジタル化には多額の投資が行われる一方で、最も稼働する「手元」が軍手のままでは、安全管理の画竜点睛を欠くと言わざるを得ない。
物流の動線やシステムをどれだけデジタル化しても、最後に荷物を動かし、端末に触れるのは「人間の手」である。
手袋を「各自が買い与える消耗品」から、現場の安全とDXを支える「インフラ(保護具)」へ。そのパラダイムシフトを起こせるかどうかが、これからの物流企業に問われている。(林花代子)
■「より詳しい情報を知りたい」あるいは「続報を知りたい」場合、下の「もっと知りたい」ボタンを押してください。編集部にてボタンが押された数のみをカウントし、件数の多いものについてはさらに深掘り取材を実施したうえで、詳細記事の掲載を積極的に検討します。
※本記事の関連情報などをお持ちの場合、編集部直通の下記メールアドレスまでご一報いただければ幸いです。弊社では取材源の秘匿を徹底しています。
LOGISTICS TODAY編集部
メール:support@logi-today.com
LOGISTICS TODAYでは、メール会員向けに、朝刊(平日7時)・夕刊(16時)のニュースメールを配信しています。業界の最新動向に加え、物流に関わる方に役立つイベントや注目のサービス情報もお届けします。
ご登録は無料です。確かな情報を、日々の業務にぜひお役立てください。




























