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44年前のナフサ戦争、政府が決着見直し

2026年7月8日 (水)

産業・一般日本には250日分を超える石油備蓄があったが、それでもナフサ不足は防げなかった。プラスチックや塗料の原料となるナフサは、石油備蓄法に「指定石油製品」として書かれていながら、実際には備蓄されない仕組みの中にあった。1982年の制度改正で備蓄義務の撤廃が決まって以来続いてきたこの空白を、政府が初めて見直す。(編集長・赤澤裕介)

法律にはあるが備蓄されない仕組み

赤澤亮正経済産業相は7日の閣議後記者会見で、ナフサの備蓄について「方法や支援の必要性など在り方を検討していく」と述べた。共同通信が報じた。経済安全保障推進法に基づく特定重要物資の指定も「是非を含め、安定供給確保の方策について検討する」と語った。

ホルムズ海峡の事実上の封鎖から4か月、原料不足はガソリンスタンドではなく、住宅設備売場と食品売場に現れた。TOTOはユニットバスの新規受注を止め、カルビーはポテトチップスの包装を白黒にした。帝国データバンクによれば、主要石油化学52社から直接・間接に原料をたどる製造業は全国4万7000社に上る。物流はタンカーを回し在庫を融通し続け、輸送は止まっていなかった。それでも、運ぶべき原料そのものがなければ供給網は維持できない。本誌が3月から一貫して指摘してきた通り、不足は供給の最上流で生じていた。

では、なぜ原油にはあった備えが、ナフサにはなかったのか。歴史をたどると、82年の制度改正に行き着く。その背景にあったのが、当時の業界紙や関係者が「ナフサ戦争」と呼んだ石油・石化業界の対立だった。

第一次石油危機後、国産ナフサ価格は数年で2倍以上に上昇し、割高な国産品の購入を事実上強いられていた石油化学業界は、輸入の自由化と備蓄義務の撤廃を通産省に要求した。石化各社が石油業法に基づく輸入業の届出も辞さない構えを見せ、石油精製業界との対立は深まった。決着は82年4月の通産省省議決定「石油化学原料用ナフサ対策について」だった。輸入は自由化され、備蓄義務は毎年5分の1ずつ軽減されて93年度に完全に消えた。残された記録を読む限り、議論の中心は内外価格差と国際競争力であり、中東からナフサが届かなくなる事態への備えが主要な論点になった形跡は見当たらない。

このときの決着は、法律の条文にではなく、その下の仕組みに刻まれた。石油備蓄法の上では、ナフサは今も揮発油や軽油と並ぶ「指定石油製品」に含まれている。しかし備蓄義務量の算定は燃料油だけを対象とし、石油化学原料に回る分は数えない。義務量を定める省令の仕組みで、ナフサだけが計算の外に置かれる。つまり、法律には書かれているが、実際には備蓄されない仕組みだった。封鎖前の石油備蓄254日分に対し、ナフサの民間在庫は20日分程度との推計(シティグループ証券)がある。この落差を検証する機会がないまま、輸入ナフサの中東依存度は73.6%(石油化学工業協会)まで積み上がった。

危機で初めて試された制度

44年間、現実の危機で試されることがなかった制度が、26年2月末のホルムズ封鎖と向き合うことになった。4月の中東からの石油製品輸入額は前年同月比72.4%減(財務省貿易統計)。エチレンプラントの稼働率67.3%は1996年以降で最低となった。国は3月26日から国家備蓄原油の放出を始め、官民の石油備蓄は封鎖前の254日分から6月末の速報で200日分前後まで減ったが、ガソリンと軽油の供給は途切れなかった。原油の備蓄制度は、取り崩すことで燃料の供給を守った。しかし放出原油の精製は燃料が優先され、ナフサには届かなかった。燃料を守った仕組みの対象に、ナフサは入っていなかった。

各国の対応の差を生んだのは、危機の前にどんな備えを選んでいたかだった。米国はシェール由来のエタンを主原料とし、原料の段階で中東と切り離していた。中国は石炭からの原料転換で調達先を分散していた。韓国は日本と同じくナフサを輸入に頼るが、国内需要を上回る精製能力があり輸出に回す分を持っていたため、3月に輸出を原則制限して国内へ回す選択ができた。手持ちの備えも輸出余力もない日本には、その場でとれる手がほとんどなかった。備蓄の検討は、この経験から出発している。

方式、負担、法形式の3論点

ここから政府が決めなければならないことは3つある。方式では、ナフサは揮発性が高く長期保存に向かないと赤澤経産相自身が認めており、原油備蓄のタンクは流用できない。ナフサ現物の国家備蓄は、少なくともIEAの緊急備蓄の枠組みでは確認されておらず、実現すれば前例の乏しい制度になる。現物備蓄のほか、樹脂ペレットなど川中製品の在庫積み増し、原油備蓄の精製シフトが選択肢に挙がる。負担では、原油備蓄が1日分で300億円超の資本を固定する現実がある。国費か、事業者の義務か、製品価格への転嫁か。82年に「備蓄コストが競争力を損なう」として義務を外した経緯を踏まえれば、事業者への再賦課をめぐる調整は当時と同じ対立をたどる可能性がある。法形式では、特定重要物資に指定されれば、ナフサはエネルギー政策の一項目から半導体や蓄電池と並ぶ経済安全保障の対象へ移り、支援の枠組みも石油備蓄法とは別系統になる。いずれの論点も、82年の決着を書き換える作業になる。

82年の決着で日本が選んだのは、競争力を優先する制度設計だった。ホルムズ危機は、その制度を初めて現実の危機で試した。政府がいま見直しに入るのは、供給の最上流でナフサを備蓄の対象から外してきた仕組みそのものだ。

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