国際LOGISTICS TODAYは、Nexgen Japan、NTT e-MOIとの3社共催で「日越サプライチェーン接続調査2026」を実施した。2026年7月29日から8月1日にかけてホーチミン市とその周辺を巡り、JETROホーチミン事務所、SSIT(カイメップ・チーバイ港群)、NTT e-MOI、藤原運輸、大和ハウス工業、双日(ロンドゥック工業団地)、市岡製菓の7接触先でヒアリングと視察を行い、最終日には国際物流展示会VILOG 2026を訪れた。(編集長・赤澤裕介)
3つの検証仮説
出発前、筆者は自らに一つの制約を課した。「ベトナムに商機があるか」を問わないことだ。高成長市場なのは既知の事実。本稿が検証したいのは、日本企業が利益を上げ続けられる領域がどこにあるのかという点だった。そのために3つの仮説を立てて現地に向かった。
1つ目は、日本企業は品質を武器に差別化できるか。日本品質は現地では過剰品質と受け止められ、コストを回収できないという通説がある。品質、コールドチェーン、人材教育を束ねたとき、それは対価の取れる差別化になるのか。
2つ目は、インフラの構造転換は日本企業に新たな商機を生むか。行政再編、新港湾、新空港、工業団地の集積という地図の書き換えは、後発の日本企業にも入口を開くのか。
3つ目は、DX(デジタルトランスフォーメーション)は競争優位になるか。倉庫管理システム(WMS)やマッチングプラットフォームの普及度、そして直前に視察した上海の中国標準と比べたとき、ベトナムの物流DXの空白は日本企業の機会なのか、それとも現場運営こそが本当のボトルネックなのか。
この3つを、現場で確認した事実で検証していく。
動き出した南部物流の前提
なぜ今、現地に行く価値があったのか。南部物流の前提そのものが変わりつつあるからだ。
25年7月の行政再編で、ベトナムの省・中央直轄市は63から34に統合された。ホーチミン市は旧ビンズオン省・旧バリア=ブンタウ省を合併して人口1400万人規模の広域都市となり、大水深港のカイメップ・チーバイ、主要工業団地、都市消費地が行政上同一の市域に収まった。港湾、倉庫立地、配送網、許認可を別々に考える従来の見方では、南部の実態を捉えられなくなっている。
ロンタン国際空港は26年12月1日の商業運航開始を予定し、以後28年3月までの3段階で国際線をタンソンニャット空港から移管する計画が示されている。貨物便は初日から全面移管される計画で、フォワーダーにとって最も早く実務に影響する変化となる。
一方で、空港アクセスを担うベンルック-ロンタン高速道路の完成目標は26年9月末とされ、道路網の整備は開港と完全には同期しない。港湾では、都市近接のカットライ港が国内集荷とバージ連携の実務ハブを担い、深水のカイメップが欧米直航の大型船を受ける二層構造が定着している。
地図が変わっていることは、出発前から資料の上では分かっていた。確かめるべきは、その変化が実務をどう変えているかだった。
現場が示した5つの実態
7接触先のヒアリングから、仮説の判定を左右した事実を5つに絞って示す。個社の詳細は各視察レポートに譲り、ここでは判定に必要な事実のみを引く。
最初に確かめたのは港だ。カイメップの岸壁で目を引いたのは、大型船を迎える巨大なガントリークレーンではない。都市圏との間を絶え間なく行き来するバージ(はしけ)だった。南部の港湾競争は、岸壁の能力ではなく内陸接続で決まる。SSITによると、同ターミナルの内陸輸送はバージが85%、トラックが15%。ゲート処理時間は23分程度だという。深水岸壁に大型船が着けられることはもはや前提で、港とホーチミン都市圏の工場・倉庫をどう結ぶかが、荷主のコストとリードタイムを決めている。
では、箱はどうか。倉庫は足りている。価値は、どの箱を選び、どう運営するかに移った。大和ハウス工業が開発した空港近くのマルチテナント型倉庫(延床3万7000平方メートル)では、南部の倉庫が供給過剰とされる局面にあっても、日系企業が提供する施設品質を評価する外資系テナントを中心に、直近の需要が増加しているという。賃料は既存テナントが更新時に数%の上昇にとどまる一方で新規募集は大幅に上がり、シービーアールイーによれば工業団地賃料の上昇率は北部4.2%、南部1.4%と市況は南北で分化する。開発側の実感も同じ方向で、土地代の上昇により「今買って今建てる」と採算が細るという声を聞いた。双日がロンドゥック工業団地の完売後、インフラ運営による継続収益と物流プラットフォーム構想へ事業モデルを移したことも、同じ転換を示している。
ハードの次は制度だ。参入の成否は、規制を前提にした事業設計で最初に決まる。ベトナムでは道路貨物運送は外資出資51%が上限で合弁必須、ドライバーは全員ベトナム人と定められる一方、倉庫・保管業は100%外資で参入できる。藤原運輸が差別化の軸に据える「非居住者在庫」――日本のサプライヤーの在庫を通関前の状態で保税倉庫に置き、受注の都度必要量だけ輸入通関するスキーム――は、この制度の非対称を逆手に取った設計だ。何を自前で持ち、何を持たないか。その線の引き方が勝敗を分ける。
DXはどうか。物流DXの空白は巨大だが、開発速度の勝負に日本企業の勝ち目はない。NTT e-MOIによると、倉庫管理システムの普及率は統計上5割を超えるが、入出庫や在庫を実際に動かす実行系WMSの実質的な普及率は1割程度にとどまるという。一方で同社が指摘するのは、精度9割の段階でAI(人工知能)を実用投入し、運用しながら高める「実装優先」の開発姿勢だ。PoCを重ねる日本企業が速度で競り勝つ絵は描けない。
最後に荷主の目線だ。荷主が買いたいのは個々の機能ではなく統合だ。だが統合は売られていない。徳島の菓子メーカーの市岡製菓は、輸送、保管、通関を自ら組み合わせて物流を設計していた。個々の保管能力や輸送力は市場に存在するのに、それらを束ねて荷主に提供する機能が不足している。北部には冷凍物流網の空白が残り、南部のコールドチェーンは供給過剰が語られるという非対称も、荷主の実務から裏づけられた。
5つの実態は同じ方向を指している。足りないのはハードではなく、制度と運用をまたいで全体を設計する機能だ。
VILOG 2026に見る市場の温度
その見立てを、最終日にもう一度市場の側から確かめる機会があった。8月1日、ホーチミン市のSECCで開かれたVILOG 2026だ。主催者発表では22の国と地域から450社が出展し、ブース数は発表系統により500前後から550超、来場見込みは2万-2万5000人とされる。いずれも併催のコールドチェーン展、ロボット・スマート工場展を含む事前発表値で、確定実績は未公表だ。
会場では中国系企業の存在感が目立ち、体感で2割程度を占めた。欧州系、台湾系も並ぶ一方、日本から新規に出展した企業は少なく、日本通運、コウノイケ・ヴィナトランス、いすゞ、日野など、既にベトナムに進出済みの日系企業が中心だった。来場者には若い層が多く、日本の物流展示会とは客層が明らかに異なる。同行したアセンドの日下社長は会場を見渡して言った。「ソフトウェアというより、フィジカルにどう運んでいくのかという議論の方が多い。どう効率的に運ぶかよりも、どう運ぶのか。もっとベーシックなところに、まだまだ議論があるんだろうと思う」。Nexgen Japanの大野氏は「ベトナムは海に面した東南アジアの入り口。東南アジアからの出展が非常に多い」と語り、ベトナム政府が物流DXを国策に掲げ、機械化・自動化がASEAN全体の政策潮流になっている点に注目した。
日系ブースの証言は、ヒアリングの論点と正面から重なった。コウノイケ・ヴィナトランスの現地社員によると、同社は30年にわたりベトナムでコールドチェーン物流を提供し、南北定期混載「KONOIKE VINA EXPRESS」をダナン中継、リードタイム3-4日で週3便運行するが、それでは足りずトラックを追加する場面が増えているという。日本品質はベトナム人担当者から「そこまでは必要ありませんよ」と言われることもあるが、低温輸送では品質維持が顧客製品の品質に直結するため、必要性は自然と理解されつつあると語った。
貨物固定具大手のオールセーフは、コンテナ改造・修理でベトナム南部シェア6割を持つという現地企業をパートナーに資材を供給し、国土交通省のASEANコールドチェーン普及促進事業ではホーチミン-ハノイ間の実証に参画した。日本品質の物流機器への需要は高まっているが、大型品はタイの生産拠点から運ぶ海上運賃が重い。「地産地消で、その土地その土地で作っていかないと、普及はなかなか難しい」と担当者は明かした。
印象に残った言葉がある。「市場で買うのが一番新鮮だ、という意識がもう少し変わってくれると、加速度的に増えていく」。所得の上昇とともに、市場からスーパーマーケットへ、消費の場が移り始めた。展示会場で聞いたこの証言は、ヒアリング7接触先が語ったコールドチェーンの需要拡大を、市場の現場から裏書きするものだった。
上海比較で見えたボトルネック
視察のあいだ、常に比較の基準としていたものがある。今回の調査の直前に視察した、上海の物流現場だ。中国より遅れているという結論なら現地に行く必要はない。中国標準と比較したとき、ベトナムのどこが詰まっているのかを確認することに意味がある。
第1の差は情報連携だ。上海の港湾ではトラックのゲート予約と電子化が標準で、車両と貨物の情報が着車前に港へ届いている。カイメップのゲート処理23分という数字は立派だが、それを支えているのは仕組みよりも人の運用だ。通関はVNACCSで電子化が定着した一方、現場の貨物情報はなお紙の受領書やチャットアプリに依存する場面が残る。仕組みがないから遅いのではなく、仕組みがないのに人が速い。ベトナム物流の強さは柔軟性にある。しかしその強さは、量が増え標準化が始まる局面では弱さに変わる。
第2の差は運賃形成だ。中国では満帮のような求車求貨プラットフォームが幹線運賃を透明化した。ベトナムのヒアリングを重ねても、同種のプラットフォームが市場を握ったという話は出てこず、運賃は相対交渉が中心だ。透明化されていない市場では、荷主は適正価格を知る術を持たず、物流会社は品質を価格に反映させる術を持たない。
第3の差は温度管理だ。中国では規制強化を背景に輸送中の温度ロガー装着が急速に普及した。ベトナムでは法的義務が薄く、「少しなら大丈夫」という現場感覚が残ると藤原運輸の田中社長は語る。国土交通省が23年3月にまとめたアクションプランも、ベトナム国内のコールドチェーンについて「温度管理の不良が原因で、出荷時点の荷量に対し約3割の商品が受け取りを拒否され送り返されるといった事例もある」と記している。
上海を見た直後だったからこそ、3つの差は鮮明に見えた。これは遅れの一覧ではない。情報連携、価格透明化、温度管理という詰まりの位置は、そのまま日本企業が価値を提供できる領域の地図だ。中国は効率化競争の市場、ベトナムは標準化競争の入口にある。
勝てる領域、勝ちにくい領域
ここまでの事実に基づき、出発前の3つの仮説に結論を出す。
品質は武器になるか。答えは「条件付きで成立する」。品質単体では過剰品質と受け止められることは、コウノイケ・ヴィナトランスの現地社員が率直に認めた通りだ。しかしマルチテナント倉庫で需要を支える外資系テナント、日本産生鮮品を扱う富裕層向け店舗、低温輸送で品質の必要性を理解し始めた現地担当者と、品質に対価を払う顧客は特定できる。勝ち筋は、品質を単品で売ることではなく、教育と継続運用をセットにし、払う顧客を選んで売ることにある。コールドチェーンは南部の供給過剰と北部の空白という非対称を突く選別参入に限られる。
インフラの転換は商機を生むか。答えは「生む。ただし時差を織り込める者に限る」。空港は開くが道路は同期せず、制度は変わるが運用は追いつかず、港での開封検査や予告なしの停電が品質を脅かす。この不確実性こそ、リードタイム設計とBCPという、日本の物流企業が磨いてきた技能が価値を持つ領域だ。岸壁や倉庫という箱そのものではなく、港湾接続を軸とする複合輸送の設計に余地がある。
DXは競争優位になるか。答えは「単体では勝てない」。実行系WMS1割という空白は巨大だが、精度9割で実装する市場で、日本企業が開発速度を競っても勝ち目はない。日本企業が提供し得るのは技術の精度ではなく、ガバナンス、品質管理、教育を含む「使い続けるための仕組み」だ。この空白を機会にできるのは、仕組みごと提供できる企業に限られる。
裏返せば、勝ちにくい領域も明確になった。価格で競う幹線輸送と汎用倉庫、速度で競う単体のアプリケーション、規制業種への単独参入だ。
そして人材だ。出発前、筆者は品質を中心に考えていた。しかし現地で最後まで残った論点は人材だった。人材は第四の仮説ではない。3つの仮説すべてを制約する条件だった。JETROの2025年度調査では在ベトナム日系企業の48.2%が採用難を訴え、北部製造業では76.0%に達する。コウノイケ・ヴィナトランスは、事業拡大に人材育成が追いつかないことを最大の経営課題に挙げ、日本で働いたベトナム人ドライバーの帰国採用は「競争になる」と見通した。会場で言葉を交わした英語専攻の1年生は、なぜ物流に興味を持ったのかという問いに「ベトナムの物流が変わってきているから」と答えた。品質も、設計力も、仕組みも、最後は人が運用する。人材への投資量が、勝てる領域の広さを決める。
市場設計に加われる時間は長くない
総じて、日本企業が対価を得られる領域は残されている。所得上昇と小売市場の変化が続けば、品質管理を伴うコールドチェーンの需要も拡大する可能性が高い。ハノイとホーチミンという二大消費市場を結ぶ南北の大動脈を、高品質かつ大容量のコールドチェーンでつなぐ構想への期待は、取材の随所で聞かれた。
ただし、その需要を日本企業が取れるとは限らない。気掛かりなのは、人件費の上昇を理由に、既に進出している日本企業の投資意欲まで弱まっているように見えたことだ。需要が立ち上がり、物流の運用方式や取引関係が固まり始める局面で投資を手控えれば、成長後の市場に後から参入することになる。
一方、中国企業の進出速度は、筆者の事前の想定を上回っていた。VILOGの会場を歩いた限り、中国系企業の出展は日本企業を大きく上回り、ベトナム政府との関係構築、現地企業との提携、顧客接点の確保を同時に進めているように見えた。現時点で中国勢がベトナム国内物流の主導権を握っているわけではない。出展企業の多くは海運やフォワーディングで、国内の輸送、保管、低温物流を一体で設計する事業者はまだ限られている。
重要なのは、現在が完成した市場への参入局面ではなく、市場の運用方式そのものが定まる過程にあることだ。どの機器を使い、どの情報をつなぎ、どの品質基準で運び、誰が人材を育てるのか。こうした選択が積み重なれば、数年後には取引慣行や設備仕様、現地パートナーの関係が固定される。そこで中国企業が先行すれば、ベトナムの物流市場が中国企業の製品、規格、運用思想を前提に設計される可能性がある。
正確な期限を数字で示すことはできない。それでも、日本企業が3年以上をかけて進出の可否を検討できるほど、変化が緩やかな市場には見えなかった。筆者の見立てでは、これから1-2年は、単なる進出時期ではなく、市場設計に加われるかどうかを分ける重要な期間になる。
日本企業に残された余地は小さくない。藤原運輸の田中社長は、日系物流の新規参入について「やめた方がいいとは全く思わない。ただし何に特化するかの切り口が重要」と語った。トラックや架装、工業団地、倉庫、品質管理、人材教育を組み合わせ、ベトナム国内の物流に正面から関与する企業は、中国側にも日本側にもまだ多くない。だからこそ、今は勝てる市場が完成するのを待つ時期ではない。自ら勝てる市場を設計しに行く時期だ。
今回の調査で修正されたのは、ベトナムを見る視点だった。市場があるかではなく、日本企業が価値を提供できる領域はどこまでか。その問いに置き換えたとき、現地で見えた景色は出発前の想定よりはるかに鮮明だった。
勝てる領域は確かにある。ただし勝てる場所は選ぶ必要があり、勝ち続ける条件は技術でも資本でもなく、品質を運用し人を育て続ける仕組みにある。ベトナムで勝てるかではない。どこで、いつ勝ちに行くか。帰国後も、この問いが筆者の頭を離れない。
調査団3人による共同報告は、議論を経て後日公開する。
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