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有事が平時の国際物流、データで壊す貿易DXの壁

2026年7月17日 (金)

国際双日テックイノベーション(東京都千代田区)は14日、全国の貿易実務担当者2060人を対象に実施した調査結果をまとめた「貿易業務白書2026」を公開した。新型コロナウイルス禍をはじめ、トランプ関税や中東情勢の緊迫化など「有事が平時」となる激動の国際物流環境において、企業間のデジタルとアナログの混在が貿易DX(デジタルトランスフォーメーション)を阻んでいる実態を浮き彫りにした。属人化という時限爆弾を抱える現場、中間管理職、経営層それぞれの視点から、サプライチェーン寸断リスクを回避するための戦略立案に向けた道筋を探る。

▲貿易業務白書2026(出所:双日テックイノベーション)

戦略策定へのシフトが急務に

新型コロナ禍以降のサプライチェーンの混乱にとどまらず、トランプ関税の再来、ホルムズ海峡危機、米国におけるデミニミス(免税輸入枠)撤廃の動きやEU(欧州連合)の免税基準撤廃に伴う少額貨物への申告義務化、越境EC(電子商取引)の興隆など、国際物流や貿易手続きを取り巻く環境は激動の時代を迎えている。地政学リスクの連続により、特定の地域で問題が発生しても即座に代替ルートを確保しなければならないなど、もはや「有事が平時」という状態だ。

この不確実性の高い環境下で、荷主やフォワーダーの貿易実務担当者に求められているのは、従来の「いかに効率よく正確に処理するか」という定型業務の遂行だけではない。グローバルサプライチェーンにおけるリスク管理やシナリオシミュレーションを含む、より高度な戦略策定にこそ価値を見いだすべき局面に入っている。

これまで、貿易実務は複雑な書類審査や手続きを的確にこなすことが価値の源泉となっていた。しかし、国際情勢の急変により、業務自体の平準化や標準化が著しく困難な環境に変化している。アナログな手法のままでは、イレギュラーな事態に即座に対応することは難しい。テクノロジーの活用によってこの状況を早期に脱し、付加価値の高い戦略策定に人的リソースを振り向けなければ、企業として生き残ることは困難になっている。

データが示す「混在の罠」

行政側もこの危機感から、デジタルインフラの整備を急ピッチで進めている。2025年10月に稼働したNACCS(ナックス、輸出入・港湾関連情報処理センター)の第7次更改によりウェブ対応業務が拡大した。さらに、国土交通省が推進するCyber Port(サイバーポート)は、26年2月にバージョン2へと機能が拡張され、導入企業数は着実に増加している。経済産業省によるTradeWaltz(トレードワルツ)などの貿易プラットフォーム導入支援事業や、電子船荷証券に関する商法改正への動きも並行して進むなど、デジタル化に向けた「箱」は用意されてきた。

しかし現実は甘くない。最新の白書データは、業界にはびこる「ダブルスタンダード」の深刻さを如実に示している。現在のデジタル化状況を問う設問では、「一部業務ではデジタル化されているが、Excel(エクセル)やメール等による運用が多く残っている」との回答が42.7%に上った。一方で「貿易業務全体がシステム・SaaS(サース)上で一元管理されている」と答えた企業はわずか14.0%にとどまる。

▲デジタル化・システム導入の状況(出所:双日テックイノベーション)

システムを導入した企業と、ファクスや紙の書類を求める未導入企業がサプライチェーン上に混在している限り、現場ではデータ入力と紙書類の突き合わせが同時に発生する。この痛みを伴う過渡期において、先行導入企業がメリットを感じづらくなり、業界全体の投資意欲を削ぐ要因となっている。

階層間で異なる「変革の目的」

企業内でDXが進まない最大の理由は、現場、中間管理職、経営層という組織内の3つの階層間で「変革に対する目的意識のズレ」が生じている点にある。白書の役職別クロス集計が、このすれ違いを明確にデータで示している。

▲システム導入を進めたい理由(出所:双日テックイノベーション)

システム導入を進めたい理由について、一般社員層は「ヒューマンエラーやトラブルを防ぎたい」(35.9%)や「自分自身の業務負担を減らしたい」(30.0%)を上位に挙げた。ミスが許されない複雑な業務環境のなかで、現場の担当者が疲弊し、強い不安を抱えながら業務をこなしている実態が読み取れる。

これに対し、管理職層は「取引先・顧客への対応品質・スピードを高めたい」(36.4%)や「担当者依存による業務停滞を防ぎたい」(36.0%)といった組織運営上の安定を重視している。さらに経営層になると、「経営や事業成長に貢献したい」(33.5%)が上位に躍り出る。

このギャップが意味するものは重い。現場が「業務負担を減らしたい」と正直に声を上げても、経営層には「単なる現場の不満」「コストセンターの泣き言」として処理されかねない危険性を示唆しているのだ。

現場の諦めを生む「社内の壁」

目的意識がズレたままでは、当然ながら具体的な推進フェーズで壁にぶつかる。DX推進における課題や障壁を問う設問では、「IT部門との連携・調整が難しい」(22.2%)、「どのツールを選べばよいか分からない」(20.7%)、「導入を主導・推進する担当者がいない」(18.7%)といった「組織の推進体制」に関する悩みが上位を占めた。

その結果、どうなるか。現場のモチベーション低下や「諦め」につながる。白書によると、何らかの属人化を抱えている企業は約9割に上る。「特定の担当者しか手順を把握していない」が43.6%、「イレギュラー対応のノウハウが文書化されていない」が42.6%に達した。解消されない理由として「担当者への依存度が高く、業務を開示・共有しづらい」(40.8%)、「マニュアル作成の時間が取れない」(33.4%)が続く。

▲貿易業務における属人化(出所:双日テックイノベーション)

過去1年以内にシステム導入を提案したかという問いに対し、「提案し、実現した」はわずか16.4%。「提案したが、検討中のまま進んでいない」(27.7%)、「提案したいと思ったが、提案できていない」(23.1%)と、半数を超える50.8%が行動の壁にぶつかり、立ち止まっている。声を上げることを諦めた組織は、静かに「2030年の崖」という事業継続リスクを高め続けている。

経営層の「誤認」と不作為のコスト

現場がこれほどの危機感と諦めを抱いているにもかかわらず、なぜ経営陣は動かないのか。DX推進の最大の障壁として、トップ回答を集めたのは「現状でも大きな問題なく業務が回っていると判断される」(22.6%)であった。

▲DX推進の障壁(出所:双日テックイノベーション)

これは、現場が残業や個人の努力によって無理やり業務を回している「見せかけの平時」を、経営層が「問題なし」と誤認している何よりの証拠だ。特にフォワーダーの場合、商慣習による関税や消費税の立て替え問題などにより手元に十分なキャッシュを残しておく必要があり、思い切った投資に踏み切れないという財務的な事情も手伝って、投資判断は後回しにされがちだ。

しかし、属人化したベテランの退職に伴う業務停止リスクや、ヒューマンエラーによる取引先からの信用失墜は、システム導入費用をはるかに上回る損害をもたらす。「DX投資を見送る」という不作為のコストを、経営層は正確に認識しなければならない。

組織を動かす客観的な起爆剤に

中間管理職にとって、この白書は膠着状態を打破するための強い味方になる。現場から上がってくる「時間がない」「担当者依存で共有できない」という声に対し、それが個人の怠慢ではなく、業界全体の構造的なリスクであることを客観的なデータで証明できるからだ。

経営層に対しては、現場の「痛みの解消」を「事業継続リスクの低減」という経営言語に翻訳してぶつける必要がある。「今は問題なく回っている」という幻影を打破し、システム導入が単なる業務改善ではなく、サプライチェーン寸断を回避するための必須投資だと説得する強力な材料となる。

白書では、デジタル化に踏み切るきっかけとして「小規模・低コストで試せるツールの登場」(31.1%)がトップに挙げられている。また、DX成功のための重要要素として「業務マニュアル・手順書が整備されている」(27.3%)や「経営層の積極的関与」(24.8%)がシステムそのものよりも上位にきた。巨額の初期投資を伴う全面的な刷新ではなく、業務基盤を整理しながら現場の痛みを和らげ、小さく始めるアプローチこそが現実的な解であることを示唆している。

この白書は、単なるアンケート結果の羅列ではない。「ヒューマンエラーを防ぎたい」という現場の切実な要望と、「事業継続を確実なものにしたい」という経営層の目的を、データを通じて合致させる「共通言語」となるはずだ。貿易実務をアナログの鎖から解き放ち、付加価値の高い戦略業務へとシフトさせるための羅針盤として、まずは最新の白書を手に取っていただきたい。