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「泣きたいときに泣ける仕事って、この仕事以外にないですよね」/連載10話

2022年3月1日 (火)

話題人気トラックYouTuberのかなちゃんにLOGISTICS TODAY記者が密着同行取材する連載第10話

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夜は人を、異世界へと連れ込もうとする。

「夜って、よくないですか」

折り返し地点の静岡県内でのドッキングを終了させ、帰りの道を走り始めて30分ほどたったときだった。

かなちゃんのふとした問いかけに、記者はうとうとと眠りかけてしまっていたことにはっとすると同時に、昼から夜に移り変わっていたことを理解した。

初めは高くて慣れなかった大型トラックからの眺めも、運転席のかなちゃんと助手席との距離があまりに離れていることなど、違和感ありありで緊張しっぱなしだったけど、知らず知らずのうちに記者は、かなちゃんと過ごすこの時間や空間に、心や体も委ねつつあるのではないかと思った。


日中とはうって変わって、トラックがびゅんと風をかすかに切る音だけがしている静けさがだけが、この空間に流れている。

まっすぐ前を見てハンドルを握っているかなちゃんの横顔が、ただそこにあった。

だいだい色の照明灯の間を、高速で通り越していくさまは、ドラえもんのタイムマシンに乗っているかのようだ。

後ろにも前にも車がいない、二人しかこの世界に存在しないような、果てしない気持ちになる。

半分ぼんやりしてしまったこともあって、闇へと吸い込まれていきそうな感覚になる。

どこまで来てしまったんだろうーー。

そのとき私は、ある時の感情にタイムスリップしていた。

めんどくさいことがあると必ず、山へこもりに行って、ただひたすら歩く、ということを繰り返していた時期があった。

ただひたすら歩いて、眠くなったら休んで、雨がふったら雨具を着て、おなかがすいたらカップラーメンを食べて、寒くなったらコーヒーを飲んで……といった当たり前のことをしているうちに、だんだんと調子を取り戻し、なぜかまた日常に戻っていける。

ただ、前に進むにも引き返すにも、取り返しのつかないような獣のにおいがするような山深い場所まで来てしまうと、いつも、自分がいまどこにいるのかわからない、磁場が狂っていくような感覚におそわれた。

山に行くこともだんだん減り、忘れていた感覚だった。

それがふと、かなちゃんのトラックの中でよみがえった。

かなちゃんにそのことを話すと、かなちゃんは少し考えてから、こう言った。

「かなも、似たような感覚があるよ。こうやって夜、一人でぼーっとしながら走っていると、もちろん、ぼーっとって言っても、ちゃんと運転はしてるんだけどね、たまに亡くなった犬とおじいちゃんが自分を迎えに来てくれる幻視を見るんだよ」

それから、16歳まで生きたトイプードルとの思い出を話してくれた。

母親から亡くなったと聞かされて、大阪からのトラックで一人泣きながら実家へ帰ってきたこと。

愛犬と別れるのがつらくて、もう二度と犬を飼いたいとは思わないこと。

だけど、よく行くホームセンターで犬と一緒に楽しく買い物をしている人たちを見ると、思い出してしまって落ち込んでしまうこと。

運転しているとふと、愛犬のことを思い出してしまい、わーっと車内でひとり、大泣きしてしまうことーー。

そんな自分の感情と向き合い、まるごと受け止めてくれたのは、いつもトラックの車内だった。

そんな気持ちを車内で、「かなちゃんねる」を通してファンに伝えると、そこにいるのは自分ひとりなのに、ひとりじゃないと思った。

かなちゃんには、「かなちゃんねる」を始める前から、遠くから自分を観察しているもう一人がいた。

「冷めてるんだと思う。それを『冷たい』っていう人もいるんだけど、私って本当に冷たいのかな。そんなねじまがった自分を受け止めてくれる人は、この世の中にいるのかな。生きていて出会えるのかな」

簡単に、自分のことは分かってほしくないけれど、誰よりも分かってほしいんだなという思いが伝わってくる。

運転しながら「ここで5秒目をつぶれば消えられる」という感覚になることもたびたびある。

実際に行動に移すことはないけれど、「そういうふうに思う自分を客観視しているかんじ」

だから「かなちゃんねる」でも、自分がこう見られているから、こういうふうに必要とされていて、こう振る舞えばいいというのを、もう一人の自分が冷静に眺めているのだという。

だからなのか、かなちゃんは、「かなちゃんねる」のなかのかなちゃんのことを、とても冷静に、ときにはしたたかに、ときには辛らつな言葉でもって、まるで第三者のことを語っているように、記者に解説することができる。

自分が「できる」ことだった美容業界の道ではなく、「やりたい」からと男性社会に飛び込んだ責任を自らで引き受けることを決意し、男性社会の中で生き抜こうとするなかでつかんだり、身につけたり、たくさん絶望もしたりしたからこそ、それでもつかみたい希望の証を、「かなちゃんねる」に刻み込んでいるように思えるのは、記者も男性優位な社会で生きてきたからなのだろうか。

「かなちゃん」のためのエキセントリックなまでの役作りは、生まれ持ったものも大きいのだろうけど、努力の産物のようにも思う。

だけどね、とかなちゃんは続けた。

「消えたいという気持ちになったとき、いつも犬とおじいちゃんが、運転しているかなのところにきて、ぱっと手を差し出してくれるの。それでかなが手をつなぐと、二人は消えて、見えなくなるの」

「そんな、泣きたいときに泣ける仕事って、この仕事以外にはないですよね」

と言い切って、かなちゃんは、でも、と続けた。

「泣いてばかりではなくて、いろいろなかながいるんです。るんるんで歌いたいときは歌えばいいし、静かにしたいときは、静かにすればいい。さみしくなって、ドライバー仲間と話したいときは電話すればいいし、お母さんから連絡が来れば、誰に遠慮することもなくすぐに話せる」

好きな音楽を、好きな音量でかけられるし、自分が快適な温度の空間に身を置くことができる。

だけど、全部が全部、自由がいいわけではない。

「運行時間や運ぶものや、サラリーマンであることとか、スケジュールとか、ある程度の枠組みが決まったなかでの、ほどよい自由って感覚がいいのかも」

自由すぎるのもやだけど、束縛されるのもいや。

トラックの車内という、3畳分くらいの空間を過ごす時間を、ほどよく束縛されたマイペースな孤独に、自分なりにカスタマイズする感覚が、もし記者もトラックドライバーの人生を送れるとしたら、魅力的でうらやましいなと思った。

▶︎まだ誰も知らない憧れの存在「かなちゃん」へ/連載最終話

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