荷主高市早苗首相は4月30日、首相官邸で開いた第6回中東情勢に関する関係閣僚会議で、ナフサ由来の化学製品について「年を越えて供給を継続できる見込み」と表明した。米国、アルジェリア、ペルーなど中東以外からのナフサ輸入が5月に緊迫化前の3倍へ拡大する見通しとなり、備蓄原油を用いた国内精製を継続、ポリエチレンなど中間段階の化学製品在庫1.8カ月分を活用する。これらを組み合わせ、これまで「半年以上」としてきた供給見通しを「年越し」へ引き上げた。ただし、これはナフサ不足そのものの解消を意味しない。経済産業省は同日、一部で「供給の偏り」「流通の目詰まり」が続いていると明記しており、塗料用シンナー、包装容器、住宅設備、医療物資など川中・川下では、なお品目別の逼迫が残る。発言の核心は、政府の危機管理が数カ月の在庫対応から、年越しを視野に入れた継続運用へと移ったことにある。(編集長・赤澤裕介)

出典:「中東情勢に関する関係閣僚会議」(首相官邸ホームページ)
政府説明の進化、在庫からフローへ
首相の発言対象は、厳密には「ナフサそのもの」ではなく、「ナフサ由来の化学製品」だった。ナフサはエチレン、プロピレン、ベンゼン、トルエン、キシレンといった基礎化学品の原料であり、そこからポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、塩化ビニル樹脂、合成ゴム、溶剤などの川中製品が生まれる。首相の「年越し」は、プラスチック製品、塗料、接着剤、繊維、医薬品容器などに広がるナフサ由来化学製品の供給継続を指している。
政府説明は、ホルムズ海峡実質封鎖(2月28日)以降、段階的に具体化してきた。3月24日の第1回中東情勢関係閣僚会議は、ナフサを対策対象に明示した段階だった。首相は同日、26日からの国家備蓄放出開始を表明した。3月30日には木原稔官房長官が「製品在庫2カ月分と代替調達・国内精製で2カ月分、合わせて4カ月分」の供給余力を会見で公表した。本誌は3月30日付「ナフサ4カ月余力の内実」で、官房長官の「4カ月」が製品在庫を含む見通しであり、ナフサ単体の在庫が薄く、原料が届かなければ在庫補充ができないことを指摘していた。この時点では、政府説明の中心は静的な在庫日数の足し算だった。
4月上旬以降、政府はナフサ由来化学製品について「少なくとも半年以上」と説明してきた。そして4月30日、その対象を「年を越えて」へ引き上げた。
第6回会議で経産省が示した需給見通しは、それまでの説明の構造を組み替えるものだった。同省は、(1)国内精製月110万kL相当、(2)中東以外からの輸入を緊迫化前の月45万kLから4月に月90万kL、5月にさらに拡大、(3)川中製品在庫1.8カ月分の取り崩しの供給フローに、(4)前年同月比同量を基本とする調達要請などの需要側の流通調整を組み合わせた見通しを示した。在庫が潤沢になったのではない。輸入を毎月入れ続け、備蓄原油を精製し、川中在庫を取り崩しながら穴を埋め続ける、継続運用のシナリオに切り替わっている。
5月の中東以外からのナフサ輸入は緊迫化前の3倍とされる。緊迫化前の月45万kLを基準にすれば、5月の調達規模は月135万kL相当に膨らむ計算になる。ただ、これは4月30日時点で示された5月の輸入見通しであり、配船、運航、荷役、国内投入の段階で後ろ倒しになる可能性は残る。「3倍」は5月単月の見通しで、4月30日時点の確定値ではない。
入着面では、4月に入り米国産ナフサの到着が確認され始めた。4月1日に千葉県沖へ到着した米国産ナフサ船は緊迫化前に出航していたものだが、中東外ルートが実際に国内供給へ接続した事例となった。原油側でも、中東外調達とホルムズ迂回ルートの確保が進んでいる。4月26日にはコスモ石油が調達した米国産原油が千葉沖に到着し、千葉製油所(市原市、精製能力日量21万4000バレル)へ送られた。ナフサと原油は用途も流通経路も異なるが、備蓄原油を用いた国内精製を含む政府の供給シナリオを支える周辺条件と位置づけられる。
経産省の4月30日資料ベースでは、ポリエチレンなど中間段階の化学製品の足下の在庫は国内需要のおよそ1.8カ月分とされ、これを「半年以上」から「年越し」へ供給見通しを延伸する根拠の一つに位置づけている。同省は、4月1日時点の川中製品在庫を1.8カ月分とした上で、中東以外からの輸入が月90万kLにとどまる場合は6カ月後ごろに在庫がゼロに近づき、月135万kL相当まで拡大すれば2026年末を超えてもなお在庫が残る、との減衰シミュレーションも示した。
しかしこの1.8カ月分は、安心材料であると同時に、生産減を在庫で吸収してきたことを示す数字でもある。経産省が4月30日に発表した3月鉱工業生産指数では、無機・有機化学工業の生産は前月比8.6%減。ポリエチレンの生産は前月比27.2%減、ポリプロピレンの生産は前月比15.2%減と大幅に落ち込んだ。出荷は在庫活用で支えており、ポリエチレン在庫は前月比15.8%減、ポリプロピレン在庫は同9.9%減。少なくとも3月は、在庫を使って出荷を支えた構図が鮮明だ。
つまり1.8カ月分という水準は、年越し見通しの根拠である一方、5月以降の中東外輸入が月90万kLにとどまれば、経産省の試算上は6カ月ほどでゼロに近づく水準でもある。政府の年越し見通しは、在庫に余裕が戻ったという話ではなく、在庫を削りながら代替輸入と国内精製で補充する綱渡りに近い。
一方、石化設備は平時に戻っていない。石油化学工業協会が4月23日に公表した3月実績では、エチレン生産量は前年同月比38.8%減の27万2600トン、稼働プラントの実質稼働率は68.6%まで低下した。政府の年越し見通しは、石化設備の高負荷復帰を前提にしたものではなく、低稼働下でも在庫と代替調達を使って供給を維持する危機管理シナリオとして読む必要がある。この論点は別稿で詳述する。
「年越し供給」が宣言する危機の長期化
首相発言には、需給説明とは別の政治的役割もある。首相は4月30日の閣僚会議で「一部の事業者が将来の石油製品の供給について不安を感じ、普段よりも多く石油製品を発注してしまった結果、生産メーカーや商品卸売の混乱を招いてしまったという事例もあったようでございます」と述べ、塗料、シンナー、接着剤を購入する人々向けに、ホームセンターでの貼り紙(通常量の購入への協力呼び掛け)を要請したことも明らかにした。経産省は4月28日、日本DIY・ホームセンター協会に対して店頭掲示を要請しており、貼り紙の現物も会議の場で示された。
経産省は、需要側の過剰発注が流通の目詰まりに繋がった事例を整理した。川上側では前年実績並みの供給が継続しているとされるにもかかわらず、流通・需要側の一部が普段よりも多く石油製品を発注した結果、中間財メーカーや卸小売の混乱を招き流通の目詰まりに繋がった事例が見られる――との認識を示した。具体例として接着剤と潤滑油の2品目が示された。接着剤では3月下旬から過剰発注が発生し、4月20日に日本接着剤工業会(東京都中央区)が需要側に通常の事業活動に基づく適正な購買・在庫水準の維持と、過度な先行発注や買い占め行動の自制を協力要請。経産省と国土交通省は4月21日に住宅・建材設備業界向けの説明会を開催した。潤滑油では4月17日に資源エネルギー庁が元売事業者と潤滑油等事業者に対し、前年同月比同量を基本としつつ、3月に前年同月比量を上回る水準を購入した流通事業者や需要家への4月以降の供給量を調整するよう要請した。
本誌4月18日付「ナフサ由来製品の供給制限加速、見えた住設の次」は、塗料用シンナーをめぐり「4月末までは前年並み、5月は未定」との情報が川中の塗料メーカーや卸業者に広まり、品薄を見越した先回り発注と出荷抑制が起こり、川中の4月出荷は前年同月の半分程度まで落ち込んだ構図を報じていた。経産省は4月13日付の製造産業局長名文書で180社・70団体に出荷抑制の是正を要請、赤澤亮正経産相(中東情勢に伴う重要物資安定確保担当大臣を兼務)は翌14日の閣議後会見で「目詰まりは解消に向かう」と述べていた。首相は「関係大臣におかれましては、原油やナフサ由来の化学製品の供給が年を越えて継続できるということを、所管業界の方々に十分御理解いただいた上で、前年同月同量を基本とした調達を行っていただくよう徹底的な周知・広報を進めてください」と述べた。「年を越えて」という強い言葉が必要だったのは、需給説明だけが理由ではない。流通の目詰まりを抑えるためには、不安心理を冷ますだけの強さを持つメッセージが必要だった。年越しという表現は、需給見通しの上方修正と同時に、過剰発注の連鎖を断ち切る政治的役割も担っている。
政府は、4月28日時点で直接販売スキームと、前年同月比同量を基本とする要請に基づき155件の目詰まりを解消したと説明している。医療関係、交通・公共サービス関係、農水畜産業関係、重要物資製造業関係に分類されている。主要解消事例は医療、食品・農業、交通・通信、建設、環境・衛生、教育・その他、製造――と広い分野にまたがっており、目詰まりが特定品目に限らず広範に及んでいたことが示されている。
4月30日の首相発言で明らかになったのは、ナフサ危機の終息ではなく、政府の危機管理が「数カ月の在庫対応」から「年越しを視野に入れた継続運用」へ移ったことだ。備蓄原油の精製、中東以外からのナフサ輸入、川中製品在庫、業界への前年同月比同量調達要請を組み合わせれば、政府はマクロの越年供給シナリオが成り立つと判断した。しかし、そのシナリオは、低稼働、在庫取り崩し、品目別の目詰まりを内包している。「年越し供給」は安心材料に映る一方、危機管理モードが年内を通じて続くことも示している。
次の検証点は、5月以降の中東外ナフサ実入着量、6月以降の代替調達率、エチレン4月実績稼働率、医療物資の10月以降の供給確実化の4点だ。第6回中東情勢関係閣僚会議の議論は、危機の終わりではなく、在庫対応からフロー継続へ移る長期戦の入り口を示した。
この記事をより深く理解するために
「赤澤経産相が担当相兼務、重要物資の供給調整が焦点」(3月30日) 経産相兼務の経緯と品目別供給状況の最初の整理。
「エチレン設備、追加停止回避もナフサ価格は2倍」(4月5日) 12基中6基減産の実態とナフサ1190ドル/トン高止まり。
「信越化学、ナフサ高騰でシリコーン全製品を値上げ」(4月17日) 川中で進む価格転嫁の具体事例。
「ナフサ不足で製造業4万社超に調達リスク、TDB」(4月17日) 製造業4万6741社、対象15万社の3割に調達リスクとの帝国データバンク分析。





























