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物流業界を二極化するデジタルデバイドの正体(下)

2022年3月30日 (水)

話題最新のデジタル技術を使いこなす人や企業と、そうでない人々の間に広がる格差──デジタルデバイド(情報格差)による二極化が、物流業界にも広がりつつある。

だが一般論として中小企業はデジタル化に弱い。デジタルに弱い、取り残される側の物流企業にならないために、何ができるだろうか?

「物流業界を二極化するデジタルデバイドの正体」後編では、LOGISITCS TODAYの取材を通して出会った企業の実例を挙げつつ、デジタルデバイドに陥らないための対策を考えていこう。

物流業界を二極化するデジタルデバイドの正体(上)

「幸運な出会い」の背後にあるもの

「バース予約管理を自社の拠点に落とし込む際の課題を、しっかりと把握されていた」−−。これは、筆者が取材した「『トラック簿』がTOTO物流施設の入出庫を大幅改善」で、TOTO千葉物流センターにバース管理システム「トラック簿」を提案・導入した、モノフル営業責任者の言葉である。

TOTOは、モノフルとの出会いから一ヶ月足らずで導入契約をスピード即決し、「トラック簿」を導入した。その理由が、営業責任者の言葉に集約されている。

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千葉物流センターにおける待機時間問題に悩んでいたTOTOが、モノフルと出会ったのは幸運だったと思う。なにしろ、待機時間を9割削減できたのだ。これほどの効果を生んだ改善事例を筆者は聞いたことがない。

だがこの幸運は、座して待っていた結果ではない。自社の課題を正確に把握し、その対策を検討し、その上で情報収集を行い、展示会などにも通った結果として、TOTOはモノフルというベストパートナーと出会うことができたのだ。すなわち、この出会いとは、偶然ではなく、TOTOが続けたデジタル化への努力が引き寄せた必然であった。

構造計画研究所、科学的アプローチで挑む物流課題」も、とても印象に残る取材だった。記事中で紹介した大手建材メーカーA社は、結果として構造計画研究所の積み付け計画システム「PackingSim」(パッキングシム)を用い、積載効率を大幅に向上させ、運賃平均単価17%ダウンという改善結果を得た。

A社は、「PackingSim」に出会うまでに、自社で改善のための施策を重ねてきた。もともと、A社が抱えていた課題は、積み降ろしにかかる荷役に手間がかかる(10tトラックの場合、最低3時間)ことだった。積載効率の課題が顕在化したのは、課題改善への取り組みが進行した結果である。

極論だが、デジタルデバイドによる二極化とは、改善・変革への取り組みにおける二極化である。デジタルデバイドにおける「勝ち組」、すなわちデジタル化が進んでいる人や企業は、さらなるビジネスや業務のさらなる改善・変革を目指し、努力を重ねてきたからこそ「勝ち組」になることができたのだ。

ほとんどの場合、デジタルデバイドの「負け組」企業は、改善・変革への取り組みが不足している。デジタルデバイドの「負け組」にならないためには、まず既存業務・ビジネスのあり方に疑問を抱き、改善・変革への取り組みを開始することが大切だ。

ビジョンの大切さ

では、改善・変革への取り組みを誰が行うのか。これはとても悩ましい課題である。「デジタル化を進めたくとも、人がいないよ…」というのは、特に中小企業では多い悩みであろう。

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改善や変革、そしてデジタル化を企業内で進めていくリーダーは、自社内の人材であるべきである。だが、実施する実作業者は、必ずしも自社人材である必要はない。というよりも、自社人材で、すべてを賄おうとするのは、現実的に不可能だ。中小、大手の区別なく、一企業が抱える改善・変革という課題に対し、全方位で取り組むことができる人材など、そうそう確保できるものではない。

先に挙げた「TOTO×モノフル」、「大手建材メーカーA社×構造計画研究所」においても、社外のパートナーとの出会いによって、外部の知見を取り込み、自社業務の改善・変革に成功した。この出会いは、自社の取り組むべき課題、もっと俯瞰して言えば、自社の進むべき方向が明確だったからこそ、実現したものだ。

デジタルデバイドによる二極化に取り残されることなく、改善・変革を実現するために最低限必要なのは、自社の進むべき方向性を示すこと、すなわちビジョンや戦略方針の策定であり、これこそがデジタル化を社内推進するリーダーの役目である。

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これまでのシステムの多くは、既存業務をデジタル化することを設計図としてきた。経理システムなどはその典型だ。多くの経理システムは、コンピューターが普及する前、昭和30〜40年代に、多くの企業において手作業で行われていた経理業務をシステムに写し取った設計図を基点に構築されてきた。

だが、トラックドライバー不足や「物流の2024年問題」などの物流危機に直面し、自動運転・無人運転トラックや、倉庫ロボット、フィジカルインターネットなどの新たなテクノロジーに応えて生み出される、これからの物流ビジネスを変革するために求められるものには、見本となる既存業務や既存ビジネスは存在しない。自ら生み出すしかないのだ。

企業における改善・変革を生み出すための基点となるのが、ビジョンや戦略方針なのだ。

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残念ながら、「うちのソリューションを導入すれば、物流DXはバッチリ対策OKです!」などと甘言を弄するソリューションベンダーは無数に存在する。もちろん、これはまるっきりの嘘ではなく、それぞれのソリューションが得意とする分野に限って言えば、改善・変革を実現できる性能は備えているだろう。

問題は、そのソリューションがあなたの会社に適合するかどうかの判断を、あなた自身がきちんと舵取りできているかどうかである。方針が定まっていない企業に、正しい選択と判断ができるわけがない。

社内業務のデジタル化に挑む、ある中小運送会社のエピソード

10年以上前、TMSの営業をしていた頃の話だ。飛び込み営業で突然訪れた筆者を、その運送会社社長は追い返すでもなく、事務所内に案内し、そして配車担当者を紹介してくれた。配車担当者のデスクには、5台のディスプレイが横並びに並んでいた。ディスプレイ5台分の拡張デスクトップは、Excelで手作りした横長な配車表1週間分を表示するために必要だったのだ。

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「うちもデジタル化には取り組んでいるんだけど、今のところ、こんな状況だね」──。社長の言葉に、筆者は「いや、これはデジタル化ではないだろう?」と心中でつぶやいた。筆者は後にも先にも、1台のPCに5台のモニターを接続している方を見たことがない。しかも、使っているのはExcelに配車表を手打ちするためである。記録する媒体が違うだけで、紙に記すのと本質的な違いはない。

訝しげな筆者の様子を察したのであろう。社長は、これまでの経緯を話してくれた。

右腕と信頼していた役員に配車一切を任せていたこと。その役員が急死してしまい、配車素人の社長自身が配車を行ったところ、運送業務が滞り、社内の人間関係に亀裂が生じ、会社存続の危機にまで至ったこと。紆余曲折の結果、元システムエンジニア(SE)だった現在の配車担当者と出会い、配車を含めた社内のデジタル変革リーダーに据えたこと。

「私には、ITのことは分かりません。ですが、彼(現配車担当者)には、『私を含めた従業員全員が幸せになれるように、デジタル化を推進して欲しい』とお願いしました。このことは、従業員全員にも伝えています」。社長は、このように説明してくれた。

筆者は、自身のものさしで測り、「5台のディスプレイ」をデジタル化ではないと断じた自分を恥じた。できることからはじめること──中小企業が行うデジタル化へのスタート地点は、低くても良いのだ。「極論、配車業務の素人である事務員が、ボタン一つで配車を組むことができるようになることが理想です」──。──筆者が出会ったTMSの導入を考える企業担当者の多くは、このように理想を語っていた。

LOGISTICS TODAY編集部が行った「配車計画システムに関する実態調査」では、64.9%が「配車計画業務の属人化」が、配車計画業務における課題であると答えている。これは、筆者が聞いてきた現場の声を裏付けている。

配車計画「属人化」への危機感浮き彫りに/配車計画システム特集(2021年8月23日掲載)で 紹介した「配車計画業務における課題」の調査結果

だが一方で、運送会社にとって配車計画業務は、売上を確定し、より多くの利益を生み出すための肝である。属人化からの脱却を図るのであれば、ベテラン配車担当者の勘と経験を標準化・形式知化する必要があるし、そのためにはデジタルのチカラを活用するのが、もっとも確実である。

これからの世の中、物流に限らずすべてのビジネスは、デジタルとは無縁ではいられない。だからこそ、声を大にして言いたい。デジタルデバイドに取り残されることは、死活問題に直結しかねないということを。

もし、現時点でのデジタルリテラシーが低いとしても、それを恥じる必要はない。あなたのビジネス、業務を改善・変革するための一歩を、勇気を持って踏み出して欲しい。

■坂田良平(さかた・りょうへい)
Pavism代表。物流ジャーナリスト。「主戦場は物流業界。生業はIT御用聞き」をキャッチコピーに、執筆活動や、ITを活用した営業支援などを行っている。

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