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事故抑止の鍵は、現場と荷主の連携にあり

安全運転教育は事業継続のための「投資」

2025年6月30日 (月)

話題トラック運送業において、安全運転教育はもはや形式的な義務ではない。ドライバーの命、企業の資産、そして社会的信用を守る“戦略的な投資”である。事故がひとたび起きれば、トラックや積荷の損害にとどまらず、荷主や地域社会からの信頼が瞬く間に失われる。だからこそ、教育の質と継続性が、企業の存続を左右する。

象徴的な事故が、2024年5月に群馬県伊勢崎市で発生した。中型トラックが中央分離帯を越え、対向車と衝突。3人の命が奪われた。こうした重大事故は決して他人事ではない。国土交通省によれば、24年に事業用トラックが第一当事者となった死亡事故は200件を数え、25年5月だけでも10件の発生が確認されている。業界全体にとって、深刻な課題であることは明白だ。

全ト協「プラン2025」策定も教育未実施多数

こうした現実を受けて、国は「事業用自動車総合安全プラン2025」を策定。これを受けて全日本トラック協会(全ト協)も「トラック事業における総合安全プラン2025」を打ち出し、死傷者数970人、飲酒運転事故件数ゼロを目標として設定している。死亡・重大事故の削減を最優先課題とし、運転者の意識向上の啓蒙や、安全装置の普及を進めている。

しかし現場では、すべてのドライバーが受けるべき12項目の法定教育のような基本的な教育すら徹底されていないケースが後を絶たない。X Mile(クロスマイル、東京都新宿区)が公表した25年4月の行政処分情報によれば、全国37件の処分のうち、最も多かった違反項目は「教育・指導」だった。初任・高齢運転者への教育未実施や、運転適性診断の不履行など、制度の形骸化を示す事例が目立った。

▲行政処分内容の分類別推移。処分の対象となった違反では「教育・指導」関連が常に上位となっている(クリックで拡大、出所:X Mile)

事業継続のためにはドライバーへの教育を「やりきる」しかない

一方で、法令に則った教育と運行管理を丁寧に行い、拘束時間の適正化や荷待ち時間の削減などに取り組んだ結果、事故件数を大きく減らした事業者もある。そうした企業では、保険料が引き下げられるなど、具体的な経済的メリットも生まれている。また、重大事故に限らず、急ブレーキによる荷崩れや接触といった“小さな事故”も、積み重なれば大きな損害になる。こうした日常的なリスクを減らすには、「予防」に重きを置いた教育と、現場での継続的な指導が欠かせない。

そこで注目されているのが、eラーニングの導入である。ドライバーは昼夜を問わず運行しており、集合研修を行うのは難しいという事情もある。夜間にしか時間が取れないドライバーもいるなかで、個別に、都合の良いタイミングで学べるeラーニングは、教育を確実に実施する有効な手段として認知が高まりつつある。

eラーニングには多くの利点がある。受講履歴や理解度はシステム上で可視化され、未受講者へのリマインドも自動化できる。動画やクイズ、アニメーションを交えた学習コンテンツは、紙の資料に比べて記憶に残りやすく、飽きずに学べる設計となっている。また、記録がデジタルで残るため、監査対応や内部統制にも効果を発揮し、事業所のコンプライアンス体制強化にもつながる。

▲全日本トラック協会が取り組む「トラック事業における総合安全プラン2025」では、25年中に「『死者数』と『重傷者数』の合計970人以下」 「飲酒運転人身事故件数ゼロ」の達成を目指す。しかし、25年5月時点では例年並みの事故発生件数があり目標達成は危ぶまれる(出所:全日本トラック協会)

さらに、教育体制の整備は採用戦略にも直結する。特にZ世代と呼ばれる若年層にとって、職場選びの重要な判断基準の1つは「従業員を大切にしている会社かどうか」だ。給与や労働環境も大事だが、教育や福利厚生の制度整備を通じて、働き手を守り、育てる意識があるのかどうかが問われるようになってきている。中型から大型、けん引へのステップアップ援助や健康支援制度を導入し、それをドライバー採用に生かしている事例も増えてきている。また、法令に則った教育をやりきることで実際に事故発生を減らし、それを自社のセールスポイントとして採用につなげている企業もある。旧態依然としたドライバーを使い捨てるような意識では、採用がおぼつかないどころか、事業継続すら危うい時代になっているのだ。そもそも行うべき教育ができていなければ、事業更新制の監査で行政処分を受けて事業継続できないという可能性もある。

変わる法制度と、荷主にも求められる意識改革

安全運転教育は、もはや「義務」から「経営戦略」へと捉え直されつつある。だが、その推進を運送事業者の努力だけに委ねるのは現実的ではない。実際にハンドルを握るのはドライバーだが、その運行は荷主企業の物流ニーズに基づいて成り立っており、全体の流れを適切に管理する責任も荷主側にある。原材料の配送中に事故が起きれば、工場ラインは止まり、生産計画が狂い、膨大な機会損失が生じる。つまり、ドライバーの安全運転は、サプライチェーン全体の安定を支える要であり、荷主企業にとっても無関係ではないどころか、極めて重要な経営課題といえる。

現に、近年の法改正では、荷主側にも「安全配慮義務」や「過重な運行指示の禁止」といった具体的な責務が課されている。これは単なる倫理的責任ではない。物流という企業活動の根幹を支える業務において、現場の安全確保は“調達から販売まで”のサプライチェーンを預かる荷主自身の義務であり、自社の供給責任そのものと直結しているのだ。

こうした視点から今、改めて注目されているのがCLO(物流統括責任者)の役割である。CLOは単なる物流管理者ではない。原材料の調達から、製造、出荷、流通、販売に至るまで、すべての物流プロセスを俯瞰し、最適化とリスク管理を担う存在だ。その責務の一つに、ドライバーが安心・安全に運行できる環境を整えることがある。つまり、運送会社にすべてを任せるのではなく、荷主側のCLOが主導して教育支援や環境整備に取り組む必要がある。

企業に本当に安全文化を根づかせるには、現場任せでは不十分だ。重要なのは「管理者の意識と行動」。トップの姿勢が変われば、現場の空気も変わる。運送事業者と荷主企業、そして管理層と現場のドライバー。それぞれが役割を理解し、連携して「安全を当たり前にする」文化を築いていかなければ、持続可能な物流基盤など到底あり得ない。いま問われているのは、「運ばれる側」の責任なのだ。

外国人ドライバー元年――物流現場で問われる“実効性ある教育”とは

さらに、物流業界は新たな局面を迎えている。2024年12月、日本で初めて「自動車運送業分野特定技能1号評価試験」の合格者が誕生し、翌2025年3月28日には、アサヒロジスティクス(さいたま市大宮区)に特定技能外国人トラックドライバー第1号が入社した。いま、外国人材の本格的な受け入れが始まっている。

▲国内初の特定技能外国人ドライバーとなったアサヒロジスティクスの周鴻澤氏

慢性的な人手不足に悩む業界にとって、これは希望の光でもある。一方で、安全面への懸念の声も上がっている。言葉や文化、運転ルールに対する理解の違いは、現場での事故リスクにつながる可能性もあるからだ。だからこそ、多言語に対応した教材の整備や、日本の法規・マナーに沿ったきめ細かな指導が不可欠になる。母国でどのような教育を受けてきたか、日本に来る前にどれほど準備がされているか――その「質の差」も、今後の大きな論点となるだろう。

それでも、外国人ドライバーはこれからの物流を支える大切な戦力であることに変わりはない。だからこそ、教育の内容と手法がこれまで以上に問われている。知識を与えるだけでは不十分。理解させ、行動を変え、現場に定着させる。そんな“実効性ある教育”こそが、外国人材を安全に活躍させるカギとなるだろう。