話題LOGISTICS TODAY主催のオンラインイベント「『物流2024年問題』直前対策会議」の初日、2番目に登壇したのはスピカコンサルティング(スピカ、東京都港区)取締役の山本夢人氏だ。スピカは運送業界に特化したM&Aコンサルタントで、山本氏自身もこれまで50件を超える物流・運送企業のM&Aを手掛け、多くの企業を発展へと導いてきた実績を持つ。
今回の登壇では、これまでに山本氏が手掛けた事例も紹介し、物流・運送業界のM&A事情と、M&Aが可能にする24年問題への対応、M&Aを成功させるためのポイントなどについて聞いた。
運送企業特化型M&Aコンサルから見る、現在の物流業界と24年問題
物流・運送業界では、公表されているだけで100件ほどのM&Aが行われている。しかし、山本氏曰く「業界の状況を見ると、公になっていないものだけでそれと同じくらいの数が行われている」という。
事業譲渡側の考えとしては、経営者の高齢化や後継者の不在による事業継承への不安のほか、24年問題に関連して労務管理、運賃交渉、長距離輸送の見直しなどに対応しきれないとして、譲渡を検討しているケースが多い。一方で譲受側では、24年問題への対応として中間拠点の確保、近距離業務の確保、物流不安に基づく事業拡大のチャンスを追ってM&Aを検討するという企業が多いという。
譲渡、譲受の双方に、24年代問題への対応という意識もあり、物流・運送企業のM&A全体としてもある種の傾向があり、その1つが「事業継承型M&A」だ。「経営者が高齢になり、しかも親族や従業員に後継者がいない場合などに、よその企業に事業を継承するというケースです。経営者は引退することもあれば、顧問、会長などとして残ることもあります」(山本氏)
もう一つのケースは、M&Aをすることで事業を発展させたり、成長のスピードを上げるための成長戦略型M&A。「このタイプは、譲渡側の資産は譲受側に移りますが、譲渡側経営者がそのまま残り、譲受側企業のリソースを活用しながら経営を続けることが多いと言えます」(山本氏)
いずれのケースも会社自体は存続し、既存の従業員の雇用は継続される形になる。
物流・運送企業のM&A成約率はなぜ低いのか?
物流・運送企業のM&Aは事業譲渡側(売り手)と譲受側(買い手)として名乗りを上げる企業の比率が1対9という完全な売り手市場だが、実際にM&Aが成約するのは「交渉に入ったケースの3割程度」(山本氏)でしかない。原因の一つは、特に譲渡側のM&A経験が少ないこと。譲受側は複数回の経験がある場合もあるが、多くの譲渡側企業は創業者が立ち上げ、M&Aは初めて。また、M&Aコンサルタントの多くが物流・運送企業のM&Aをあまり扱ったことがないことも問題だという。
「業種、業界を問わずM&Aは盛んに行われており、M&Aコンサルティング会社はここ3年で3000社も増えています。しかし、コンサルタントの多くは物流業界、運送業界ならではの課題、事情を理解しておらず、これが成約率が低い原因。成約案件も半年、1年経った後に成功事例といえないケースも散見されます」(山本氏)
事業を譲受する場合には、譲渡される企業の経営状態を知っておくことは非常に重要だが、山本氏は「決算書だけではわからないのが物流・運送企業」だという。「同じ売り上げ、利益を上げている会社があったとしても、事故の発生率や労務上のコンプライアンス問題への対応などが違うと、まったく条件は違うと言えます。単に数字を追うだけではなく、丁寧に調査し、実情を把握しておくべきです」
M&Aは上掲のようなプロセスを経て成約へと進むが、「物流・運送業界を知らないコンサルタントは、実情の調査をしないうちに基本合意まで進めてしまい、買収監査の段階になって問題が発覚して破談」(山本氏)ということも少なくない。運送会社が運送会社を譲受する場合などは、同じ業界で事情がわかっているから、と大した調査を求めないことも問題視している。「成約直前になって車庫飛ばしなどの問題がわかって破談になることもあります。そこまで問題が明るみに出なかったことについても、双方が『相手が言わなかったから』『聞かれなかったから言わなかった』というところから感情面がもつれてしまうと、成約に至るのは難しいといえます」
譲受側はまず、相手を正しく企業評価をする必要があり、譲渡側も自社の企業価値を正しく認識していなければ、M&Aはうまくいかない。また、譲渡側はそうやって自社の価値を正しく値踏みした上で、自分だけの保身に走ったりせず、会社、社員、そして経営者の幸福が最大化を図るのがうまくいく秘けつとなる。
「譲渡側経営者は、自社の従業員の今後についても不安を抱えているもの。そういう相手に対して『こっちが金を出して買ってやる』というような上から目線の態度では、うまく行くものもうまく行きません。あくまで対等の立場で臨むべきでしょう」(山本氏)また、特に譲受側は、事前にどういう意図、条件で譲受したいかを明確化しておくべきだという。
「相手に会ってみて、なんとなくよさそうだからでは譲受したもののうまく行かず、結局他社に譲渡する、というケースもあります。どういった戦略のために、どういうシナジーを期待するのかということを考えておかないと、よい相手に巡り会えなくなってしまいます」
M&Aは成約イコール成功という訳ではない。「成約したM&Aがうまく行くかを左右するのは、譲受してからのケア。譲受側は半年から1年ほどの間は、新しく仲間になった従業員とできるだけ顔を合わせてコミュニケーション」取った方が良いという。両社が一つの共同体としてより大きな成果を上げられるかどうかは、戦略を持ってM&Aし、その後もお互いに成長させていくような経営次第といえそうだ。
1年足らずで成約に至ったティーフォーエル
後半はスピカのコンサルで事業譲渡に至った相模原市中央区の運送業、ティーフォーエルの金子公宏副社長が登壇した。
金子氏は、もともとは半導体業界で仕事をしていたが、親族からティーフォーエルを継承し、運送業界に身を投じた。しかし、利益率が低く、季節波動や燃油費の高騰などの影響を受けて自社再建は難しく、コロナ融資の返済も間近に控えていた。「ここまで続いた会社を畳むのはもったいないと言われ、私も考えました。そして、荷主や金融機関、社員のことを考えると、譲渡して会社を存続しようと思い至り、山本さんにお任せすることにしました」(金子氏)。2023年初頭のことだった。
それ以降は、山本氏の引き合わせで8月に提携仲介契約を結び、10月には基本合意、11月1日にはM&A成約となった。相手企業は10社を超える運送企業からなるグループ会社だ。素人目にもスピーディーな展開に見える。
山本氏は成約までの展開の速さこう分析する。「金子さんが経営に入ってから、バランスシートや損益計算書、資産のリストなどの整理を進めており、きちんと経営状態を把握していたのが先方企業に好印象を与えたようです。ゆくゆくはそろえなければならない資料なので、それがすぐに提出できたのも、話が早く進んだ要因ですね」
まだ半年足らずながら、金子氏は「このM&Aはやって良かった」と感じているいう。「以前であればよくて2次請け。その仕事がなくなれば後がないという状態でした。今はグループ会社から仕事が回ってくることもあり、安心して経営に臨むことができます。そのため、運賃交渉なども行えるようになった」。交渉は成果が出てきているといい、これもM&Aの効果と言えそうだ。
また、金子氏はほかのコンサルティング会社にも相談した結果、最終的にスピカに依頼した理由を同社の専門性にあるとしている。「よそはいろいろな業界を扱っていて、運送業はワンオブゼムだった。しかし、スピカは運送業が専門。私たちの業界ならではの課題にも理解があり、頼むならここだという安心感がありました」
山本氏は「会社を売ると言うとき、経営者は、そこに関わる人たちを常に『信用できる人かどうか』値踏みしているところがあるのではないでしょうか。相手の企業しかり、コンサルタントしかり。今回のケースでは、そのどちらも信用に足ると思えたからこそ、スピカに任せることができ、M&Aに至ることができたのだと思います」と分析。「双方良い会社で、もろもろの手続きもスムーズに進んでうまく成約に至ることができたケース。もちろん今後の半年、一年という期間にどうなっていくかはわかりませんが、『成功』と呼べるM&Aになってほしいですね」
メンバー一丸となって作るスピカの強み
金子氏は山本氏について「ほかの業界からやってきた私なんかより、ずっと運送業に愛がある」と評した。
運送業のM&Aをサポートする立場として、もちろん運送業界に関する知見を人一倍持たねばならない。驚くことに、実はスピカのメンバー全員が運行管理者の資格を持っているのだという。山本氏は「スピカでは運行管理者の資格を持っていることが入社の要件。物流、運送の現場で必要とされる知識や法律については、全員が身につけた上で業務に当たっています」と胸を張る。
また、祖父や父親が運送業で仕事をしていたことに影響を受け、子どもの頃からトラックや運送業に触れていた社員も多く、コンサルティングの仕事を通じて運送業やそれに携わる人たちを支えていきたいというマインドが社内に共有されているそうだ。
「運送業のほとんどは中小企業。そうした企業はM&Aの経験もなく、能力のあるガイドが必要。運送業界にはそうしたガイドがまだまだいないのが現状」だと語る山本氏。ティーフォーエルと山本氏のような幸運な出会いがより増えていけば、窮地にある運送企業が救われることがさらに増えていくのかもしれない。
<目次>
▶特集(1)もはや30年への対応へ、加速する改革に遅れるな
▶特集(2)軽トラック事業への規制的措置は、どこを目指す?
▶特集(3)環境は整った、後は運送会社自身に求められる改革
■「物流2024年問題直前対策会議」レポート
(1)着々と進む政府の物流革新、さて企業の準備は?/経済産業省
(3)24年問題を追い風に、フジトランスポートの快進撃/フジトランスポート
(4)社会的な認知度の向上へ、運送経営者が「物申す」/エコランド、金羊社ロジテム、トラボックス
(5)国交省が改正法解説、「社会一丸で物流を支える」/国土交通省
(6)農産物の物流は24年問題を乗り越えられるのか/農林水産省
(7)2代目社長が挑む、改善基準告示100%順法経営/菱木運送
(8)積載率向上へ、共同輸送のチャレンジにみんなも続け/プロロジス、NEXT Logistics Japan
(9)効率化が義務となり、予約受付システムも進化続く/Hacobu
(10)「運送業界と一蓮托生」で、経営DX普及進める決意/Azoop
(11)効率化の決定打「そうだ、ETCという手があった」/古野電気
(12)運送マッチングから生み出す、新しい物流のうねり/トラボックス